ブリアール公爵家の第二夫人

大城いぬこ

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「…なんでも話してくれますのね」 

 ディオルド様の言葉に驚いていないわけじゃないけれど落ち着いている。 

「ああ…あの女が死ねばお前は俺を疑うだろ?」 

「確かに…そうです」 

 ディオルド様が動いた可能性は想像するわ。 

「…また…私はなにかされますか?」 

「多分な」 

「私…もう…ディオルド様は私と…馬車も同乗してくれます」 

「ああ」 

「…怖く…ないです」 

「止めたいのか?」 

 日傘が作る影のなか、ディオルド様の険しい顔が私を見下ろす。 

「…わかりません…ファミナが死んでも生きていても…どうでもいいと…」 

 思っているわ。でもあの襲撃にファミナが関わっている。いえ、ファミナの指示だとしたら…騎士たちの命はファミナが奪った…それは許せない… 

「お前が誰であれ人の死を望むとは思っていない…悩ませるとわかっていたが…嫌わないでくれるか?」 

「嫌いなんて…思いもしません」 

「責任を取らせる。推測で殺しはしない。あの女が指示したことか確かめてから動く」 

 騎士たちの死に顔が頭に浮かぶ。私と年齢が変わらないような騎士もいた。妻や子供がいる騎士も… 

「ディオルド様は危険なことをしないと約束してください」 

「ああ。シモンズの邸に忍ぶなど二度としない。次は呼び出す」 

 ブリアールとしてけじめをつけるのね。 

「結婚式のドレスは揃いがいいです」 

 ジェイデン様が何着か作ってくれている。私が行きたくないと言えば、この優しい人はそうかと言ってくれると思う。でも、外ではロシェル・ブリアールが襲われた、汚されたと未だに話しているはず。閉じ籠っているだけではいけない気がするわ。 

「ああ」 

「王立教会…楽しみです」 

「ははっそうか。妹はトールボット家門の令息令嬢を招く。敵陣に入るぞ」 

「敵陣……ふふ…そうですね。そばにいてください」 

「真横にな」 

「心強いです」 

 私は繋いだ手を持ち上げて口づける。守られている。思いやってくれる臙脂の瞳がとても愛おしかった。 

「ありがとうございます」 

「…ああ」 

 私の歩調に合わせてくれるディオルド様の優しさにも頬が緩む。 

 大切にされる喜びをここで知ったわ。私はどうしたらこの気持ちを返せるかしら?もうアラントで受けた苦痛は過去にできたのに、どうしてファミナは攻撃を続けるのか…私を放っておいてくれたらよかった。 

「…ブリアール領地のアドラーから手紙が届いた」 

「はい」 

 私たちは再び足を進める。芝を踏む音が心地いい。 

「…何人か…ここで働いていた者が戻る」 

「はい」 

「レナが」 

「はい」 

 娘さんが臨月だったわ。もう生まれたのかしら? 

「レナの娘が亡くなった」 

 ディオルド様の言葉を理解するのに足を止めて見上げる。いつもの臙脂色が見ている。 

「…臨月…で…」 

「ああ…出産時…出血が多かったそうだ」 

 私はふらつきそうになったけれど、ディオルド様が日傘を落とし抱き締めてくれたおかげで倒れることはなかった。 

「赤子は生きている」 

「レ…ナ…は…」 

「辛いだろうな。だが、出産時に母体が亡くなることは思ったより多い。ブリアール領邸に常駐している医師が手を尽くしたそうだが…残念だ」 

 レナを思い、目蓋をきつく閉じる。彼女と家族について詳しく話すことはなかった。けれど娘さんの出産を楽しみにしていると私は感じたわ。どれだけ辛い思いをしているか… 

 ディオルド様の抱き締める腕に力が籠った。 

「ロシェル、子供が欲しいか?」 

「こ…ども…私とディオルド様の」 

「ああ…俺たちの子だ」 

 私はディオルド様の背に腕を回す。大きな背を抱き締める。 

「欲しいと言われると欲しいかもしれません。ですが、生まれた子を愛せるのでしょうか?大切にできるのでしょうか?育てられるのか…」 

「育てるのは乳母だ…だがロシェル…すまないな…聞いておいて…俺はもう決めているんだ…俺はお前を孕ませない」 

 孕ませない? 

