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暗雲

第44話 耳を塞ぐ

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「旭陽、何か心当たりがあるんじゃないのか?」
「……何がだ」

 城に帰ってからも、村で俺が呟いた時に向けられた視線が気になっていた。
 考えても仕方ないかと本人に尋ねてみると、頬を歪めて面白がる目付きを向けられた。
 いや、その顔は何が言いたいか分かってるだろ。

「さっきの視察。魔力濃度が高くなってた原因、何か思い当たってることがあるだろ」

 今度は断定口調で尋ねた。旭陽が可笑しそうに喉を鳴らす。

「分かんねえの?」
「分かってたらそう言ってる」

 むっとした顔をして見せると、またじいと見つめられた。

「旭陽」
 もう一度促すと、男が軽く肩を竦める。

「本当に分かんねえのか?」
 もう一度、確かめる声音で尋ねられた。

 ぐっと顔を近づけられれば、身長差によって見下ろされる形となる。
 嗜虐的に煌く黄金が細まり、瞳の中に俺だけを映し出す。
 見惚れていると、顎を掴んで引き寄せられた。

「今までは観測されてこなかった、環境が変わるほどの“何か”――お前が一番知ってるだろうが? ……当事者なんだからよ」

 唇をそっと舌でなぞられる。
 甘い触れ方に首筋が粟立つ。でもそれとは別に、背筋にぞわりと悪寒が走った。

「当事者、って……」
「今の時代、この世界に存在していた誰よりも高い魔力を持って――“外の世界”からやってきた者。
 晃が召喚された時も、周辺の魔力濃度は跳ね上がったんじゃねえの」

 こつ、と額に丸めた指の節を当てられた。
 心当たりは、あった。

 そもそも魔王国の空気に高い魔力が含まれているのは、突出した魔力量を持つ魔王の存在が大きい。
 先代の魔王と王妃が死んでから、国の魔力濃度はかなり下がった。
 魔王の不在など殆ど経験してきたことがない国内では、魔族全体が体調不良に近い状態だったらしい。

 魔王様が戻ってこられて随分まともになり、今はもうすっかり元通りです。
 そう言って喜ばれたのは、確か一ヶ月半ほど前の出来事だ。

「……でも、先代の子供は俺一人だけだって聞いたぞ。隠し子が居たってことか?」
「ああ? 何で魔王限定なんだよ。それ以外の存在も召喚され得るだろうが」

 混乱しながら浮かんだ疑問を口にしてみると、何言ってんだと言いたげな顔で見られた。
 そ……れは、そうかもしれないけど。

「でも、環境に影響及ぼすほどの魔力量だろ? 普通の魔族や人間じゃ無理だと思うんだが」
「なあに言ってんだ。他にも居んだろうが」

 どくどくと、胸が嫌な鼓動を打ち始めた。
 聞きたくない。
 自分で尋ねたのに、ふとそんなことを思ってしまう。

 どんな表情になっていたかは分からない。
 多分それなりに芳しくない顔をしていたと思うが、旭陽は不思議と揶揄してはこなかった。
 ただ薄く笑って、静かな瞳を向けてきている。

「最近、勉強してただろ。――“勇者”ってやつ」
 どく、と耳の奥で鼓動の音が反響した。

「……勇者、って」
「現実味ねえ、みたいな顔してたから色々引っ張ってきて教えてやっただろ。もう忘れたのかよ」
 いや、ちゃんと覚えてる。覚えてる、けど。

「あれは……昔の伝承だろ。もうとっくに勇者なんて存在は生まれなくなったって」

 自分で言いながら、でも勇者が生まれる仕組みは結局判明していないんだったなと思い出してしまった。
 そもそも、人間がまだ異世界からの召喚を可能としていたことすら魔族にとっては予想外だ。

 禁止していたわけではない。
 でも異世界からの召喚を可能とするだけの魔力は、とっくに人間の中からは失われたものだと思われていた。
 本当なら、旭陽と再会した時点で調査の手を入れるべきだった。

