110 / 124
ロドルグの街13
しおりを挟む
「…うん、大体の話は分かったよ。」
「え?」
「ん?どうしたんだい?」
「い、いえ…」
(もっと追求されるのかと思った…)
香織も今の説明には無理がある事を自覚していた。人はそんなに都合よく倒れないし、伯爵が簡単に香織を手放すはずがなかった。しかしサイモンは香織の穴だらけの説明に納得する素振りを見せてくれた。
(きっと分かってるんだ…私が何かした事を。)
それでもそれを口に出さないのはサイモンの優しさだ。アレクシスも口を挟む事なく二人のやり取りを見守っていた。彼らの優しさに、胸が痛む。
(きっと二人とも知ってるんだ。私が色々と嘘をついている事を。いつか本当の事を言えたら良いけど…今はまだ、怖い。ごめんなさい。)
この件だけではない。香織は彼等に、様々な嘘をついてきた。出自も、年齢すら偽りだ。しかし真実を打ち明ける勇気は、香織にはまだない。異端者として拒絶されるのが怖かった。
一人考えを巡らせ気落ちしていく香織に、アイが声をかけた。
『マスター。』
(あ、うん。なに?)
『ナナの事を言わなくても良いのですか?』
(あ、そうだった!)
「あの、サイモンさん。」
「なんだい?」
「もう一つ報告することがあるんですけど…」
香織はそう言うと、ナナに掛けていた隠蔽魔法を解いた。香織の背後に突然現れた少女に、アレクシスは思わず席を立って身構えた。サイモンも目を見開き固まっている。
アレクシスの殺気を受け、ナナがブルブルと震え出す。香織は慌ててナナの視界を自分の身体で遮った。
「す、すみません、いきなりすぎました。アレクシスさん、この子は大丈夫ですから座ってください。私が連れてきたんです。」
「あ、ああ…すまない、怖がらせたようだ。」
「えっと、この子はナナちゃんと言って…私の前任の侍女です。」
「!!」
その言葉だけで、彼女が伯爵の生贄だったことが分かる。一見すると、普通の少女だ。怪我ひとつしていないのは、恐らく香織が綺麗に治したからだろう。しかしアレクシス達の一挙一動に過剰に反応し、彼等の視線に怯えているその様子は、ナナが虐待されていた事実を裏付けていた。
「すみません、あの屋敷には置いておけなかったので、勝手に連れてきてしまいました…」
「いや。フローラの判断は正しかったと思うよ。怪我も君にしか治せなかったと思うし。」
「それで、この子の今後の事で相談があるのですが…えっと…」
香織はナナの顔色を伺った。ソファに座る香織の背後に付き人のように立っているナナは、アレクシス達に怯えながらも、その瞳からは強い意志が見て取れる。彼女の意志。それは、家族の元に帰る事。しかしそれは叶わぬ願いである事を、香織だけが知っていた。
「…あの、ナナちゃんは家族の元に帰る事を望んでいます。なので彼女を安全な地に送り届けるまで、別行動をしたいんです。」
「それはもちろん構わないけど…この子の実家はどこなの?」
「… …」
ナナの口の動きをアイが読み取る。
「この街にいるそうです。」
「…君は…」
「…」
「あの、この子、喉を潰されていたんです。それは私が治したんですけど、まだ喋れなくって…多分、心の問題だと思います。」
「そうなんだね…まだ子供なのに…分かった。別行動は全然問題ないよ。この街にいるなら、今日中にでも送り届けられるよね?念の為アレクを連れて行く?」
「大丈夫です。遠出するわけでもないですし。それよりサイモンさん、これとは別件なんですけど、ちょっと内密のお話がありまして…あの…」
香織はナナをチラリと見ながらサイモンに話しかけた。サイモンは香織の意図をすぐに察し、立ち上がった。
