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暗雲

第33話 贄の期待

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「なあ、どうなんだよ」

 面白そうに頬を歪めた男が、美しい瞳を細めて嗤っている。
 日頃は愉悦と無関心の二択しかない黄金が、一見慈悲深いまでの穏やかな色を浮かべていた。

 かつて数え切れないほどに見てきた。
 自分のために踊る玩具が壊れゆく様を、気紛れに眺めてやっている、圧倒的高みの瞳。
 穏やかなのではなく、冷徹でさえない平淡なまなこだ。

 いつも自分の気分で物事を左右させようとするくせに。
 こんな時だけは、徹底的に客観的な視点から物を言ってくる。

 正論だ。厭になるくらい。
 魔王が代替わりする度に出し直されてきた、遠い昔からの決まりごと。
 制限なく増えて森を食い潰してしまったことなどもある種族を、国の民として正式に認めるための条件でもある。

 それを俺の感情だけで「破っていい」と言っては、法を守って暮らしている他の魔族たちが馬鹿を見ることになってしまう。
 自然と視線が下方へ沈む。顔も俯けかけた俺を、旭陽の手が遮った。
 顎を掴み、強引に上向かされる。

「見なかったことにするか?」
 する、と喉元を指先が滑ってきた。

「『何もなかった』。目ェ瞑っちまえよ。
 ――なあ? お前が忘れてるうちに、全部解決してる。厄介ごとは綺麗さっぱり、『なかったことになってる』だろうさ」

「お前の周囲が、いつもそうだったように?」

 旭陽が、静かに笑みを深めた。

 首筋に褐色の腕が絡んでくる。
 捨て置け、と耳元で囁かれた。

 気分屋な男は、手を下すのも面倒になって事態を放置することもあった。
 盲目的な信者たちは、自分の王様の気分を見逃さない。
 不要な存在だと見れば、旭陽が何もせずとも周囲が勝手に片付けていた。

 俺も一度、旭陽に傅く者たちに排除されかけた。
 ふらりと現れた男が彼らこそを排除してからは、他の誰かから手を出されたことはないけど。
 旭陽は今、俺にも同じことをしろと言っている。何も手を出さず、目と耳を塞いで放置しておけと。

 魔族は人間ほど嘘を吐かず、素直だ。
 王を敬い、同朋を大切にする。
 王の命に逆らい、王の心を痛めさせる存在を、きっと許しはしないだろう。

 俺が知らないふりをすれば、確実に影で動く者は出てくる。
 かつて俺を排除しようとした、旭陽の盲信者たちのように。

「駄目だ」

 首に触れようとしていた顔を阻み、今度は俺が旭陽の顎を掴んだ。
 鼻先がぶつかる寸前まで顔を引き寄せ、口に強く噛み付く。
 薄い唇が切れ、赤い血が淡く滲んだ。牙で噛み切ったわけではないため、催淫効果は出ない。
 唐突に傷を増やされても、眼前の瞳に動揺の色は浮かばなかった。

「殺させはしない。連れてきて……増えた理由を訊く。それからどうするか考える」

 断言した俺を面白そうに眺めて、旭陽がわざとらしく小首を傾げる。

「法破りがそんなに軽い扱いで良いのか?」
「俺はまだその命を出してない」

 即答する。
 感情の薄まっていた瞳が丸くなり、一息置いて可笑しそうに噴き出した。

「ははっ! 晃もとんだ言い訳が使えるようになったなァ?」
 失礼な。事実だ。

 本来ならば、魔王の代替わりがあってすぐに公布されるべき内容だった。
 だが異世界からの帰還を果たした魔王に国中が混乱していたこと、新たな魔王が碌に認められていなかったことなどの要因が重なって、今まで忘れ去られていた。
 まあわざわざ改めて更新せずとも、これまで古くからの決まりを破るスライムが存在しなかったのが大きい。

 確かに屁理屈だが、建前があるとないでは大違いだ。

「……まあ、理由を訊くのはいいが。その先はどうすんだよ」
「聞いてみないと分からないけど、罰は与えることになるだろうな……」

 魔王になってから、誰かを罰したことはない。
 魔族は好戦的な割に、滅多に私怨で争ったり私腹を肥やしたりはしないからだ。

 初めての懲罰。気が重いけど、俺が決めなくちゃならない。
 そう思っていたら、鼻で笑われる音がした。

「違え。その先だ」
「先?」
「異常発生してる“魔力を食らう存在”を、どうやって食わせていくつもりだ?」

 ……なるほど。確かにそこは考えてなかった。
 ああ、さっきからやけに旭陽が面白がっていた理由が分かった。

 俺のなかなか自分からは切り捨てられない、消極的で甘い性格をこいつは知っている。
 理想と現実の間に挟まれ、無様に思い悩むはずの姿に興味を示しているってところだろう。
 でもそれは、俺が一人であった場合の話だ。

「それは、まだ考えてない」
「だろうなあ。なら」
「だから、知恵を貸せ」

 嘲笑を遮って、断言した。
 目を丸くした男の唇を舌で拭い、俺が流させた血を舐め取る。

 少し濡れた跡がある書類を脇に退けて、旭陽の肩を押した。
 ぽすりと軽い音を立て、広い背中がソファに逆戻りする。
 その上に跨って、挑発するつもりで笑ってみせた。

「お前が手を貸せ、旭陽。お前の全部、俺のものだろう」

 ずっと数え切れないほどに聞いてきた、当然の事実を確認する声音。
 同じ語調を意識して、今度は俺がかつての支配者に命じた。

 虚を突かれたと物語っていた丸い瞳が、俺の言葉を聞いてゆるゆると細まっていく。

「――――ハ。ま……及第点、だなァ」

 押し倒した拍子にソファへ落ちていた腕が、再度俺に伸びてきた。
 首に片腕が絡み付き、残った手はさっき庇っていた自分の腹部に触れている。

「及第点?」

 俺の問いには答えず、真っ赤な舌が薄い唇から伸びた。
 俺が舐めたばかりの、傷付いた場所を旭陽の舌がなぞる。

「褒美をやるよ、晃」

 顔が引き寄せられる。首筋に柔らかな感触が触れた。
 腰が強く引かれ、お互いさっき散々吐き出していた逸物が触れ合った。

「っ、旭陽……!?」

 唐突な感触に、俺も旭陽も服を着ていないことを思い出す。
 腰を引こうとするが、思いがけないだけの力で固定されていた。

 旭陽の顔を見ようと、顎を反らしてみる。横目でこちらへ流されている視線と目があった。
 黄金からは表面的な穏やかさが払拭されている。
 ぎらぎらと煌く瞳は、俺が見慣れた獰猛な愉悦に戻っていた。

 視線がぶつかったことに気付いた旭陽が、眦を歪めて笑みを形づくる。
 満足の色を宿していると気付けないほど、この男との付き合いは浅くなかった。

「いいから、じっとしてろよ……」

 まだ反応していない、二人ぶんの陰茎が大きな掌に纏めて囚われる。
 じゅ、と小さな音を立てて、旭陽が俺の首筋を吸い上げた。
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