会長にコーヒーを☕

シナモン

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6話 甘い言葉にご用心

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「……鬼塚くん、帰国の際、直接この部屋に来てくれないか。会わせたい人物がいるんだ。」

 9月某日、静かな会長室に響く低い声。
 詐欺事件も無事解決し、女真鍋さん逮捕、余罪はたんまりあり、なんと被害総額10億越え。
 少しは涼しくなった……どころか、外の通りは相変わらず熱をため込んでいる。


「ああ。そうだな。その後すぐに一緒に現地に飛んでもらいたい。……そのつもりでいてくれ」

 会長は通話を終えると椅子にもたれた。
 それは新設される部署の責任者をモンゴルより帰国させるといった旨の通達。
 会長室直通の社用電話を通じて行われる会話はすべて内密のものであり、内容はごく一部の人間にしか知らされてない。

「お食事はいかがしますか。そちらでよろしいですか。それともソファで」
「そうだな……じゃあ、ソファで」
「かしこまりました」
 
 新部署、それは……。例のおエビランド改事業。実は着々と進められ、私が落っこちたエビの養殖池はすでに奇麗に整地され、エビさんたちは近隣の養殖場へお引越し済みとのこと。

「どんな感じになるんでしょう。運動公園と+α、エビの釣り堀とか?」
「釣り堀は禁止だよ。子供が過って落ちても困る。」

 ……ああ、それは君のことだったな。と言いたそうな言葉の加減であった。
 ムカ。

「そうですね。ところで会長、エビが水中で泳ぐ様子をご覧になられたことがありますか」
「さあねえ。言わない方がいいんじゃないか」

 そうでした。
 私は言った後すぐに後悔した。
 大抵は犬かきみたいにふわふわ足を動かしてますよね。それが私は見てしまったのだ。何かの拍子に、あのエビぞりのまま勢いをつけてバッグに進む様を。それが速いのなんのって……。
 水泳競技の背泳ぎのスタート体勢のままうねうね水中をバック……。
 ここまでにしておこう。

「これで君はあの案件とは無関係だな。」

 え。

「先方が指名してきても完全に無効にできる」



「それではこの部屋に来られることもないのでしょうか」
「ああ。そう」

 ということは、その顔合わせは水産事業者ではなく、自治体の関係者? 接待の場が設けられるのだろうか。

「なあ、キミ」

 会長は顔をあげた。小さなワイングラスに入れたピスタチオティラミスを一口さらい、高広くん同様、とてもきれいにスプーンに乗せて運ぶ。なんて優雅なんだろう。ああ、育ちって、しつけって重要なんだなあ。
 そして音なくグラスを置く。

「お味は どうですか」
「うまいよ」
「明日のミーティングはこちらでよろしいですか」

「……それなのだが」

 会長は背もたれに左手を伸ばし足を組みなおした。

「接待料理を見直そうと思っているんだ。社内でのコーヒーブレイクは今まで通りだが」
「え、それは」
「君の負担を考慮してだ」
「そんな」
「秘書室から言われていたんだよ。君は秘書じゃないが一応所属は総務課秘書室だ。接客の料理担当は荷が重すぎるのではないかとね」
「いえ、とんでもないです」

 え? 冗談でしょ。私の仕事減らしたら、今以上にだらけちゃいますよ。今だって昼寝OK、ネットやり放題、勤務中にデパ地下に買い物だって行けちゃう。

「そうは言ってもね……兼ね合いがね」
「私は全く負担だと思っていませんが」

 それどころか特別手当が増えて申し訳ないくらいだ。
 ほぼ日中の自宅と化してる快適空間で何不自由なく過ごす権利をもらえて、金にもなる…。

「それはありがたいんだがねえ。実際楽しみにしている連中もいることだし」

 副社長とか、山元社長とか、若手社員、緑川氏、T不動産関連……。

「う~~ん」

 一度スイーツを離れ、手を頭の後ろで組んでソファにもたれた。会長…勝手に私を専任社員なんかにしておいて、いまさら何を悩むのか。

「賞与アップの機会が不均等だと言われればそうだよな。」

 何となくわかるけど、それは仕方がないわ。
 バリバリ成果を上げてる営業と毎日同じことやってる事務職では土台が違うのが当たり前だと思っていた。
 もちろん私は後者にも及ばず、独自の専任社員ということになっている。

「会長がお悩みになることはないのではありませんか? 人事に任せるではダメなんですか」
「そうなんだが……。そもそも秘書の意義って何だ?」

 ズコ……。そこかい。

「営業と事務でインセンティブの違いが生じるのは仕方がない、だが、評価アップの機会が非常に少ない、と言われてもね」よっと体を起こした。

「日本では弁護士と例えば司法書士と明確に職が分かれているが、アメリカでは司法書士も税理士も法律関係は全部弁護士の仕事だからね。その分専門性に特化してるが」
「やればやるほど報酬につながりますね」

 それのどこが不満? ああ、貧しい者にも機会を与えろって意味かな。かつての私だ。

「そろそろ査定の仕方にもメスを入れないといけないか……」今度はソファの背もたれに肩ひじついて頭を支え、左手を動かして、
「それでこうも思っているのだが、いつも会議の後で出している茶請けを定期的に秘書室に届けてやってくれないか。」

 ええ、それは……大賛成です。

「実はね、秘書室の空気があまりよろしくないらしいんだよ」

 秘書室が? 気づかなかった。

「ちょっとしたメレンゲタイムを導入してはどうか? と社長に言われてね。ほんの30分でも。女性はああいうのが好きだろう? ほら、君が店でよく頼む……」

 ハイアットのアフタヌーンティーセット的なアレですね。

「メレンゲタイムって言うんですね」
「社長がどこからか聞いてきたんだろう」ふむふむ。女子上げワードの一つですね。
「……さっそく明日、お願いできないか。」
「はい」たまに届けてたけど、会長が自分を優先しろとか何とかのたまわれて、ご無沙汰になってたんですよね。ついに折れたか、会長。何かあったのかな。会長に意見を申し立てるなんてなんという度胸なんだ。
「悪いんだがキミ、一役買ってくれないか。対処は追々考えよう。」
「はい」

 OK、ラジャーお任せください、そういうの嫌じゃありません。
 偵察かねてゴー、行ってまいります、ナル司令。



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