「じゃあ商会の方の応接室に移動しようか。あそこなら個室だし、声も漏れない。ナナ、だっけ?君はここでアレクと…は無理か。」
サイモンは初めナナをアレクシスと共にここに置いていこうと思っていたが、ナナのアレクシスに対する怯え方を見て、その考えを改めた。
「…とりあえず、フローラに用意していた部屋があるから、そこで待っていてくれるかな?アレクはこの辺で好きにしててよ。」
「…」
「分かった。」
あからさまにホッとしたナナを見てアレクシスは少し落ち込んだが、大人の男に虐待され続けてきた経緯を思えば当然の反応か、と思い直した。もしかしたらアレクシスだけでなく、男性全般が怖いのかもしれない。
ナナを部屋まで送り、香織はサイモンと共に応接室に向かった。
「すみません、サイモンさん。実は内密な話っていうのは嘘なんです。ちょっとナナちゃんに話を聞かれたくなくて。」
「そうだったんだね。でももうすぐ応接室だし、とりあえず話はそこで聞く事にするよ。」
「ありがとうございます。」
応接室に入り、ソファにお互い向かい合って座る。雑談も何も挟まずに、香織は話を切り出した。
「実は…ナナちゃんの家族はもう皆さん亡くなっているようなんです。」
「…そう。それは、伯爵が?」
「恐らくは。でもナナちゃんは自分の家族が生きていると信じています。どうやら偽装の手紙が定期的に送られてきていたようで…彼女にも一応真実は伝えたんですけど、信じてくれなくて。家に帰らせてくれと聞かないんです。」
「じゃあナナを実家に連れて行くと言うのは、彼女に真実を教えるためなんだね?」
「はい。」
「その後の事はどうするの?あの年齢で、しかも声が出ないんじゃあ孤児院に入れるのも難しいと思うけど…」
「はい。なので、ナナちゃんは私の故郷に連れて行こうと思いまして。」
「君の故郷?」
「はい。言ってませんでしたっけ?私、ラダ山脈の麓の村から出てきたんです。あの村は子供が少ないので、ナナちゃんも歓迎されると思います。」
「…じゃあ、別行動っていうのは…」
「ナナちゃんを私の村に送り届けるまでの事を言いました。」
「えっと…それ結構な距離だよね?移動手段は歩き?それに僕達とは反対方向だし…送り届けた後に合流するって不可能だよね。カオリは、ここで僕達と別れるってことかな?」
「…ナナちゃんはここしばらく監禁されていたみたいで体力もないですし、徒歩はキツいと思うので旅の足はなんとかします。」
「カオリ、君は僕達と…ここで別れるつもりなの?」
「え?」
「ん?どうしたんだい?」
「い、いえ…」
(もっと追求されるのかと思った…)
香織も今の説明には無理がある事を自覚していた。人はそんなに都合よく倒れないし、伯爵が簡単に香織を手放すはずがなかった。しかしサイモンは香織の穴だらけの説明に納得する素振りを見せてくれた。
(きっと分かってるんだ…私が何かした事を。)
それでもそれを口に出さないのはサイモンの優しさだ。アレクシスも口を挟む事なく二人のやり取りを見守っていた。彼らの優しさに、胸が痛む。
(きっと二人とも知ってるんだ。私が色々と嘘をついている事を。いつか本当の事を言えたら良いけど…今はまだ、怖い。ごめんなさい。)
この件だけではない。香織は彼等に、様々な嘘をついてきた。出自も、年齢すら偽りだ。しかし真実を打ち明ける勇気は、香織にはまだない。異端者として拒絶されるのが怖かった。
一人考えを巡らせ気落ちしていく香織に、アイが声をかけた。
『マスター。』
(あ、うん。なに?)
『ナナの事を言わなくても良いのですか?』
(あ、そうだった!)
