132 / 211
報せ
「…なんでも話してくれますのね」
ディオルド様の言葉に驚いていないわけじゃないけれど落ち着いている。
「ああ…あの女が死ねばお前は俺を疑うだろ?」
「確かに…そうです」
ディオルド様が動いた可能性は想像するわ。
「…また…私はなにかされますか?」
「多分な」
「私…もう…ディオルド様は私と…馬車も同乗してくれます」
「ああ」
「…怖く…ないです」
「止めたいのか?」
日傘が作る影のなか、ディオルド様の険しい顔が私を見下ろす。
「…わかりません…ファミナが死んでも生きていても…どうでもいいと…」
思っているわ。でもあの襲撃にファミナが関わっている。いえ、ファミナの指示だとしたら…騎士たちの命はファミナが奪った…それは許せない…
「お前が誰であれ人の死を望むとは思っていない…悩ませるとわかっていたが…嫌わないでくれるか?」
「嫌いなんて…思いもしません」
「責任を取らせる。推測で殺しはしない。あの女が指示したことか確かめてから動く」
騎士たちの死に顔が頭に浮かぶ。私と年齢が変わらないような騎士もいた。妻や子供がいる騎士も…
「ディオルド様は危険なことをしないと約束してください」
「ああ。シモンズの邸に忍ぶなど二度としない。次は呼び出す」
ブリアールとしてけじめをつけるのね。
「結婚式のドレスは揃いがいいです」
ジェイデン様が何着か作ってくれている。私が行きたくないと言えば、この優しい人はそうかと言ってくれると思う。でも、外ではロシェル・ブリアールが襲われた、汚されたと未だに話しているはず。閉じ籠っているだけではいけない気がするわ。
「ああ」
「王立教会…楽しみです」
「ははっそうか。妹はトールボット家門の令息令嬢を招く。敵陣に入るぞ」
「敵陣……ふふ…そうですね。そばにいてください」
「真横にな」
「心強いです」
私は繋いだ手を持ち上げて口づける。守られている。思いやってくれる臙脂の瞳がとても愛おしかった。
「ありがとうございます」
「…ああ」
私の歩調に合わせてくれるディオルド様の優しさにも頬が緩む。
大切にされる喜びをここで知ったわ。私はどうしたらこの気持ちを返せるかしら?もうアラントで受けた苦痛は過去にできたのに、どうしてファミナは攻撃を続けるのか…私を放っておいてくれたらよかった。
「…ブリアール領地のアドラーから手紙が届いた」
「はい」
私たちは再び足を進める。芝を踏む音が心地いい。
「…何人か…ここで働いていた者が戻る」
「はい」
「レナが」
「はい」
娘さんが臨月だったわ。もう生まれたのかしら?
「レナの娘が亡くなった」
ディオルド様の言葉を理解するのに足を止めて見上げる。いつもの臙脂色が見ている。
「…臨月…で…」
「ああ…出産時…出血が多かったそうだ」
私はふらつきそうになったけれど、ディオルド様が日傘を落とし抱き締めてくれたおかげで倒れることはなかった。
「赤子は生きている」
「レ…ナ…は…」
「辛いだろうな。だが、出産時に母体が亡くなることは思ったより多い。ブリアール領邸に常駐している医師が手を尽くしたそうだが…残念だ」
レナを思い、目蓋をきつく閉じる。彼女と家族について詳しく話すことはなかった。けれど娘さんの出産を楽しみにしていると私は感じたわ。どれだけ辛い思いをしているか…
ディオルド様の抱き締める腕に力が籠った。
「ロシェル、子供が欲しいか?」
「こ…ども…私とディオルド様の」
「ああ…俺たちの子だ」
私はディオルド様の背に腕を回す。大きな背を抱き締める。
「欲しいと言われると欲しいかもしれません。ですが、生まれた子を愛せるのでしょうか?大切にできるのでしょうか?育てられるのか…」
「育てるのは乳母だ…だがロシェル…すまないな…聞いておいて…俺はもう決めているんだ…俺はお前を孕ませない」
孕ませない?
