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暗雲

第48話 後悔と、実感

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 指先に触れた、焼けるように熱いものに指を絡める。
 抱き寄せようとすれば、邪魔な物が絡まり付いてきそうになった。

 関わる時間も勿体ない。
 おざなりに払い除けて、今度こそ指の絡まる相手を胸元に抱き寄せた。

「っぁ゛う……ッ」
 俺の胸板に顔を押し付けられた旭陽が、微かな声を上げた。

「旭陽」
 頬を手で包み込み、そっと顔を上げさせる。

「ァ……っは、……ぅ゛……」

 体は火傷するかと思う熱さなのに、冷や汗を滲ませた顔はひやりとするほど蒼褪めている。
 あきら、と声なく呻いた唇に、掠める程度の口付けを落とした。
 あまり強く触れてしまうと、今の旭陽には少なからず負担になってしまうだろう。

「……っ……ぁ、……き……?」

 虚ろな黄金に、微かな意志の光が灯る。
 気付いてくれたことが嬉しくて、強張っていた頬が自然と緩んでいった。

「そう、俺だ。晃だよ、旭陽。……遅くなって、ごめんな」

 もう少しで他の雄に触れられるところだった体を見下ろし、ほっと息を吐く。
 不用意にべたべた触らせてしまったことは、本当に悔やんでも悔やみきれない。
 旭陽に苦悶や快感の声を出させて良いのは、世界中で俺一人だけなのに。

 挿入されたり咥えさせられたりするのをギリギリ避けられたことだけは、辛うじて良かったと言えなくもない。
 最悪の事態を避けられたってだけだから、何も良くはないんだが。

 悔やみながらも、衰弱している男に顰め面を向けるわけにはいかない。
 そもそも、普段なら多分旭陽自身が自力であしらえた状況だ。
 俺が余計なことをしなければ、旭陽の体を晒すことも、不愉快な手垢を付けられる事態にもならなかった。

 零れそうになる嘆息を飲み込み、顔の輪郭に指を滑らせる。
 褐色に付着していた土を拭っていると、背後から呻くように何かを呟く音がした。


「旭陽、痛む場所はないか? ああ、今すぐ全身洗ってやりたい。けどそんなことしたら負担になるよな……」

 今、旭陽以外にかまけている暇はない。
 無視していると、もう一度同じ音が叫ばれた。
 今度はその後に『晃』の音も付いている。

 旭陽の肩がぴくりと揺れた。
 ふらふらと虚空を彷徨っていた瞳が、音源の方向を睨み付ける。

 あ、そうか。今の、俺の名前――というか、フルネームだった。
 ここでは苗字なんてないに等しかったし、地球に居た頃から『晃』と呼ぶのは親と旭陽しか居なかった。
 魔王以外の呼称で呼ばれても、もう自分のことだって実感が湧かないものだな。

 不思議なものだと思いながら、呼んできた相手のほうへ顔を向ける。
 地球からきた人間が、地面に這いつくばって俺を見上げていた。

 その周囲には、二十ほどの人間が転がっていた。
 全員、旭陽に集っていた連中だ。
 少し払っただけなのに、随分と弱い。

 唯一止めようとしていた二人だけは、元の場所で凍り付いたように立っている。
 まああの二人は俺を殺そうとも、旭陽を襲おうともしてなかったから無関係だ。
 相手が何もしてこないうちは、俺も何もしない。

「ッお前、なんでそんな奴を……! 何をされてたのか、忘れたのか!?」

 ぶるぶると震えている指に示され、不愉快さに眉が寄る。

「何をされてようが、どう接するかは俺が決めることだ。咎められる覚えはないんだが」

 発した声は、自分でも聞いたことがないほど冷たかった。

 黒い眉が下がり、愕然とした目で俺を見てくる。
 日本人らしい色だけど、旭陽の黒のような深みや艶はない。いやそれが普通なんだけど。

 手元に視線を戻して、力なく垂れている手を掬い上げた。
 褐色の手指には、硬いものに擦れて血が滲んだ跡がある。

 これは連中とは関係なく、俺が全身を噛んでいた最中に旭陽が床を引っ掻いた結果だ。
 自分の手を傷付けてしまうほど何かに縋ってないと、とても耐えられないキツさだったって証拠。

 せめて俺の背中に手を回させてたら、俺が肌を抉られるだけで済んだものを。
 本当、馬鹿なことをしてしまった。
 結局は旭陽の忠告が正しかったっていうのに。

 自分に呆れながら、そうっと優しく指先に舌を触れさせる。

「ッン……っ」

 触れた瞬間に跳ねた声は、やっぱり接触しているだけで辛そうだ。
 でも他人の時とは違って、拒否の色は混じっていない。

「旭陽、どうして欲しい?」

 血を舐め取っていきながら、ゆっくりと肩を撫でる。

 俺以外が触れていた場所は、全部俺の手の跡を残して感覚を塗り変えてやりたい。
 噛み付いて、全身にキスをして、白濁を掛けて、俺色に染め上げてしまいたい。
 でも疲弊している旭陽に無理矢理そんなことをしたら、俺も連中と同じになる。

 それは、避けたい。
 自分で考えると物騒なことしか思い浮かばないから、本人に尋ねてみた。

「ッぁ、んあっ、ぅッ……ンッ……、き……し、ろ……」

 指に触れている舌が動く度に、剥き出しの肩がびくびくと震える。
 息を切らしながら、旭陽が何かを呟いた。

 ん? と首を傾げると、なかなか血の気が戻らない唇が幾らか大きく口を開いた。
 真っ赤な舌が、微かに震えながら伸びてくる。

「……キスして欲しい?」

 頬に手を添えて、柔らかく額を擦り合わせた。
 こくこくと頭が小刻みに上下したのを確認してから、伸ばされていた舌を絡め取って唇を塞ぐ。

「ッンぅ゛っ!」

 接触だけでも過敏な反応を示していた体は、粘膜を擦り合わせれば一瞬で昇り詰めた。

 がくがくと震える腰に腕を回し、身を擦り寄せて強く抱き締める。
 旭陽の体液で濡れるくらい何ともない。
 精だろうと潮だろうと、幾らでも出して欲しい。

 喉まで舌を伸ばせば、鉄錆が唾液の味に混じった。
 俺が無茶苦茶した時、叫びすぎて喉が切れていたのかもしれない。

 全然、気付いてなかった。
 また一つ後悔を味わいながら、念入りに舌でなぞる。
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