「あの、サイモンさん。」
「なんだい?」
「もう一つ報告することがあるんですけど…」
香織はそう言うと、ナナに掛けていた隠蔽魔法を解いた。香織の背後に突然現れた少女に、アレクシスは思わず席を立って身構えた。サイモンも目を見開き固まっている。
アレクシスの殺気を受け、ナナがブルブルと震え出す。香織は慌ててナナの視界を自分の身体で遮った。
「す、すみません、いきなりすぎました。アレクシスさん、この子は大丈夫ですから座ってください。私が連れてきたんです。」
「あ、ああ…すまない、怖がらせたようだ。」
「えっと、この子はナナちゃんと言って…私の前任の侍女です。」
「!!」
その言葉だけで、彼女が伯爵の生贄だったことが分かる。一見すると、普通の少女だ。怪我ひとつしていないのは、恐らく香織が綺麗に治したからだろう。しかしアレクシス達の一挙一動に過剰に反応し、彼等の視線に怯えているその様子は、ナナが虐待されていた事実を裏付けていた。
「すみません、あの屋敷には置いておけなかったので、勝手に連れてきてしまいました…」
「いや。フローラの判断は正しかったと思うよ。怪我も君にしか治せなかったと思うし。」
「それで、この子の今後の事で相談があるのですが…えっと…」
香織はナナの顔色を伺った。ソファに座る香織の背後に付き人のように立っているナナは、アレクシス達に怯えながらも、その瞳からは強い意志が見て取れる。彼女の意志。それは、家族の元に帰る事。しかしそれは叶わぬ願いである事を、香織だけが知っていた。
「…あの、ナナちゃんは家族の元に帰る事を望んでいます。なので彼女を安全な地に送り届けるまで、別行動をしたいんです。」
「それはもちろん構わないけど…この子の実家はどこなの?」
「… …」
ナナの口の動きをアイが読み取る。
「この街にいるそうです。」
「…君は…」
「…」
「あの、この子、喉を潰されていたんです。それは私が治したんですけど、まだ喋れなくって…多分、心の問題だと思います。」
「そうなんだね…まだ子供なのに…分かった。別行動は全然問題ないよ。この街にいるなら、今日中にでも送り届けられるよね?念の為アレクを連れて行く?」
「大丈夫です。遠出するわけでもないですし。それよりサイモンさん、これとは別件なんですけど、ちょっと内密のお話がありまして…あの…」
香織はナナをチラリと見ながらサイモンに話しかけた。サイモンは香織の意図をすぐに察し、立ち上がった。
「じゃあ商会の方の応接室に移動しようか。あそこなら個室だし、声も漏れない。ナナ、だっけ?君はここでアレクと…は無理か。」
サイモンは初めナナをアレクシスと共にここに置いていこうと思っていたが、ナナのアレクシスに対する怯え方を見て、その考えを改めた。
「…とりあえず、フローラに用意していた部屋があるから、そこで待っていてくれるかな?アレクはこの辺で好きにしててよ。」
「…」
「分かった。」
あからさまにホッとしたナナを見てアレクシスは少し落ち込んだが、大人の男に虐待され続けてきた経緯を思えば当然の反応か、と思い直した。もしかしたらアレクシスだけでなく、男性全般が怖いのかもしれない。
ナナを部屋まで送り、香織はサイモンと共に応接室に向かった。
「すみません、サイモンさん。実は内密な話っていうのは嘘なんです。ちょっとナナちゃんに話を聞かれたくなくて。」
「そうだったんだね。でももうすぐ応接室だし、とりあえず話はそこで聞く事にするよ。」
「ありがとうございます。」
応接室に入り、ソファにお互い向かい合って座る。雑談も何も挟まずに、香織は話を切り出した。
「実は…ナナちゃんの家族はもう皆さん亡くなっているようなんです。」
「…そう。それは、伯爵が?」
「恐らくは。でもナナちゃんは自分の家族が生きていると信じています。どうやら偽装の手紙が定期的に送られてきていたようで…彼女にも一応真実は伝えたんですけど、信じてくれなくて。家に帰らせてくれと聞かないんです。」
「じゃあナナを実家に連れて行くと言うのは、彼女に真実を教えるためなんだね?」
「はい。」
「その後の事はどうするの?あの年齢で、しかも声が出ないんじゃあ孤児院に入れるのも難しいと思うけど…」
「はい。なので、ナナちゃんは私の故郷に連れて行こうと思いまして。」
「君の故郷?」
「はい。言ってませんでしたっけ?私、ラダ山脈の麓の村から出てきたんです。あの村は子供が少ないので、ナナちゃんも歓迎されると思います。」
「…じゃあ、別行動っていうのは…」
「ナナちゃんを私の村に送り届けるまでの事を言いました。」
「えっと…それ結構な距離だよね?移動手段は歩き?それに僕達とは反対方向だし…送り届けた後に合流するって不可能だよね。カオリは、ここで僕達と別れるってことかな?」
「…ナナちゃんはここしばらく監禁されていたみたいで体力もないですし、徒歩はキツいと思うので旅の足はなんとかします。」
「カオリ、君は僕達と…ここで別れるつもりなの?」
0
あなたにおすすめの小説
オバちゃんだからこそ ~45歳の異世界珍道中~
鉄 主水
ファンタジー
子育ても一段落した40過ぎの訳あり主婦、里子。
そんなオバちゃん主人公が、突然……異世界へ――。
そこで里子を待ち構えていたのは……今まで見たことのない奇抜な珍獣であった。
「何がどうして、なぜこうなった! でも……せっかくの異世界だ! 思いっ切り楽しんじゃうぞ!」
オバちゃんパワーとオタクパワーを武器に、オバちゃんは我が道を行く!