「…ブリアール公爵家を…これ以上乱さ」
「俺はお前を失う可能性は消す」
「…ディオルド様…私がレナの娘さんのように」
「レナの娘のことは俺の決心を再度固めたが…俺が準備をしていると何度も言ったろ?」
ディオルド様の指が顎に触れ、導かれるまま顔を上げる。日差しを背に受けた顔が、ぼんやりと見える。その柔らかい表情に胸が高鳴った。
「あれは…お前を孕ませないために薬を飲んでいたんだ」
「薬…」
「ああ。避妊薬だ」
そういうものがあるのね。私は本当に知らないことが多いわ。
「お前の母親は短命だったろ」
「…はい…元々体は丈夫ではなく」
「原因不明らしいな」
「はい」
「病に名をつけられるほうが珍しいほど、人体には謎が多い。症状が発現し、それから医師が治療にあたるがそれが正しい処置かもわからん。原因不明、そんな理由で病んでいき死ぬ者は多い。遺伝という言葉がある。俺はわずかでもお前を」
「はい」
私はディオルド様の頬に手を伸ばす。
「子供はいりません」
「ロシェル」
「…心から私を…想って…」
「ああ、想ってる…」
ディオルド様、あなたがどれほど私を想ってくれているのかひしひしと伝わる。
「もう…お前がいないときの俺には戻れん…俺は今が…幸せなんだ…これを失くせないんだ…お前がいるなら死体の上だろうと幸せなんだ」
なんて物騒なことを…
「ふふ…」
「笑え…お前の笑う顔も好きだ…水色が輝くと綺麗なんだ」
私は踵を上げて背伸びする。それでも届かなくて、ディオルド様の頬を掴んで引き寄せ唇を合わせる。
「好きです…ディオルド様」
「ああ…そう言われるのも好きだ」
微笑むディオルド様が愛しい。仏頂面の頃が信じられないわ。
私はお父様に愛されていると感じていたけれど、ジェイデン様とディオルド様の愛はそれを大きく上回っている。愛されて喜びと安堵を感じ、それをあたえてくれた人に同じだけ返したい。
ジェイデン様…あなたに返せていたのでしょうか?私は与えられてばかりだったように思えて申し訳ないと考えてしまう。
「私にできること…あったら言ってください」
「お前にできること?なに言ってる?」
「ディオルド様の役に立ちたい…喜ぶことをしたい」
「…阿呆」
あほう?
「お前は俺の近くにいればいい…元気にな…それだけでいい」
「…はい」
「それが俺の…よ…喜びだ」
ディオルド様の唇が震えている。耳が赤くなっているのを見つけて照れているとわかった。
「ふふ…」
「閣下、顔…引き締めて…見てらんない」
「なに言ってる」
引き締めているだろうが。俺はいつもの俺だ。
「閣下から幸せ臭がぷんぷん匂う…催淫臭もぷんぷん…子種臭もぷんぷん…ぷんぷん」
ガガの広げているジャケットに腕を通す。
「嗅ぐな…阿呆」
「…そんなにやけた顔で言われてもねぇ」
俺は険しく睨んでいるつもりだぞ。
「ロシェル様は歩けますかねぇ…閣下が毎晩抱いちゃって」
「…昨夜は我慢したろ」
ガガの言う通り、毎晩抱いていた。
あれはロシェルが悪いだろ…寝室に行けば嬉しそうに微笑むんだ。口づけを欲しがるんだ。匂いを放つんだ。止まらんだろ。
「うわ…いやらしいにまだぁ…ロシェル様の恥ずかしい姿を思い出してるぅ」
「変な声を出すな」
「閣下、窓を開けるのやめてくれません?俺、外の警備で流れてきて吸っちゃったっすよ」
「…強いか?」
「いや、ちょうど真下にいたから…パンパンにして警戒するって辛いんっすよ」
「誰かに嗅がれてないだろうな…おかしな話が聞こえてこないか耳を澄ませよ」
シーツに匂いが染み込んでいると思い、少しでも逃がすかと抱き潰したあと窓を開ければ…これか。 洗濯は女がするが、そこに運ばれるまでがな…アプソに追跡させるか。
「ビアデットに避妊薬の副作用より匂いが勝ったと教えてやるか」
「…っすね…閣下…派手な衣装を選びましたね」
結婚式には釣り合わない黒色が大部分を占める俺の衣装には差し色として銀色が入り、宝飾品は臙脂色だ。ロシェルと揃いの衣装だ。
「俺が着るとなんでも派手だろ」
「…っすね…無駄にでかいから」
「お前もな」
あなたにおすすめの小説
結婚式の翌朝、夫に「皇太子の愛人だろう」と捨てられました――ですが私は、亡き国王の娘です
柴田はつみ
恋愛
母の遺した薬草店を守りながら、慎ましく暮らしていたアンリ。
そんな彼女に求婚してきたのは、国内でも名高い騎士にして公爵家当主、アルファだった。
真っすぐな想いを向けられ、彼を信じて結婚したアンリ。
けれど幸せなはずの結婚式の翌朝、夫は冷たく言い放つ。
「君を愛していると本気で思っていたのかい? 」
彼はアンリが第一皇太子と深い仲にあり、自分との結婚は身を隠すための偽装だと誤解していたのだ。
アンリは実は、亡き国王の婚外子。
皇太子にとっては、隠して守らなければならない妹だったのである。
