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悩む者

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 夜の帳が降りて集落は静寂に包まれている。
  集落を囲う木々で作られた壁の上には所々篝火が燃えており、時折動く松明が見張りが無事である事を告げていた。

  ユスリハ達が持ってきてくれた食料によって食糧問題は一時的に解消し、状況が状況な為にお祭り騒ぎにはならなかったモノの、集落にいる全員が食べる喜びを甘受する事は出来た。
  カイン達も亜人達に混ざって栄養をとったが、昼間の事もあって少し変な雰囲気が漂ったモノの絡んでくる者はいなかった。
  ポルタとオルカスを含めイリオーネやガヌートの知り合いと会話もあり、特にこれと言って問題は起こらなかった。
  そしてフィルシー大迷宮都市を出て久し振りに贅沢な食事を取れたカイン達は、翌日に備えて早めに床についたのであった。

※※※※※※

 お腹が膨れ、見張り以外が既に寝ている集落で起きている者がいた。
  1人は集落をでて探索者として活動し、今回ブラドに頼まれ旅に付いてきていたオーガ族の青年、ガヌート。
  そしてその幼なじみであり、集落長であるボーガーの曾孫、イリオーネ。
  小さな明かりを中心に、2人の間には気まずい空気が流れていた。

  深夜、寝ている所をイリオーネに起こされたガヌートは、無視して眠りにつこうと思ったものの、真剣な目をして話があると言われたので逆らう事が出来なかった。

  心の中で前日の夜交わした会話の事だろうと、嫌々ながらにイリオーネに着いていき椅子に座るのであった。

 「それで話って何だよ。明日の事もあるし早く寝たいんだが」

  少々苛立った口調でガヌートが尋ねる。
  暫く押し黙っていたが、イリオーネが口を開いた。

 「ねえガヌート。昨日も言ったけど、このまま集落に残る気は無いの?」
 「姉ちゃん、正気か? そんな事、今話してどうするよ。そもそもどうなるか分からねえってのに」
 「でもあんた、ブラドさん達が勝つと思ってるんでしょ? 頼むからその後、どう考えてるのか教えてよ」

  エンテの子供であるフリージアンとの戦いが控えている今、イリオーネの質問が余りにバカバカしく怒鳴りそうになるガヌート。
  一つ大きく息を吐いて落ち着いてから、話し出した。

 「昨日も言ったけど、俺はブラドさんに着いていくよ」
 「言っちゃ悪いけど、あんた彼らの旅について行けるの? 正直力不足なんじゃ無いの。何でも今回の問題はカイン君が鍵になってるって聞いたわ。詳しくは知らないけど、あの人達結構厄介な状況なんでしょ? 今回どうにかなっても、今後どうなるか分からないじゃ無い。それに他の人と違って、あんたが着いていく理由って何よ!」

  イリオーネの言っている事は確かだ。
  ブラドは元よりここ数日の働きやカルカンとの戦いを聞く限り、戦っている姿をまともに見てはいないがカインにすらガヌートは戦いという点で劣るだろうと薄々感じていた。
  それにカインは自身の病をどうにかするという、命に関わる大きな目的がある。
  ネイだって現状中央国を目指すしか選択は無いだろう。
  ライラもブラド達がいない状態でフィルシーに帰った所で、どうなるか分からない。

  現状帰る場所があり、尚且つ重要な目的が無いのはガヌートただ1人であった。
  それは理解しているが、だからといって「分かった」と言える様な性格ならここまで着いてくる事は無かっただろう。

 「それでもだ。確かに俺はブラドさん達に比べちゃ遥かに弱い。だがここで逃げちまったらお仕舞いだろ。10年近く世話になってて、ライラとネイは小さい頃から世話してんだ。妹みたいに思ってる。それを見捨ててノコノコと集落で暮らせってか? そんなもんゴメンだ」
 「じゃあ何で今回の戦いに着いていかないのよ。格好いい事言ってるつもりかもしれないけど、やってる事は違うじゃ無い」
 「それは……」

  ガヌートが口籠もる。
  それを見てイリオーネは立ち上がった。

 「人には何でも限度ってものがあるわ。ハッキリ言ってあんたの実力じゃ、どう足掻いたって彼らとの旅なんて無理よ。探索者になるって言った時はあんたなら大丈夫って送り出したけど、今回は何があっても止めるわよ。分相応って言葉があるんだし、わざわざ死にに行くのを見過ごす気は無いから」

  それだけ言ってイリオーネは寝室に戻ろうとする。
  それをガヌートが止めた。

 「イリ姉! あんたは俺がまだ弱いと思ってるかもしれないが、フィルシーに行ってから死ぬ思いで鍛えたんだ。昔みたいに弱くねえ!」

  寝ているカイン達を起こさない様に慎重に、それでも色んな思いが混ざって大きくなった声でガヌートが叫ぶ。

 「あんたが強いか弱いかなんて、正直どうでも良いのよ。ただ私はあんたに死んで欲しくないだけ。こんな事言っちゃ駄目だけど、ハッキリ言ってブラドさん達がどうなろうとも、あんたが死ななければそれで良いのよ。勿論戦いに勝って帰ってくるのが一番良いけど」

  それだけ言い残してイリオーネは去って行った。
  それを見送ってから力なく椅子に座り直すガヌート。
  暗い部屋の中、ため息だけが響いた。

※※※※※※

 幸い何も起こる事無く朝がやって来た。
  日が上がると同時に集落に騒がしさが蘇る。

  食事を作る匂いと共にカインは目を覚ました。
  角の事もありブラドと相部屋で、横のベットで寝ていた姿は既に無かった。
  横に置いておいた色褪せたコートを着て、フードを被って扉を開ける。
  家宝の巨剣は居間に置いているので、持ち物と言えば何も無い。

  廊下に出るとちょうど起きた所のガヌートに出くわした。

 「おはようございます」
 「おう、おはよう。珍しく今日は早く起きたな」

  苦笑しながらカインが返す。

 「昨日は早く寝ましたから。それに緊張してますし」

  小さい声で「そうか」と呟いて、ガヌートが歩き出す。
  カインもそれに続いた。

  食堂に着くとカインとガヌート以外は揃っていた。

 「おはようございます」
 「よく寝られた様だな。朝食の準備は整ってるから、椅子に座れ」

  ブラドに急かされて急いで座るカインとガヌート。
  会話も無く朝食が始まった。
  前日の食料がまだ十分な量がある為、朝食としてはかなり贅沢な内容である。

  ただこれから起こる事を考えると、朝食の味を楽しむ余裕はカインには無かった。
  それは他の者も同じようで、誰もが難しい顔をしながら食べている。

  何ともいえない食事が終わりイリオーネとライラ、それにネイが片付けを始めた。
  男達はそのままこの後の事を話し出す。

 「それでカイン。調子はどうだ?」
 「良いと思います。今のところどこも変な感じしませんし」

  ブラドの問いにカインが答える。
  それに頷いてガヌートに話を振った。

 「お前はどうだ? ガヌート」
 「やれる準備はしたつもりです。何があってもライラとネイは守って見せますよ」
 「そこは集落もと言って欲しい所じゃがの」

  ボーガーがそれに茶々を入れる。
  ムスッとしながらガヌートが答えた。

 「分かってるよ、そんくらい」
 「まあ良い。とにかくこっちの事はお前に任せたからな。探索者として10年近く俺と三馬鹿共が鍛えたんだ、自信を持って良い。自信を持ってやればそう簡単にお前がやられる事はねえよ。兎にも角にも、弱気になればそれだけ魔力にも悪影響が出る。そこん所だけ気をつけろよ」
 「はい。分かりました」

  それだけ話すと一旦解散となった。
  ガヌートは他の集落を守る亜人と話す為に外へ出て行き、ブラドとボーガーは戦い方を練るとそのまま話し始めた。 
  同じく戦うカインもそれに混ぜて貰おうとしたが、戦いになったらどうせ暴れるだろうから計画立てても無駄と却下され、大人しく部屋で休んでおく事となった。

  ベットに腰掛けると自身の膝が震えているのにカインは気付いた。
  武者震いなど高尚なものでは無い。
  ただただ怖いのだ。
  あれよあれよとここまで着いてきたものの、少し前まではずっと自身の部屋で寝ているだけの闘病生活。
  そんな者が命をかける戦いに腰が引けるのは当然の事であった。
  ただ他に道が無いのも理解していた。
  だからここまで来たのだ。

  といっても恐れが消える事も無く、コートを握りしめて震える事しか出来ない。
  どれだけそうしていただろうか。唐突に扉が叩かれた。

 「はい。なんですか?」
 「カイン、いてるの? 悪いけど入って良い?」

  声の主はライラであった。
  急いでフードを被り直し、返事を返す。

 「は、はい。大丈夫です」

  カインが上ずった声をあげると、扉がゆっくりと開いていく。

 「何変な声上げてんのよ?」

  ライラが眉を顰めながら部屋に入ってくる。
  珍しくその後ろにネイはついてきていなかった。

 「え、えっと。何の様でしょうか?」

  恐る恐るカインが尋ねると、ライラは鼻をフンと鳴らし、少し空間を空けてカインの横に腰掛ける。

 「別に。どうせあんたがビビって震えてるだろうから見に来たのよ」

  そう言われて何だか悲しい気持ちに成り、身体を縮こませるカイン。
  それを見てライラが小さく笑う。

 「嘘よ、嘘。そんな訳ないじゃない。大丈夫かなぁって、気になって来ただけよ。悪い?」

  意地悪そうな笑みを向けているが、下を向いているカインがそれに気付く事は無い。

 「い、いえ。そんな……」

  少しの沈黙が流れる。
  カインは何が何だか分からなくなり、心臓が口から飛び出る様な気がした。
  良い匂いが鼻をくすぐり、何を考えていたのか分からなくなる。
  頭が真っ白になってぶっ倒れそうになる直前、ライラが口を開いた。

 「ユスリハって人は色々言ってたけど、そんなのどうでも良いわ。そんな事よりカイン、絶対帰ってきなさいよね。死んだりしたらぶっ飛ばすわよ」
 「言ってる事無茶苦茶ですよ」

  カインの言葉にライラの顔は一気に赤くなる。
  少しカインの睨んだ後、再度話し始めた。

 「私のこの変な力を、お爺ちゃんとネイ以外で気にしなかったあんたが死なれちゃ嫌なのよ。それに昔からの知り合いだし。とにかく! 私はあんたの事信じてるから。魔神にだって一泡吹かせたあんたなら大魔王の子供だろうが、何とでもなるわよ」

  そう言うと勢いよくライラが立ち上がる。
  荒い足音を立てて廊下に出ようとするライラにかけた感謝の言葉は、扉を閉める音でかき消されてしまう。
  ライラが去った後、暫く甘い香りが部屋に漂っていた。
  そして気付けばカインの震えは別のものに変わっており、怯えに染まっていた目にその影は無くなっている。

  どうしようも無く身体が震えるのをカインは感じた。
  よく分からない衝動がカインの身体を捉えて放さない。
  身体の内から炎が燃えているかの様な錯覚。
  身体の全筋肉に力を込めても、動悸が止む事は無い。

  今まで感じた事の無い衝動にカインが耐えていると、不意に魔力を感じた。

  そしてそれは、自身のよく分からない衝動を、躊躇いも無くぶつけられる時間が来たのだとカインに告げていた。
  居間から運んでいた巨剣を背負う。
  足下から聞こえる床の悲鳴など気にする事無く、確りとした足どりでカインは扉に手をかけた。
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