ラブはないけど……笑いあり、涙ありの異世界ドタバタ珍道中。
いざ……はじまり、はじまり……。
※この作品は、エブリスタ様、小説家になろう様でも投稿しています。
親友面した女の巻き添えで死に、転生先は親友?が希望した乙女ゲーム世界!?転生してまでヒロイン(お前)の親友なんかやってられるかっ!!
音無砂月
ファンタジー
親友面してくる金持ちの令嬢マヤに巻き込まれて死んだミキ
生まれ変わった世界はマヤがはまっていた乙女ゲーム『王女アイルはヤンデレ男に溺愛される』の世界
ミキはそこで親友である王女の親友ポジション、レイファ・ミラノ公爵令嬢に転生
一緒に死んだマヤは王女アイルに転生
「また一緒だねミキちゃん♡」
ふざけるなーと絶叫したいミキだけど立ちはだかる身分の差
アイルに転生したマヤに振り回せながら自分の幸せを掴む為にレイファ。極力、乙女ゲームに関わりたくないが、なぜか攻略対象者たちはヒロインであるアイルではなくレイファに好意を寄せてくる。
【完結】私は聖女の代用品だったらしい
雨雲レーダー
恋愛
異世界に聖女として召喚された紗月。
元の世界に帰る方法を探してくれるというリュミナス王国の王であるアレクの言葉を信じて、聖女として頑張ろうと決意するが、ある日大学の後輩でもあった天音が真の聖女として召喚されてから全てが変わりはじめ、ついには身に覚えのない罪で荒野に置き去りにされてしまう。
絶望の中で手を差し伸べたのは、隣国グランツ帝国の冷酷な皇帝マティアスだった。
「俺のものになれ」
突然の言葉に唖然とするものの、行く場所も帰る場所もない紗月はしぶしぶ着いて行くことに。
だけど帝国での生活は意外と楽しくて、マティアスもそんなにイヤなやつじゃないのかも?
捨てられた聖女と孤高の皇帝が絆を深めていく一方で、リュミナス王国では次々と異変がおこっていた。
・完結まで予約投稿済みです。
・1日3回更新(7時・12時・18時)
お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~
みつまめ つぼみ
ファンタジー
17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。
記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。
そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。
「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」
恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
王妃となったアンゼリカ
わらびもち
恋愛
婚約者を責め立て鬱状態へと追い込んだ王太子。
そんな彼の新たな婚約者へと選ばれたグリフォン公爵家の息女アンゼリカ。
彼女は国王と王太子を相手にこう告げる。
「ひとつ条件を呑んで頂けるのでしたら、婚約をお受けしましょう」
※以前の作品『フランチェスカ王女の婿取り』『貴方といると、お茶が不味い』が先の恋愛小説大賞で奨励賞に選ばれました。
これもご投票頂いた皆様のおかげです! 本当にありがとうございました!
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる