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第二章
08.戴冠の儀式
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「これはこれはお珍しい。ようこそいらっしゃいました。どうぞ中にお入り下さい」
部屋にはテレンス様もいて、気さくに招き入れて下さるが、王子は自分の机の上で何か書類を読んでるし、どう考えても仕事の真っ最中である。
「すみません、お仕事中だと思ったんですが……」
真面目に仕事に集中していたように見える王子であったが、
「エルシーの声がする」
と言うと、王子はえらい勢いで椅子から立ち上がった。
私を見つけると、こちらに近づいてくる。
「エルシー、どうかしたか?」
と嬉しそうだ。
仕事はいいのか?
「殿下」
呼びかけられてその金色の瞳にタルコット先生を映すと、王子は眉をひそめる。
「タルコット……」
「王子殿下、妃殿下様は婚礼の儀式をご了承下さいました」
タルコット先生がそう言うと、王子の表情はますます厳しくなる。
王子はタルコット先生をにらみつけ、怖い声で言った。
「じじい、エルシーに何を言った?」
タルコット先生は落ち着いたご様子で答える。
「殿下、あなたは王家の主であることをお示しにならねばなりません」
「三つの試練を越えた者が王である」
タルコット先生は頭を振る。
「本来ならそれでよろしいでしょう。ですが、今はいけません。チャールズ陛下が王位にある。本来王でない者が王を名乗っておるのです。あなた様は真の王であることを示さねばなりません。御子に障りがないとも限らんのです」
「…………」
王子は黙った。
「オコにサワリ?」
思わず声に出してしまったようで、二人が私の方を見る。
「エルシー様、老師も、とにかくおかけ下さい」
とテレンス様が皆を執務室の椅子に座るよう促す。
王子は私の隣に座って、タルコット先生を油断なくにらみ付ける。
タルコット先生は、王子ではなく、私に向かって話し始めた。
「妃殿下様、今はグレン王子殿下の兄上チャールズ様が、やむなく王の地位にあります。ですがあの方は王の証、金色の目を持たず、三つの試練を受けてはいない。仮の王に過ぎません。グレン王子殿下が真の王でありますが、グレン王子殿下は今しばらくは王位につかぬとおっしゃる」
陛下が王となってすでに数年が経つ。その間、大過なく国を治め、普通に立派な王様だと思うが、宮廷内の一部で非常に辛い評価をする人々がいる。
タルコット先生も、その一人のようだ。
王子はそんなタルコット先生に対し、兄である陛下を庇った。
「俺には国を守る役目がある。兄は政を誰より誠実に果たしておられる」
王位の話は私も聞いている。
陛下は王子の結婚を機に王位を退いて摂政になると言ったのだが、当の王子が陛下にしばらくは王位についていて欲しいとお願いしたのだ。
王と王太子の二つの役目を王子一人でやるのは難しいし、実際に陛下はちゃんと賢王しているので、国のことを考えるとこれが一番良いと思う。
二人はこう決めてしばらくは今の体制が続くようだ。
タルコット先生は重々しい口調で言った。
「で、あればこそ、馬鹿者共の声を封じねばならぬのです。そもそもグレン様、あなた様が余計な情をかけねば良かった。王妃の座を空位のままに致しておればよろしかったのだ」
「……それくらいは良いだろう。義姉上では金目も青髪も生めない」
王妃の座を空位?