「探したほうが良いんじゃねえか」

 自分のミスに気付いて自己嫌悪していると、俺の表情を観察していた男に忠告された。
 何を言っているのか。
 意識を戻せば、黄金が思った以上の鋭い色を浮かべている。

 探すって、その召喚された異世界人をか。
 探して――どうするんだ。
 尋ねてみる。じわじわと足元から這い上がってくる予感で、声は掠れてしまった。

「処分する以外の何がある」

 答えは間髪入れずに返ってきた。冗談の色はない。


「生かしておく理由があんのか? 面倒の種にしかならねえだろ」
「面倒事が起きそうだからって、そんな理由で……!」
「『魔王』を殺しにくる相手だぞ」

 咄嗟の言葉も、即答に近い速度で否定される。

「……こっちに呼び出されただけなら、何もしてこない可能性も高いだろ。それに自分の敵だからって、すぐに殺害を選択に入れたくない」
「お前の部下たちは、当然主を守ろうとするだろうなァ。殺しにきた相手も同じように甘っちょろい考えでいてくれるか、試してみるか?」

 どうにか絞り出した言葉も、あっさりと鼻で笑われた。
 いや、分かってる。旭陽の言葉が正しい。
 だって俺は、魔王だ。王、なんだ。
 かつてのような、何処にでもいる平凡な、何の責任もない立場ではなくなっている。

 でも、駄目なんだ。
 誰かの命を奪うと考えただけでも、死にそうなくらい頭が痛くなってくる。

「違えだろ、晃。お前はただ、何も殺せねえだけだ」

 何も考えたくない。
 そう思うのに、旭陽は容赦なく言葉を続ける。
 ずき、と重い痛みが頭を襲った。

「自分の身よりも部下の命よりも、理念のほうが大事なんだよなァ? お前に何かがあって魔族がどうなっても、誰も自分の意志で殺めることにならなきゃそれで良いんだろ」
 旭陽が喉を鳴らして嘲っている。

「……違う」

 そんなことない。
 誰も死なせたくないし、悲しませたくもない。
 それに、もう人間と魔族は同価値じゃない。
 知らない誰かより、慕ってくれる家臣や国民のほうが大切だ。

 でも、まだ何も起きてないじゃないか。
 最初から諦めて、敵と決めつけることはしたくないんだ。

「まあそうしてえなら、何かが起きるまで放っておけよ。……それで。『何か』があった時、そいつに死罪を言い渡せるのか」

 ……何も、言葉が出てこない。
 想像しただけで、息が止まりそうなほどの激しい嫌悪と吐気に襲われる。
 言葉がなくとも答えを察した様子の旭陽が、俺の顔を覗き込んでから手を離した。

「……ッハハ! 晃らしいなァ? 何も決められず、選べず、目の前から目ェ離して足元ばかり見てる。
 お前――そんなだから、望まねえ場所にばっか立たされんだよ」
 黄金が緩やかにしなって、憐む眼差しを注がれた。

「俺は……別に、今の立場に嫌々居るわけじゃ」
「昔も、望んでおれに嬲られてたって?」

 思わぬ言葉に、喉が不自然な音を立てた。
 咄嗟に顔を向けた先で、薄い唇が弧を描いている。

「……旭陽、」
「毎日襤褸布みてえにされてたのも、」
「旭陽」
「耐えられるギリギリを見極めて嬲られてたのも、」
「旭陽、」
「日々泣いて懇願させられてたのも、全部自分が望んでシて欲しがったものだってか?」
「旭陽ッ!」

 流れるように並べられる言葉を止めさせようと、肩を掴んで床に引き倒した。

「ッ、ぐ……っ」

 後頭部や背中を強かに打ち付けた男が、痛みに顔を歪めて息を詰まらせた。
 やっと黙ったかと思ったのに、僅かに乱れた声でまだ言葉を続けてくる。

「っ……あの頃と、何も変わってねえなァ……事態の悪化を恐れながら、回避するために何かを傷つける選択も取れねえ。甘い可能性に賭けるだけで、自分からは何もできねえ」
「……黙れ、旭陽」

「良いんだぜ。お前の好きにしろよ。――魔族どもは、王が望むなら喜んで死ぬだろうよ」

「……っ!」
 甘い誘惑。嬲るための言葉。

 何も聞きたくなくて、太い首を掴んだ。
 もう首輪すら嵌めていない首を引き寄せ、久々に鋭く伸ばした牙を押し当てる。
 歯型とキスマークだけに覆われた肌を突き破り、深く傷つけて血を溢れさせた。
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