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外伝
サンドロの場合1(「暗雲」後)
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「は。……その、人間どもをですか?」
「うん。お前の贄にしようと思って」
にこにこと上機嫌に微笑む魔王様。
その腕の中でうとうとしている、魔王様だけの贄様。
つい先日勇者に浚われ魔王様直々に救出なさってきた贄様は、まだ衰弱しきっていた後遺症を重く引きずっておられる。
元々彼の方を優先していた魔王様は、近頃では完全に部屋に籠もりっきりだった。
無論、国を放り出していたわけではない。
部屋で政務をこなしながら、付きっ切りで看病されていた。
少し回復なさったとかで、久々にお二人揃って出てこられた。
と思ったら、王の第一声がこれである。
どういうことですか、魔王様。
混乱している気配に気付いたのか、贄様が薄らと開いている目を向けてきた。
眠たげな瞳が瞬き、面白がる視線を向けられる。
本当に人間とは思えない頑丈さですな、貴方様は!?
いや。いやいや、少し落ち着いて考えてみなければ……。
我輩はサンドロ・J・トラウテ。
偉大な魔王陛下の側近を代々務める、栄誉あるトラウテ家の第十九子である。
……父上の口調、相変わらず私には向いていないな。疲れるからやめよう。
私は先代魔王陛下第一の側近として宰相を務め上げた、セルデ・エル・トラウテの九男坊だ。
姉は十人。兄は八人。末っ子である。
父は自分の主に心酔しきっていた。
仕事に追われて殆ど家に帰ってくることはなく、私を含め十九の子らは母と使用人たちに育てられた。
不満はなかった。今もない。
王の信を一心に浴びていた父を尊敬している。
魔族という魔族は全て、産まれた時に自らと世界を覆う偉大な王の存在を感知する。
何もかもを包み込む絶対的な安心感の中でこの世に産まれ落ちて、王を敬愛せずに居られる者はいない。
魔王陛下とは、あらゆる魔族にとっての憧れ。
全てを捧げて仕えるべき、絶対無比の主だ。
その魔王陛下と王妃陛下が急死なさった時には、父は世界の終わりを見たと言わんばかりの絶望に沈んだ。
父だけではない。王国の全てが深い悲しみに溢れ、あらゆる幸福は苦痛に変わった。
希望がなかったわけではない。
人間たちが度々反乱を目論んでいた頃、危険を避けるために魔王陛下と王妃陛下が異世界へ避難させた一粒種。
王の直系であらせられる、ただひとりの御子だ。
次代の魔王陛下を迎えるため、万全の状態を保っておく必要があった。
しかし先代様に近しかった重臣は、誰もが絶望に沈んで動ける状態ではない。
直接拝謁が叶ったこともない、城に仕える予定ではなかった第十九子の私が、寝込んでしまった父の補佐として入城することになった。
補佐といっても、実質的には代理だ。
主不在の城はここまで静かで寂しい場所になってしまうのかと、初日から思わず涙が溢れたことを覚えている。
やっと異世界から今代の魔王様を呼び戻せた時には――申し訳なくも、困惑してしまった。
記憶の中の先代様とはあまりにも共通点がない、どう見てもただの人間にしか見えない御方であったから。
何度も人間ではないのかと疑いそうになったが、それでも時折感じる微かな力が彼の御方こそ仕えるべき王だと囁いてくる。
私を含め、城に仕える者は誰もが困惑ばかりだった。
見た目も力も、性格すら今代の魔王様は脆すぎる。
まるで魔力だけを後付けされた、単なる人間のようだ。そんなわけはないのに。
その戸惑いも、同じ異世界から今の贄様が呼び出され、魔王様に捧げられてからは徐々に鳴りを潜めていった。
贄様は、異世界で魔王様と深い関わりを持っておられた御方らしい。
魔王様と贄様が互いに向け合う眼差しには、どれだけ鈍い者でも一目で想い合っていると理解できる熱が灯っている。
それまで異世界の感覚を濃く引きずっておられた魔王様は、贄様が来られてから大きく変わった。
魔力の扱いを覚え、国と民の知識を得、王としての責務と権威を振舞う術を身に付けていかれる。
それが、贄様に――言うなれば、『格好を付けている』のだと見抜くのは容易い。
先代陛下のような、威厳溢れる王ではない。
けれど今代の魔王様もまた、親しみやすくも偉大な王として成熟しつつある。
贄様と御二人で歩み出した覇道を、一番近くから見守り、お助けできるのだ。
幼い頃には想像もしなかった、身に余る光栄と喜びに満ちた未来が今でははっきりと見えていた。
毎日が幸福だ。
そして今はそれだけに集中したいからと、私も父のように仕事に没頭するようになった。
一度贄様に王より先に子作りの準備だけは整えておけよと忠告を頂き、見合いをしかけた時もあったのだが。
見合いの場に向かっている最中、城からの緊急呼び出しを受けてすっぽかすことになった。
それ以降は更に忙しくなり、見合いどころか時折の性欲処理すら放り出している状態だったのだが……
「うん。お前の贄にしようと思って」
にこにこと上機嫌に微笑む魔王様。
その腕の中でうとうとしている、魔王様だけの贄様。
つい先日勇者に浚われ魔王様直々に救出なさってきた贄様は、まだ衰弱しきっていた後遺症を重く引きずっておられる。
元々彼の方を優先していた魔王様は、近頃では完全に部屋に籠もりっきりだった。
無論、国を放り出していたわけではない。
部屋で政務をこなしながら、付きっ切りで看病されていた。
少し回復なさったとかで、久々にお二人揃って出てこられた。
と思ったら、王の第一声がこれである。
どういうことですか、魔王様。
混乱している気配に気付いたのか、贄様が薄らと開いている目を向けてきた。
眠たげな瞳が瞬き、面白がる視線を向けられる。
本当に人間とは思えない頑丈さですな、貴方様は!?
