タイムリミット

シナモン

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タイムリミット

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 胸キュン、泣ける映画をあなたに――。

 ふとスマホの広告の文句に目が止まった。恋愛映画ね。ときめいていたのはいつ頃だったかな。就職してからはもー毎日が戦闘! 恋愛、結婚なんて語ってる暇なんてなかったわ。そりゃお付き合いはそれなりにしてきたけれども。何人もの男が交際を申し込んでは向うから別れて行った。『キミは結婚なんてしなくてもぜーんぜん生きていけるね』とか何とかほざかれて。
 そういう女なのよ。私は。

「それにしてもよくあんなにすんなり持って来れたわねえ。25、5センチよ? どーよコレ、かわいくないサイズ」

 夜、ローテーブルの上に靴を置いてふけこんでいると、携帯が鳴った。あの女からだ。

『どお~? 塔子っ。いい男いた~?』

 調子いいわあ……。わざとお堅く返してみる。

「別に。浮いてたわよ、思い切り。あ、だけど食事ご馳走になったくらいはお礼をいわないとね」
『おこんないでよぉ、また今度別口でおごるからさ。ところでさあ、あたしっ、なーんかツキ回ってきそうよ~。相手の人、マジお坊ちゃんでさあ』
「へえ」

 岡路は、えらくハイテンションで今日会った見合い相手について語り始めた。

『S市の~Tっていう病院の院長の三男なの。地元じゃ割と知られてる総合病院よ。東京で医科大中退してちょっとばかし遊んでたんだけど、自分で会社起こしてぼちぼち暮らしてるんだって。あ、家は港区よー。親は医者にさせたかったみたいなんだけどね。それはもうあきらめて。せめて嫁さんは同郷から選んで欲しいってことであたしに話が回ってきたのよ。東京の子と結婚させたらますます帰ってこなくなるからって』

 ふーん。ベンチャーですか。それだけじゃ何ともいえないわね。年商300万でも1億でも『起業家』としては同じっちゃー同じだもの。

『……ま、ぶっちゃけおぼっちゃんなんだけど~。でもさ、楽じゃん? おにーさん2人いて、2人とも医者なんだわ。だからあー、メンドクサイ『ざますばばぁ』とのお付き合いとか後継ぎがどうのとかって話そんなに回ってこないだろうし。玉の輿? ってヤツかなあ、コレ』

 『ざますばばぁ』ってなんすか。岡路はもうはしゃいじゃって、その様が目に浮かぶようだ。彼のマセラティだのフランクミュラーだの言いたいこと言って、『それじゃ~近いうちにおごるわねっ』と携帯を切った。

「……医者ねえ」

 相手は事業家らしいけど多分それって坊ちゃんのお遊びくらいな程度なんだろうな(業種明かさないし)。岡路の場合重要なのは『医者の三男』てところだろう。医者ならまあコケる不安はなさそうだ。年収1000万なんて軽く超えてそうだし。と、そんな想像してしまう自分がちょっと悲しい。
 年取ったわよねえ、そろそろ30か。三十路。女を憂鬱にさせる響きだ。

「……靴。お支払いしないと」

 乗り切れない女1人、目の前の靴に向かってぼやく。ーーもらえないもん、こんな高そうな靴。電話しなくちゃ。事務所からかけようかな、明日。

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