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第一章 異世界転生編
異世界転生
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(知らない家の天井です)
修が最初に見たのは真っ白な天井だった。
何の変哲もない天井。
気づけばまず最初に視界に入った光景。
それを今声に出そうとしたが、何故かうまく発することが出来ない。
その代わりに出たのは、修のものでは無いような妙に高い唸り声だった。
修は違和感を感じたが、それが当たり前だということを身体は知っている、そんな妙な納得感もあった。
それに声だけでなく、身体もどこかおかしい。
手足を動かしてみようとするがうまく動かず、小さめのベッドのような物の上でもぞもぞするだけ。
なんでこんな簡単なことも。
原因のわからぬ不自由さに、修はもどかしさを感じたが、それすら口にできない。
唯一マシなのは視覚だった。
視界がいつもより低い気がするのは決して気のせいではなさそうだが、修が頭を巡らすと、先程見た白い天井と同様にくすみの無い綺麗な白を基調とした高級感と清潔感が感じられる壁が見えた。
「ぐ~~~~~~~」
と、唐突に修のお腹が空腹の抗議を上げる。
腹の虫の音は一緒か。
そんな呑気な感想は頭に浮かべることはできたが、反対に身体の反応は穏やかではなかった。
いつもより強く感じる空腹感。
とともに迫り出してこようとする何かに争おうとするが、大きな波のように迫ってくるそれは抵抗を許さない。
こんな年にもなって。
心の中に残った冷静な声が呟くがそれすらなんの意味も成さない。
久しく感じていなかった激しい衝動に、修はまたしても不自然さを感じながらも、何とか状況を把握せねばと奮い立ち、なけなしの力を振り絞ってベッドの枠に手をかけようとした。
がっ!
木枠の古めかしいベッドに掛かる小さな手。
まるでそれは、焼きたてのミニサイズのちぎりパンのようだった。
だれの手?
当然の疑問ながら、その根本に向かって視線を辿っていくと、どうやらそれは自らの胴体に繋がっているようだった。
「あー」
およそ自らの声とは思えない、可愛くて高い声。
まるで幼い子どものような声だ。
しかしそれもどうやら自らの口から出ているらしい。
今まで通りであれば、修も様々な状況の変化に冷静に対処できた。
トラブルの時こそクールに。
ちょっと前だって、自分の死に直面したとて取り乱さなかった。
しかし今感じている感情の起伏は修の知るものとは全く別だ。
渦巻く激流のように。
まるでそれは全ての抵抗を飲み込むかのように修の中を駆け抜けた。
そして自制をする間もなく出たのは大きな泣き声だった。
「あぎゃーーーーー!!!」
大音声がまるでサイレンのように家中を駆け巡る。
それが呼び水となったか、修のいる部屋の近くで動きがあった。
駆け足で迫ってくる気配。
ドアの開く音とともに響いたのは、そよ風に鳴る風鈴のような、涼やかで澄んだ声だった。
「ルカ?どうしたの?」
修のいる部屋に1人の若い女性が入ってきた。
駆け足で乱れた呼吸に揺れる、透けるような金色の長い髪と乳白色の肌に、優しげな目元とブラウンの瞳。
修は泣く事を一瞬忘れてしまい、またルカとは誰かと質問することも忘れ、目の前の人物を見入ってしまった。
「あら?すぐに泣き止んだわ?ルカは良い子ね~」
彼女はルカという名を言いながら修を抱き上げてきた。
修は違うと抗議の声を上げたかったが、うめき声なような音がでるだけで声にはならなかった。
それは抱きしめられた瞬間に感じた胸の中の説明しようのない安心感に、目の前の人物が自分の母親であり、自分の名が今やルカであると一瞬で理解したからだった。
修はルカという人物に転生したのだ。
◇
(あの神…)
落ち着いたルカは最初に心の中でかの神に悪態をついた。
確かにルカの確認が不足しており勘違いをしていた部分はあったが、せめて一言あってもよかったのではないか、と思ったからだ。
「今度は黙っちゃったわ?どうしたの、ルカ?」
