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第二章 少年期編
ダンジョン、マジキモい
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「ここからが中位のモンスターが出るようになる領域…」
「はい、歴然とモンスターの種類が変わるのはダンジョンに入ってからとなりますが、この辺りは同じ森でも今までのところとは出現するモンスターのレベル帯が異なってきます」
昨日まではルドルフからの許可も得られておらず立ち入れなかった森の中層域。
これまでとどこか違った、緊張した空気が流れているようなそんな雰囲気だ。
「じゃあ、同じゴブリンでもレベルが高いのが出てくるってこと?」
「その通りです」
ルカが今までこの森で倒してきたモンスター達。
ゴブリンやホーンラビット、スライムなどは低位モンスターと呼ばれているが、それぞれ個別にランク分けもされていた。
ホーンラビットとスライムが最下級のGランク、ゴブリンがFランクといった具合だ。
森の浅い所であれば、それらのモンスターも低レベルの個体のため倒しやすく、逆に今向かっているダンジョンに近付くほどにモンスターのレベルは上がり、討伐の難易度も上がっていく傾向にあった。
ただしそれもあくまで傾向である。
モンスターの分布にも同じことが言え、ルカを窮地に陥れたあの鳥型のモンスター、ブラックイーグルについてはルカが今まで討伐した中でも唯一中位に位置し、ランクはEであった。
ああいった具合に何かの拍子に通常生息するエリアから外れて出現するモンスターも稀におり、そういった出来事に遭遇するのがルカのような経験の浅い冒険者だと、最悪命を失うといったことも少なくなった。
実際にあの時あの場にいたのがルカだけであれば。
結果はその最悪の事態になっていたかもしれない。
「それでダンジョンでは中位のモンスターがメイン、と」
「はい、このダンジョンは洞窟型ですのでその環境に合わせた種が多くなる傾向があります。ただ、私も実際に潜ったことはございませんので何とも言えませんが、この辺りの冒険者の話ではE、Dランクのモンスターであるハウンドドッグやツインヘッドスネイクなどが多いようです」
「ふむふむ…」
ルカも図鑑で見た絵を思い出しながら、ルドルフの言った二種類のモンスターのことを想像した。
片方はEランクの定番モンスターであるハウンドドッグ。
ドッグと言いながらも、オオカミのほうが近いのではないかという大きな身体と、数頭以上で群れるという習性から、冒険者にとっては警戒される対象だった。
ハウンドドッグはまずリーダーを獲れ。
個体間の連携が非常に巧みであることから、その司令塔となるリーダーをまず討つこと、それが冒険者達の中の鉄則であり、群れを瓦解させ勝利を得るための最短ルートだった。
もう一種類のほう、ツインヘッドは双頭の蛇型モンスターだ。
蛇型のモンスターは洞窟のような暗く湿気のあるところに良く出るようだが、このツインヘッドも同様だ。
名前の通り二つ頭があることが分かりやすい特徴であったが、外見だけでなくその厄介な二種類の毒攻撃も冒険者の間では良く知られていることで、ひとつが麻痺毒、もうひとつが神経毒だった。
どちらに掛かっても厄介だが、麻痺毒は特に威力が高く、噛まれなくてもその毒液に軽く触れただけで麻痺が起こる。
もし噛まれでもしたら、屈強な冒険者はもとより、大型のモンスターでさえ指一本動かせなくなるという。
そうやって対象を麻痺させ、神経毒でとどめを刺し、捕食するというのがこのモンスターの必殺パターンだった。
「麻痺毒用と神経毒用の解毒剤は用意しておりますが、すぐに私もフォローに入れないことも想定されます。特に麻痺毒が飛んできた時は大袈裟なぐらい避けてください」
「わかった」
麻痺毒を吐く方は紫、神経毒を吐く方は赤の縦筋が眉間辺りにある。
その分かりやすい目印を見逃さなければ、最悪のパターンに嵌まることは回避できる。
「と言っておりましたらもうすぐダンジョンのようです」
先程のようなモンスターの注意点を確認しながら歩いていると、視線の先に開けた空間が広がっていた。