いや。いやいや、少し落ち着いて考えてみなければ……。
我輩はサンドロ・J・トラウテ。
偉大な魔王陛下の側近を代々務める、栄誉あるトラウテ家の第十九子である。
……父上の口調、相変わらず私には向いていないな。疲れるからやめよう。
私は先代魔王陛下第一の側近として宰相を務め上げた、セルデ・エル・トラウテの九男坊だ。
姉は十人。兄は八人。末っ子である。
父は自分の主に心酔しきっていた。
仕事に追われて殆ど家に帰ってくることはなく、私を含め十九の子らは母と使用人たちに育てられた。
不満はなかった。今もない。
王の信を一心に浴びていた父を尊敬している。
魔族という魔族は全て、産まれた時に自らと世界を覆う偉大な王の存在を感知する。
何もかもを包み込む絶対的な安心感の中でこの世に産まれ落ちて、王を敬愛せずに居られる者はいない。
魔王陛下とは、あらゆる魔族にとっての憧れ。
全てを捧げて仕えるべき、絶対無比の主だ。
その魔王陛下と王妃陛下が急死なさった時には、父は世界の終わりを見たと言わんばかりの絶望に沈んだ。
父だけではない。王国の全てが深い悲しみに溢れ、あらゆる幸福は苦痛に変わった。
希望がなかったわけではない。
人間たちが度々反乱を目論んでいた頃、危険を避けるために魔王陛下と王妃陛下が異世界へ避難させた一粒種。
王の直系であらせられる、ただひとりの御子だ。
次代の魔王陛下を迎えるため、万全の状態を保っておく必要があった。
しかし先代様に近しかった重臣は、誰もが絶望に沈んで動ける状態ではない。
直接拝謁が叶ったこともない、城に仕える予定ではなかった第十九子の私が、寝込んでしまった父の補佐として入城することになった。
補佐といっても、実質的には代理だ。
主不在の城はここまで静かで寂しい場所になってしまうのかと、初日から思わず涙が溢れたことを覚えている。
やっと異世界から今代の魔王様を呼び戻せた時には――申し訳なくも、困惑してしまった。
記憶の中の先代様とはあまりにも共通点がない、どう見てもただの人間にしか見えない御方であったから。
何度も人間ではないのかと疑いそうになったが、それでも時折感じる微かな力が彼の御方こそ仕えるべき王だと囁いてくる。
私を含め、城に仕える者は誰もが困惑ばかりだった。
見た目も力も、性格すら今代の魔王様は脆すぎる。
まるで魔力だけを後付けされた、単なる人間のようだ。そんなわけはないのに。
その戸惑いも、同じ異世界から今の贄様が呼び出され、魔王様に捧げられてからは徐々に鳴りを潜めていった。
贄様は、異世界で魔王様と深い関わりを持っておられた御方らしい。
魔王様と贄様が互いに向け合う眼差しには、どれだけ鈍い者でも一目で想い合っていると理解できる熱が灯っている。
それまで異世界の感覚を濃く引きずっておられた魔王様は、贄様が来られてから大きく変わった。
魔力の扱いを覚え、国と民の知識を得、王としての責務と権威を振舞う術を身に付けていかれる。
それが、贄様に――言うなれば、『格好を付けている』のだと見抜くのは容易い。
先代陛下のような、威厳溢れる王ではない。
けれど今代の魔王様もまた、親しみやすくも偉大な王として成熟しつつある。
贄様と御二人で歩み出した覇道を、一番近くから見守り、お助けできるのだ。
幼い頃には想像もしなかった、身に余る光栄と喜びに満ちた未来が今でははっきりと見えていた。
毎日が幸福だ。
そして今はそれだけに集中したいからと、私も父のように仕事に没頭するようになった。
一度贄様に王より先に子作りの準備だけは整えておけよと忠告を頂き、見合いをしかけた時もあったのだが。
見合いの場に向かっている最中、城からの緊急呼び出しを受けてすっぽかすことになった。
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