さっきまで泣いていた我が子が今度は険しさも感じるような表情で黙ってるのを見て、心配の声を上げる母。
彼女の様子を見て、すかさず意識を切り替えるルカ。
大丈夫というように彼女の顔を見て可愛い声を上げた。
「あいー」
「あ、こっちを向いた。良かったわ。でもさっきのはなんだったのかしら?」
ルカは母親の様子にひとまず安堵した。
神にいくつも言ってやりたい気持ちはあったが、自らの状況整理を優先しようとルカは考えた。
最初に見た、一面白を基調として統一された部屋に、目の前の美しい女性と、赤ん坊のルカになってしまった修。
この時代の文明レベルは判然としないが、綺麗に整頓されまとめられた室内と母親の健康に全く問題なさそうな様子を見て、自らの境遇はそう悪くはないのではないか、と密かにルカは安堵した。
「ルカの様子はどうだい?」
考えに集中していたルカの思考を遮ったのは、母に勝るとも劣らない容姿をもつ男性からの掛け声だった。
太陽に光る川面のような青みがかった銀髪が特徴的な、長身の、涼やかな目元をした男性だ。
美男美女カップルですね、と他人事のようにルカは思った。
「あら、あなた。ええ、大丈夫よ。私が来た頃にはすぐに泣き止んだもの」
「そうか、よかった。それにしても今日はかなり静かで落ち着いているね?」
「あら、そういえばそうね」
二人の視線がルカに向かう。
ルカは内心焦ったが、修の意識が宿るまでの様子を真似しろと言われても全く分からなかったため、とりあえず笑みを返しておいた。
「あら、可愛い」
「本当だ、天使のようだね」
二人はルカのエンジェルスマイルに誤魔化されてくれたようだが、まだオッサンの意識が抜け切らないルカにはむず痒いコメントだった。
「落ち着いてるようだし、僕らは外に行ってようか」
「そうね。ルカ、また来るわね」
二人はルカの頬に軽くキスをすると、部屋を後にした。
ルカはまたしてもむず痒さを感じたが、再度一人になった部屋で考え始めた。
(神の言葉を信じるなら、ここは剣と魔法の世界ということになります)
剣と魔法。
ルカは改めて自らの心の中で呟いて、心が躍る思いがした。
(ここからはじまる)
スタートこそ、神との行き違いで混乱してしまったが、そうなってしまったものは仕方ない、とルカは切り替えた。
(まずはこの世界について知りましょう)
地球とは全く別の世界《ノイ》。
《マナ》の問題を解決するミッション。
元地球人修の、ルカとしての新たな人生が始まる。
修が最初に見たのは真っ白な天井だった。
何の変哲もない天井。
気づけばまず最初に視界に入った光景。
それを今声に出そうとしたが、何故かうまく発することが出来ない。
その代わりに出たのは、修のものでは無いような妙に高い唸り声だった。
修は違和感を感じたが、それが当たり前だということを身体は知っている、そんな妙な納得感もあった。
それに声だけでなく、身体もどこかおかしい。
手足を動かしてみようとするがうまく動かず、小さめのベッドのような物の上でもぞもぞするだけ。
なんでこんな簡単なことも。
原因のわからぬ不自由さに、修はもどかしさを感じたが、それすら口にできない。
唯一マシなのは視覚だった。
視界がいつもより低い気がするのは決して気のせいではなさそうだが、修が頭を巡らすと、先程見た白い天井と同様にくすみの無い綺麗な白を基調とした高級感と清潔感が感じられる壁が見えた。
「ぐ~~~~~~~」
と、唐突に修のお腹が空腹の抗議を上げる。
腹の虫の音は一緒か。
そんな呑気な感想は頭に浮かべることはできたが、反対に身体の反応は穏やかではなかった。
いつもより強く感じる空腹感。
とともに迫り出してこようとする何かに争おうとするが、大きな波のように迫ってくるそれは抵抗を許さない。
こんな年にもなって。
心の中に残った冷静な声が呟くがそれすらなんの意味も成さない。
久しく感じていなかった激しい衝動に、修はまたしても不自然さを感じながらも、何とか状況を把握せねばと奮い立ち、なけなしの力を振り絞ってベッドの枠に手をかけようとした。
がっ!
木枠の古めかしいベッドに掛かる小さな手。
まるでそれは、焼きたてのミニサイズのちぎりパンのようだった。
だれの手?