と考えていたら、ジェローム様が教えてくれた。
「昔ね、王子が十歳くらいだったかな。あの子、王子に向かって『金色の目が気味が悪い』って言ったの。王子のご両親である先の国王陛下ご夫妻は話を聞いてもちろん激怒したわ。でもあの馬鹿……じゃなかったチャールズ国王がどうしてもあの小娘と結婚すると言って、結局、先の国王陛下は結婚を許したんだけど、あの子の生む子は王家の子じゃないって明言なさったの。だからあの子、当時は王子だったチャールズ殿下の妻だけど、王子妃ではなかったの。でも先の国王陛下が亡くなった後、王家の長となったグレン王子が王妃に認めてあげたの」
あの子というのは、王妃のアメリア様のことだ。
ジェローム様も陛下と幼なじみらしいが、結構辛辣だ。
ジェローム様は吐き捨てるように続けた。
「なのに、あの子、王子が黙ってるのを良いことにやりたい放題だし、チャールズ国王は国王で、あの子のこと、諫めもしないから本当、イライラしたわ」
「そんなことあったんですか?」
王子に聞くと王子は頷いた。
「義姉上は兄の気を引きたかっただけだ。俺を傷付けようという意図はなかった」
悪口言われた王子の方が気にしてないようだ。王子は淡々としている。
「それに」
と王子が顔を上げた時、光の加減なのか、王子の金色の目がキラッと輝いた。
その瞬間、部屋の空気が震えるほど冷たくなったのは気のせいだっただろうか。
「愚かな娘の願いは叶った。欲しかった男を手に入れ、金目を貶めた娘は金目を孕むことはない。あれを運命の乙女と信じ望んだ兄も自らの過ちに気付いたようだが、もはや取り返せぬものもある」
「……何故それをおっしゃらなんだ?」
とタルコット先生が呻くように言う。
「何のことだ?じい」
「アメリア王妃が金目の王子を生めぬことです。いつからお気づきか?お分かりであったのなら、何故我らにおっしゃらぬ。テレンスや、聞いておったか?」
問われてテレンス様はブンブン首を横に振る。
「いいえ、タルコット老師、一向に」
「聞かれなかったから言わなかった」
王子は平然と答えた。
そして私は話についていけてない。
「えーと、何の話してるんでしょう?」
「多分、義姉上が金目の王子を生むことはないという話についてだと思う」
と王子が教えてくれたが、やっぱり分からない。
「王妃様、金目の赤ちゃん、生めないんですか?」
「おそらく無理だ」
と王子はあっさり首肯した。
「グレン様、なんで分かるの?」
「根拠はない。何となくそう思うだけだ」
「えっ、それだけ?」
「それだけだ。だから人には言わない」
「王子のカンは当たるのよ。ほぼ外れないの。王家は予言の才能があると言われているの」
とジェローム様が言う。
「えっ、すごいですね」
そう言うと、王子はビクッと反応した。
おそるおそる手を握られる。
「エルシー、怖がらないで欲しい。大したものではない。ただの推測だ」
「スゴイけど、怖くないですよ。それより、私は?私がいつ頃赤ちゃん産むか分かりますか?」
わくわくして聞いたが、王子は首を横に振った。
「自分のことは分からないのだ」
「うーん、じゃあジェローム様っていつ結婚出来るかとか分かります?ママ様が心配してるんですよ」
王子はまた首を横に振る。
「興味がないことも分からない」
「興味持って下さいよ!幼なじみじゃないですか」
部屋にはテレンス様もいて、気さくに招き入れて下さるが、王子は自分の机の上で何か書類を読んでるし、どう考えても仕事の真っ最中である。
「すみません、お仕事中だと思ったんですが……」
真面目に仕事に集中していたように見える王子であったが、
「エルシーの声がする」
と言うと、王子はえらい勢いで椅子から立ち上がった。
私を見つけると、こちらに近づいてくる。
「エルシー、どうかしたか?」
と嬉しそうだ。
仕事はいいのか?
「殿下」
呼びかけられてその金色の瞳にタルコット先生を映すと、王子は眉をひそめる。
「タルコット……」
「王子殿下、妃殿下様は婚礼の儀式をご了承下さいました」
タルコット先生がそう言うと、王子の表情はますます厳しくなる。
王子はタルコット先生をにらみつけ、怖い声で言った。
「じじい、エルシーに何を言った?」
タルコット先生は落ち着いたご様子で答える。
「殿下、あなたは王家の主であることをお示しにならねばなりません」
「三つの試練を越えた者が王である」
タルコット先生は頭を振る。
「本来ならそれでよろしいでしょう。ですが、今はいけません。チャールズ陛下が王位にある。本来王でない者が王を名乗っておるのです。あなた様は真の王であることを示さねばなりません。御子に障りがないとも限らんのです」
「…………」
王子は黙った。
「オコにサワリ?」
思わず声に出してしまったようで、二人が私の方を見る。
「エルシー様、老師も、とにかくおかけ下さい」
とテレンス様が皆を執務室の椅子に座るよう促す。
王子は私の隣に座って、タルコット先生を油断なくにらみ付ける。
タルコット先生は、王子ではなく、私に向かって話し始めた。
「妃殿下様、今はグレン王子殿下の兄上チャールズ様が、やむなく王の地位にあります。ですがあの方は王の証、金色の目を持たず、三つの試練を受けてはいない。仮の王に過ぎません。グレン王子殿下が真の王でありますが、グレン王子殿下は今しばらくは王位につかぬとおっしゃる」
陛下が王となってすでに数年が経つ。その間、大過なく国を治め、普通に立派な王様だと思うが、宮廷内の一部で非常に辛い評価をする人々がいる。
タルコット先生も、その一人のようだ。
王子はそんなタルコット先生に対し、兄である陛下を庇った。
「俺には国を守る役目がある。兄は政を誰より誠実に果たしておられる」
王位の話は私も聞いている。
陛下は王子の結婚を機に王位を退いて摂政になると言ったのだが、当の王子が陛下にしばらくは王位についていて欲しいとお願いしたのだ。
王と王太子の二つの役目を王子一人でやるのは難しいし、実際に陛下はちゃんと賢王しているので、国のことを考えるとこれが一番良いと思う。
二人はこう決めてしばらくは今の体制が続くようだ。
タルコット先生は重々しい口調で言った。
「で、あればこそ、馬鹿者共の声を封じねばならぬのです。そもそもグレン様、あなた様が余計な情をかけねば良かった。王妃の座を空位のままに致しておればよろしかったのだ」
「……それくらいは良いだろう。義姉上では金目も青髪も生めない」
王妃の座を空位?