「妾の子だから」と呑気に構えていたら、次期公爵に選ばれました
木山楽斗
恋愛
父親であるオルガント公爵が大病を患った、その知らせを聞いた妾の子のヘレーナは、いい気味であるとさえ思っていた。
自分と母を捨てた父のことなど、彼女にとっては忌むべき存在でしかなかったのだ。ただ同時にヘレーナは、多くの子がいるオルガント公爵家で後継者争いが起こることを予感していた。
ただヘレーナは、それは自分には関係がないことだと思っていた。
そもそも興味もなかったし、妾の子の中でも特に存在感もない自分にはそんな話も回ってこないだろうと考えていたのだ。
他の兄弟達も、わざわざ自分に声をかけることもない。そう考えていたヘレーナは、後継者争いを気にせず暮らすことにした。
しかしヘレーナは、オルガント公爵家の次期当主として据えられることになった。
彼の兄姉、その他兄弟達が彼女を祭り上げたのだ。
ヘレーナはそれに困惑していた。何故自分が、そう思いながらも彼女は次期当主として務めることになったのだった。
※タイトルを変更しました(旧題:「どうせ私は妾の子だから」と呑気にしていたら、何故か公爵家次期当主として据えられることになりました。)
出生の秘密は墓場まで
しゃーりん
恋愛
20歳で公爵になったエスメラルダには13歳離れた弟ザフィーロがいる。
だが実はザフィーロはエスメラルダが産んだ子。この事実を知っている者は墓場まで口を噤むことになっている。
ザフィーロに跡を継がせるつもりだったが、特殊な性癖があるのではないかという恐れから、もう一人子供を産むためにエスメラルダは25歳で結婚する。
3年後、出産したばかりのエスメラルダに自分の出生についてザフィーロが確認するというお話です。
第一王子様が最後に選んだのは、妹ではなく私だったようです
睡蓮
恋愛
姉であるオルシナと、妹のマリーシア。マリーシアは小さな時から周囲の人物を次々と味方につけ、オルシナの事を孤立させていった。マリーシアに対しては誰もがちやほやと接してくるのに、オルシナに対しては冷たい態度を取る者がほとんどで、それがこれから先も続くものと思われていた。そんな中、二人のもとに一通の手紙が届く。差出人はフォルグ第一王子であり、二人のうちのいずれかを婚約者として迎え入れるということが書かれていた…。
世継ぎは他の妃が産めばいい——子を産めない私ですが、帝の寵愛を独占して皇后になりました
由香
恋愛
後宮に入る女の価値は、ただ一つ。
——皇子を産めるかどうか。
けれど私は、産めない。
ならば——
「世継ぎは他の妃に任せます。私は、陛下に愛される女になります」
そう言い放ったその日から、すべてが狂い始めた。
毒を盛られても、捨てられず。
皇子が生まれても、選ばれたのは私だった。
「お前は、ここにいろ」
これは、子を産めない女が
ただ一つの武器“寵愛”だけで頂点に立つ物語。
そして——
その寵愛は、やがて狂気に変わる。
離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。
しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。
私たち夫婦には娘が1人。
愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。
だけど娘が選んだのは夫の方だった。
失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。
事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。
再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。
「三年間、誕生日のたびに記録していたら、彼氏より先に幸せになれました」 ──全部、メモしてたんで。
まさき
恋愛
三年間、瀬川凛は笑い続けた。
誕生日のディナーを予約しても、記念日にプレゼントを用意しても——彼氏の柊悠樹は、幼馴染の水瀬奈々からLINEが届くたびに、「すぐ戻る」と言って消えた。
戻ってくるのは、いつも二〜三時間後。
「大丈夫だよ、気にしないで」
凛はそう言い続けた。ただし——スマホのメモには、全部記録していた。
日付、時刻、状況。感情は一切書かなかった。ただ、事実だけを。
三年分の記録が積み重なったころ、悠樹は言った。
「奈々と付き合いたい。別れよう」
凛は静かに微笑んで、答えた。
「——わかった」
そしてその翌週、悠樹の会社のライバル企業への転職が決まった。
内定通知は、別れ話の一ヶ月前に届いていた。
泣かなかったのは、強かったからじゃない。
ずっと、準備していたからだ。