その空間のちょうど中央あたりに、巨大な蟻塚のように地面から突き出た岩があり、そこに大人二人が並んで歩けそうな大きな穴が空いていた。
「あれが入り口?」
「はい、そうです」
「なんかぐるぐるしてるけど、大丈夫?」
ルカの懸念も無理はない。
ルドルフが入り口だと回答をした大きな穴は、それを埋めるように真っ黒な闇で塗りつぶされており、まるで生きているかのように不規則に波打ちながら回転していたのだ。
「過去の学者に…」
「うん?」
ルカの質問には答えず、唐突に他の話をしだすルドルフ。
「ダンジョンは生き物である、と唱えた者がいました。その学者がなぜそういった発想に至ったか。それは、この入り口の様子を見たからだ、とも言われています」
「うげ…。そう言われるとなんか…」
「ダンジョンは財宝やモンスターから得られる素材、つまりは富をエサとして人々を喰い物にする生き物だと………」
「あ~~~、止めてほしい。本当に生き物に見えてきた。気持ち悪い!」
耳を両手で塞ぐようにしながら、ルドルフの声を遮ろうとするルカ。
「では、諦めていつもの所に戻りますか?」
くるりとルカの方に顔を向け、ルドルフは意地の悪い笑みを浮かべる。
それに合わせて綺麗に整えられたちょび髭も、ピコンッとルカをバカにするように跳ねた。
「あ、煽るね…。た、確かに不気味な感じはするけど、ここまで来て帰るわけないよ」
ルドルフの言葉が効いたのだろう、ルカは苦い顔をしながらも、すっと背筋を伸ばすと真っ直ぐに暗闇を見つめた。
「それに、こんな出会ったことのないことに出会えるのが面白いと思うしね」
そう言うとルカは、じゃりという音を立てて一歩をふみだした。
不快感や恐怖よりも、未知への好奇心のほうが勝ったのだ。
「それでこそ冒険者です」
その様子に今度は嬉しそうな笑みを浮かべると、ルドルフは先を歩き出したルカに伴うようにダンジョンに入っていった。
◇
「これがダンジョン」
「はい、そうです。いかがですか?初めてのダンジョンは?」
蠢くような暗闇を抜けると、そこは洞窟のような空間だった。
入り口の狭さからは想像できないほどそこは広く、ルカの視線の先の通路は乗用車がすれ違えそうなくらいある。
その左右と天井の壁は、入り口と同じような真っ黒に塗りつぶされていたが、地面だけはその黒の下から何かが淡い光を放っていた。
「意外に明るいね」
「そうですね。この下の『ダンジョンの鼓動』があるために、灯りを持たずとも視界はある程度確保されます」
ダンジョンの鼓動?
なんでそんなふうに呼ばれてるの?と聞こうとしたルカの視界に、先程の淡い光がドクンと跳ねるのが入った。
「うわ………」
この光景には思わずルカも言葉を失う。
半分冗談かと思っていた、ダンジョンが生きているという話が、妙にリアルに感じられたからだ。
「本当に気持ち悪いね」
「今なら引き返せますが?」
「まさか」
丁寧に五本の指を揃えた手で入り口の方を指し示し、再びルカの意思を問うルドルフ。
しかしルカの決意も固かった。
「進んでいいよね?」
「はい、問題ございません。ただ、いつも通り前衛は私が対応致しますので、ルカ様は後衛をお願いします」
「わかった」
そう言ってお互いに頷き合うと、今度こそダンジョンの奥に向かい歩みを進めていった。
「はい、歴然とモンスターの種類が変わるのはダンジョンに入ってからとなりますが、この辺りは同じ森でも今までのところとは出現するモンスターのレベル帯が異なってきます」
昨日まではルドルフからの許可も得られておらず立ち入れなかった森の中層域。
これまでとどこか違った、緊張した空気が流れているようなそんな雰囲気だ。
「じゃあ、同じゴブリンでもレベルが高いのが出てくるってこと?」
「その通りです」
ルカが今までこの森で倒してきたモンスター達。
ゴブリンやホーンラビット、スライムなどは低位モンスターと呼ばれているが、それぞれ個別にランク分けもされていた。
ホーンラビットとスライムが最下級のGランク、ゴブリンがFランクといった具合だ。
森の浅い所であれば、それらのモンスターも低レベルの個体のため倒しやすく、逆に今向かっているダンジョンに近付くほどにモンスターのレベルは上がり、討伐の難易度も上がっていく傾向にあった。
ただしそれもあくまで傾向である。