「…ブリアール公爵家を…これ以上乱さ」 

「俺はお前を失う可能性は消す」 

「…ディオルド様…私がレナの娘さんのように」 

「レナの娘のことは俺の決心を再度固めたが…俺が準備をしていると何度も言ったろ?」 

 ディオルド様の指が顎に触れ、導かれるまま顔を上げる。日差しを背に受けた顔が、ぼんやりと見える。その柔らかい表情に胸が高鳴った。 

「あれは…お前を孕ませないために薬を飲んでいたんだ」 

「薬…」 

「ああ。避妊薬だ」 

 そういうものがあるのね。私は本当に知らないことが多いわ。 

「お前の母親は短命だったろ」 

「…はい…元々体は丈夫ではなく」 

「原因不明らしいな」 

「はい」 

「病に名をつけられるほうが珍しいほど、人体には謎が多い。症状が発現し、それから医師が治療にあたるがそれが正しい処置かもわからん。原因不明、そんな理由で病んでいき死ぬ者は多い。遺伝という言葉がある。俺はわずかでもお前を」 

「はい」 

 私はディオルド様の頬に手を伸ばす。 

「子供はいりません」 

「ロシェル」 

「…心から私を…想って…」 

「ああ、想ってる…」 

 ディオルド様、あなたがどれほど私を想ってくれているのかひしひしと伝わる。 

「もう…お前がいないときの俺には戻れん…俺は今が…幸せなんだ…これを失くせないんだ…お前がいるなら死体の上だろうと幸せなんだ」 

 なんて物騒なことを… 

「ふふ…」 

「笑え…お前の笑う顔も好きだ…水色が輝くと綺麗なんだ」 

 私は踵を上げて背伸びする。それでも届かなくて、ディオルド様の頬を掴んで引き寄せ唇を合わせる。 

「好きです…ディオルド様」 

「ああ…そう言われるのも好きだ」 

 微笑むディオルド様が愛しい。仏頂面の頃が信じられないわ。 

 私はお父様に愛されていると感じていたけれど、ジェイデン様とディオルド様の愛はそれを大きく上回っている。愛されて喜びと安堵を感じ、それをあたえてくれた人に同じだけ返したい。 

 ジェイデン様…あなたに返せていたのでしょうか?私は与えられてばかりだったように思えて申し訳ないと考えてしまう。 

「私にできること…あったら言ってください」 

「お前にできること?なに言ってる?」 

「ディオルド様の役に立ちたい…喜ぶことをしたい」 

「…阿呆」 

 あほう? 

「お前は俺の近くにいればいい…元気にな…それだけでいい」 

「…はい」 

「それが俺の…よ…喜びだ」 

 ディオルド様の唇が震えている。耳が赤くなっているのを見つけて照れているとわかった。 

「ふふ…」 





「閣下、顔…引き締めて…見てらんない」 

「なに言ってる」 

 引き締めているだろうが。俺はいつもの俺だ。 

「閣下から幸せ臭がぷんぷん匂う…催淫さいいん臭もぷんぷん…子種臭もぷんぷん…ぷんぷん」 

 ガガの広げているジャケットに腕を通す。 

「嗅ぐな…阿呆」 

「…そんなにやけた顔で言われてもねぇ」 

 俺は険しく睨んでいるつもりだぞ。 

「ロシェル様は歩けますかねぇ…閣下が毎晩抱いちゃって」 

「…昨夜は我慢したろ」 

 ガガの言う通り、毎晩抱いていた。

 あれはロシェルが悪いだろ…寝室に行けば嬉しそうに微笑むんだ。口づけを欲しがるんだ。匂いを放つんだ。止まらんだろ。 

「うわ…いやらしいにまだぁ…ロシェル様の恥ずかしい姿を思い出してるぅ」 

「変な声を出すな」 

「閣下、窓を開けるのやめてくれません?俺、外の警備で流れてきて吸っちゃったっすよ」 

「…強いか?」 

「いや、ちょうど真下にいたから…パンパンにして警戒するって辛いんっすよ」 

「誰かに嗅がれてないだろうな…おかしな話が聞こえてこないか耳を澄ませよ」 

 シーツに匂いが染み込んでいると思い、少しでも逃がすかと抱き潰したあと窓を開ければ…これか。 洗濯は女がするが、そこに運ばれるまでがな…アプソに追跡させるか。 

「ビアデットに避妊薬の副作用より匂いが勝ったと教えてやるか」 

「…っすね…閣下…派手な衣装を選びましたね」 

 結婚式には釣り合わない黒色が大部分を占める俺の衣装には差し色として銀色が入り、宝飾品は臙脂色だ。ロシェルと揃いの衣装だ。 

「俺が着るとなんでも派手だろ」 

「…っすね…無駄にでかいから」 

「お前もな」





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