当然の疑問ながら、その根本に向かって視線を辿っていくと、どうやらそれは自らの胴体に繋がっているようだった。
「あー」
およそ自らの声とは思えない、可愛くて高い声。
まるで幼い子どものような声だ。
しかしそれもどうやら自らの口から出ているらしい。
今まで通りであれば、修も様々な状況の変化に冷静に対処できた。
トラブルの時こそクールに。
ちょっと前だって、自分の死に直面したとて取り乱さなかった。
しかし今感じている感情の起伏は修の知るものとは全く別だ。
渦巻く激流のように。
まるでそれは全ての抵抗を飲み込むかのように修の中を駆け抜けた。
そして自制をする間もなく出たのは大きな泣き声だった。
「あぎゃーーーーー!!!」
大音声がまるでサイレンのように家中を駆け巡る。
それが呼び水となったか、修のいる部屋の近くで動きがあった。
駆け足で迫ってくる気配。
ドアの開く音とともに響いたのは、そよ風に鳴る風鈴のような、涼やかで澄んだ声だった。
「ルカ?どうしたの?」
修のいる部屋に1人の若い女性が入ってきた。
駆け足で乱れた呼吸に揺れる、透けるような金色の長い髪と乳白色の肌に、優しげな目元とブラウンの瞳。
修は泣く事を一瞬忘れてしまい、またルカとは誰かと質問することも忘れ、目の前の人物を見入ってしまった。
「あら?すぐに泣き止んだわ?ルカは良い子ね~」
彼女はルカという名を言いながら修を抱き上げてきた。
修は違うと抗議の声を上げたかったが、うめき声なような音がでるだけで声にはならなかった。
それは抱きしめられた瞬間に感じた胸の中の説明しようのない安心感に、目の前の人物が自分の母親であり、自分の名が今やルカであると一瞬で理解したからだった。
修はルカという人物に転生したのだ。
◇
(あの神…)
落ち着いたルカは最初に心の中でかの神に悪態をついた。
確かにルカの確認が不足しており勘違いをしていた部分はあったが、せめて一言あってもよかったのではないか、と思ったからだ。
「今度は黙っちゃったわ?どうしたの、ルカ?」
さっきまで泣いていた我が子が今度は険しさも感じるような表情で黙ってるのを見て、心配の声を上げる母。
彼女の様子を見て、すかさず意識を切り替えるルカ。
大丈夫というように彼女の顔を見て可愛い声を上げた。
「あいー」
「あ、こっちを向いた。良かったわ。でもさっきのはなんだったのかしら?」
ルカは母親の様子にひとまず安堵した。
神にいくつも言ってやりたい気持ちはあったが、自らの状況整理を優先しようとルカは考えた。
最初に見た、一面白を基調として統一された部屋に、目の前の美しい女性と、赤ん坊のルカになってしまった修。
この時代の文明レベルは判然としないが、綺麗に整頓されまとめられた室内と母親の健康に全く問題なさそうな様子を見て、自らの境遇はそう悪くはないのではないか、と密かにルカは安堵した。
「ルカの様子はどうだい?」
考えに集中していたルカの思考を遮ったのは、母に勝るとも劣らない容姿をもつ男性からの掛け声だった。
太陽に光る川面のような青みがかった銀髪が特徴的な、長身の、涼やかな目元をした男性だ。
美男美女カップルですね、と他人事のようにルカは思った。
「あら、あなた。ええ、大丈夫よ。私が来た頃にはすぐに泣き止んだもの」
「そうか、よかった。それにしても今日はかなり静かで落ち着いているね?」
「あら、そういえばそうね」
二人の視線がルカに向かう。
ルカは内心焦ったが、修の意識が宿るまでの様子を真似しろと言われても全く分からなかったため、とりあえず笑みを返しておいた。
「あら、可愛い」
「本当だ、天使のようだね」
二人はルカのエンジェルスマイルに誤魔化されてくれたようだが、まだオッサンの意識が抜け切らないルカにはむず痒いコメントだった。
「落ち着いてるようだし、僕らは外に行ってようか」
「そうね。ルカ、また来るわね」
二人はルカの頬に軽くキスをすると、部屋を後にした。
ルカはまたしてもむず痒さを感じたが、再度一人になった部屋で考え始めた。
(神の言葉を信じるなら、ここは剣と魔法の世界ということになります)
剣と魔法。
ルカは改めて自らの心の中で呟いて、心が躍る思いがした。
(ここからはじまる)
スタートこそ、神との行き違いで混乱してしまったが、そうなってしまったものは仕方ない、とルカは切り替えた。
(まずはこの世界について知りましょう)
地球とは全く別の世界《ノイ》。
《マナ》の問題を解決するミッション。
元地球人修の、ルカとしての新たな人生が始まる。
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