と考えていたら、ジェローム様が教えてくれた。
「昔ね、王子が十歳くらいだったかな。あの子、王子に向かって『金色の目が気味が悪い』って言ったの。王子のご両親である先の国王陛下ご夫妻は話を聞いてもちろん激怒したわ。でもあの馬鹿……じゃなかったチャールズ国王がどうしてもあの小娘と結婚すると言って、結局、先の国王陛下は結婚を許したんだけど、あの子の生む子は王家の子じゃないって明言なさったの。だからあの子、当時は王子だったチャールズ殿下の妻だけど、王子妃ではなかったの。でも先の国王陛下が亡くなった後、王家の長となったグレン王子が王妃に認めてあげたの」
あの子というのは、王妃のアメリア様のことだ。
ジェローム様も陛下と幼なじみらしいが、結構辛辣だ。
ジェローム様は吐き捨てるように続けた。
「なのに、あの子、王子が黙ってるのを良いことにやりたい放題だし、チャールズ国王は国王で、あの子のこと、諫めもしないから本当、イライラしたわ」
「そんなことあったんですか?」
王子に聞くと王子は頷いた。
「義姉上は兄の気を引きたかっただけだ。俺を傷付けようという意図はなかった」
悪口言われた王子の方が気にしてないようだ。王子は淡々としている。
「それに」
と王子が顔を上げた時、光の加減なのか、王子の金色の目がキラッと輝いた。
その瞬間、部屋の空気が震えるほど冷たくなったのは気のせいだっただろうか。
「愚かな娘の願いは叶った。欲しかった男を手に入れ、金目を貶めた娘は金目を孕むことはない。あれを運命の乙女と信じ望んだ兄も自らの過ちに気付いたようだが、もはや取り返せぬものもある」
「……何故それをおっしゃらなんだ?」
とタルコット先生が呻くように言う。
「何のことだ?じい」
「アメリア王妃が金目の王子を生めぬことです。いつからお気づきか?お分かりであったのなら、何故我らにおっしゃらぬ。テレンスや、聞いておったか?」
問われてテレンス様はブンブン首を横に振る。
「いいえ、タルコット老師、一向に」
「聞かれなかったから言わなかった」
王子は平然と答えた。
そして私は話についていけてない。
「えーと、何の話してるんでしょう?」
「多分、義姉上が金目の王子を生むことはないという話についてだと思う」
と王子が教えてくれたが、やっぱり分からない。
「王妃様、金目の赤ちゃん、生めないんですか?」
「おそらく無理だ」
と王子はあっさり首肯した。
「グレン様、なんで分かるの?」
「根拠はない。何となくそう思うだけだ」
「えっ、それだけ?」
「それだけだ。だから人には言わない」
「王子のカンは当たるのよ。ほぼ外れないの。王家は予言の才能があると言われているの」
とジェローム様が言う。
「えっ、すごいですね」
そう言うと、王子はビクッと反応した。
おそるおそる手を握られる。
「エルシー、怖がらないで欲しい。大したものではない。ただの推測だ」
「スゴイけど、怖くないですよ。それより、私は?私がいつ頃赤ちゃん産むか分かりますか?」
わくわくして聞いたが、王子は首を横に振った。
「自分のことは分からないのだ」
「うーん、じゃあジェローム様っていつ結婚出来るかとか分かります?ママ様が心配してるんですよ」
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