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暗雲

第43話 小さな異変

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 艶やかな射干玉に指を差し込み、そっと掻き上げる。
 目尻に唇を押し当てれば、瞼が震えてゆっくりと瞳が現れた。

「旭陽」
「……あきら……ああ、……寝てたか」
「少しな」

 額を押さえて首を振っている動きを留め、こめかみへ口付けを落とす。
 旭陽がまだ眠たげな目で俺を見て、大きな欠伸を零した。


 一部の人間が魔族を使った実験を行っていたことが判明した日から、幾らかの時間が経過していた。
 関与した人間は全て捕らえ、使用度が低い離宮に住まわせたスライムたちに与えてある。

 特別なことをしなくても、ピンク色のスライムの群れを前にしただけで誰もが真っ青になって口を軽くした。
 俺が知らなかっただけで、この世界の「体色がピンクのスライム」というのはかなり有名だったようだ。

 最初に指示しておけば、粘液の催淫濃度を調整して適度に楽しませてくれる。
 だが指示せず好きにさせれば、獲物を短時間で精神崩壊するほど絶頂漬けにする。
 かつて世界がもっと荒れていた頃には、痛み以外の拷問方としてよく用いられていたというのだから驚きだ。

 何も言っていないのに、自分が知っている限りの情報を吐き出してきた人々。
 地球の司法取引を思い出したが、ここにそんな考え方はない。
 何を喋った人間も、例外なくスライムの性的な餌とされた。

 そもそも、内容が内容だ。
 魔族への反乱のために利用しようとしていたと聞かされて、喋ったからといって罪が軽くなるはずもない。

 ――俺も少しだけ、助命の案を撤回したくなった。
 結局は死への嫌悪感が勝ったけど。

 どれだけ屈強でも、精神的にタフそうでも、群れに放り込めば僅かな時間で全員が快感中毒になった。
 スライムに犯されることしか考えられなくなって、色狂いなんて言葉では到底足りない有様だ。
 とりあえず長持ちさせろよと声をかけたお陰で、命の危険があるほど搾り取られた者は居ない。

 桃紅色のスライムだけは、催淫濃度の調整ができなくて俺が引き取ることになった。
 一番タフそうだった主導者、『人間の元王筋』が少し粘体を肌に塗り込まれただけでちょっと心配になるほどイき狂い、そのままスライム狂いになってしまったからだ。

 思わず旭陽の様子を確認するほど、即効性が高くて強烈な効き目だった。
 思ってたのと違う……

 リアルタイムで見届けながら不安になって、体を這うどころか一晩中前にも後ろにも咥え込ませたんだが大丈夫だろうかと周囲の魔族に尋ねてみたりもした。
 鼻で笑った本人以外は、全員が泡を食って卒倒しそうになっていた。

 無知って怖いと心底から実感して、最近は政事関連以外についても必死で勉強している。
 かつては異世界召喚が盛んに行われていたとか。
 魔王の側近は各名家から選ばれし四名のみだったとか。
 魔王に対抗する勇者が居たとか。

 調べるほどに今とは異なる部分が多く出てきて、日々勉強に追われている最中だ。
 新たに増えた勉強についても、旭陽流の解釈を通して学んでいるお陰で案外するすると頭に入ってくる。

 当の旭陽はといえば、翌日以降もけろりとしていた。
 俺含め、周囲は心配しすぎて精密検査や浄化魔法を手配したりして大慌てだったけど。

 でも暫くは体の熱が醒めず、ベッドからあまり出て来なかった。
 怠そうな男を置いていくのも忍びないなと思っていたら、報告が執務室ではなく俺の部屋に齎されるようになったのは少し笑ってしまった。

 権威とか公私の混合などよりも、この国では俺の気分が重視されるらしい。
 魔族って、人間の王族からは考えられないほど『魔王』を甘やかしすぎじゃないか?

 正直ありがたかったから、黙って受け入れて数日は俺も旭陽も殆ど部屋にこもっていた。
 今は少し動いただけで甘い呻き声を漏らすようなこともなく、以前通り気紛れに過ごしている。

 ……元気になって良かったが、部屋にこもっていた数日の間に俺と旭陽の関係が完全に家臣たちの間で広まった様子なんだよな。
 元々余程じゃないと羞恥心なんて持たない男の所為で、それらしい空気はあったんだが。

 最中に誰かが尋ねてきて中断されたり、そうでなくとも事後の姿を隠さない旭陽の態度などもあって、今はすっかり俺が旭陽を抱いていることが城中にバレている。
 男同士というのは、魔族にとっては関係ない。贄を王が犯すのも、所有物をどう扱おうが主の勝手だ。

 けどここまで歓迎されるのは意味が分からない。
 旭陽がますます魔族に大事にされるようになったのも……何か、魔族たちに勘違いされているような気がしている……。
 別に相思相愛の情愛仲ってわけじゃないんだけど。俺の片想いだぞ。
 旭陽も面白がってないでさっさと否定して欲しい。

 俺の悩みはともかく、旭陽がまた活動的になってから国内の視察も少しずつ増えてきている。
 執務で精一杯だった俺に大分余裕が出てきたのと、放っておけば旭陽が気紛れに城の外に出ていきそうだったからだ。

 いや、国の様子も見ておきたいと思ってたから俺にとっても都合良いんだけど。
 俺も周囲も当たり前に手配して受け入れてたんだが、国の視察に贄を連れて行くのってちょっと変じゃないか?

 あれと思った時には既に何度も繰り返して、城の外にも旭陽の存在は広まっていた。
 俺も旭陽が居たほうが嬉しいから、結局そのまま習慣付きつつある。

 不自然なほど旭陽の体力が伸びていた現象は、近頃では大分落ち着いてきた。
 眠たそうにしていることが少し増えた。執務中も視察中も、気付けば俺を枕にしてうつらうつらしている。

 今もスライムたちが最初に見つかった村の視察に来ているのに、ちょっと座っただけでもう転寝していた。
 俺の肩は幾らでも使って良いけど、動けなくなるからそろそろ起きて欲しい。

 まだ半分眠っているような男の髪を撫でていると、村長がちらちらと此方を見ているのが視界の端に入った。

 あ、やっぱり気になるだろうか。
 そう思ったが、どうやら違ったようだ。

「此処数日、逆に魔力濃度が妙に上がっているのですが……」

 首を傾げながら、前回の報告とは逆の現象を告げてくる。

「魔王様が向かって来ておられたからでは?」
「いえ、まだ出立された頃だったと思います」

 同行していた家臣の言葉も、すぐに否定された。

「……おれが見に行った時も、やけに魔力が濃かったなァ」

 眠たげにしていた旭陽が、ふと口を挟んできた。
 何を言っているのかと一瞬考えたが、すぐに思い至った。

 旭陽が最近魔力濃度について言及したのは、今はスライム狂いになっている『人間の元王筋』についてだ。
 彼の居住付近の魔力濃度が不自然に高いと言うから、調査することになったんだった。

「でも本人も周りの者も、とっくに捕まえてるしなあ……」

 今更変化が出るって、どういう理由からだ?
 首を捻っている俺を、黄金がじっと見つめていた。
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