モンスターの分布にも同じことが言え、ルカを窮地に陥れたあの鳥型のモンスター、ブラックイーグルについてはルカが今まで討伐した中でも唯一中位に位置し、ランクはEであった。
ああいった具合に何かの拍子に通常生息するエリアから外れて出現するモンスターも稀におり、そういった出来事に遭遇するのがルカのような経験の浅い冒険者だと、最悪命を失うといったことも少なくなった。
実際にあの時あの場にいたのがルカだけであれば。
結果はその最悪の事態になっていたかもしれない。
「それでダンジョンでは中位のモンスターがメイン、と」
「はい、このダンジョンは洞窟型ですのでその環境に合わせた種が多くなる傾向があります。ただ、私も実際に潜ったことはございませんので何とも言えませんが、この辺りの冒険者の話ではE、Dランクのモンスターであるハウンドドッグやツインヘッドスネイクなどが多いようです」
「ふむふむ…」
ルカも図鑑で見た絵を思い出しながら、ルドルフの言った二種類のモンスターのことを想像した。
片方はEランクの定番モンスターであるハウンドドッグ。
ドッグと言いながらも、オオカミのほうが近いのではないかという大きな身体と、数頭以上で群れるという習性から、冒険者にとっては警戒される対象だった。
ハウンドドッグはまずリーダーを獲れ。
個体間の連携が非常に巧みであることから、その司令塔となるリーダーをまず討つこと、それが冒険者達の中の鉄則であり、群れを瓦解させ勝利を得るための最短ルートだった。
もう一種類のほう、ツインヘッドは双頭の蛇型モンスターだ。
蛇型のモンスターは洞窟のような暗く湿気のあるところに良く出るようだが、このツインヘッドも同様だ。
名前の通り二つ頭があることが分かりやすい特徴であったが、外見だけでなくその厄介な二種類の毒攻撃も冒険者の間では良く知られていることで、ひとつが麻痺毒、もうひとつが神経毒だった。
どちらに掛かっても厄介だが、麻痺毒は特に威力が高く、噛まれなくてもその毒液に軽く触れただけで麻痺が起こる。
もし噛まれでもしたら、屈強な冒険者はもとより、大型のモンスターでさえ指一本動かせなくなるという。
そうやって対象を麻痺させ、神経毒でとどめを刺し、捕食するというのがこのモンスターの必殺パターンだった。
「麻痺毒用と神経毒用の解毒剤は用意しておりますが、すぐに私もフォローに入れないことも想定されます。特に麻痺毒が飛んできた時は大袈裟なぐらい避けてください」
「わかった」
麻痺毒を吐く方は紫、神経毒を吐く方は赤の縦筋が眉間辺りにある。
その分かりやすい目印を見逃さなければ、最悪のパターンに嵌まることは回避できる。
「と言っておりましたらもうすぐダンジョンのようです」
先程のようなモンスターの注意点を確認しながら歩いていると、視線の先に開けた空間が広がっていた。
その空間のちょうど中央あたりに、巨大な蟻塚のように地面から突き出た岩があり、そこに大人二人が並んで歩けそうな大きな穴が空いていた。
「あれが入り口?」
「はい、そうです」
「なんかぐるぐるしてるけど、大丈夫?」
ルカの懸念も無理はない。
ルドルフが入り口だと回答をした大きな穴は、それを埋めるように真っ黒な闇で塗りつぶされており、まるで生きているかのように不規則に波打ちながら回転していたのだ。
「過去の学者に…」
「うん?」
ルカの質問には答えず、唐突に他の話をしだすルドルフ。
「ダンジョンは生き物である、と唱えた者がいました。その学者がなぜそういった発想に至ったか。それは、この入り口の様子を見たからだ、とも言われています」
「うげ…。そう言われるとなんか…」
「ダンジョンは財宝やモンスターから得られる素材、つまりは富をエサとして人々を喰い物にする生き物だと………」
「あ~~~、止めてほしい。本当に生き物に見えてきた。気持ち悪い!」
耳を両手で塞ぐようにしながら、ルドルフの声を遮ろうとするルカ。
「では、諦めていつもの所に戻りますか?」
くるりとルカの方に顔を向け、ルドルフは意地の悪い笑みを浮かべる。
それに合わせて綺麗に整えられたちょび髭も、ピコンッとルカをバカにするように跳ねた。
「あ、煽るね…。た、確かに不気味な感じはするけど、ここまで来て帰るわけないよ」
ルドルフの言葉が効いたのだろう、ルカは苦い顔をしながらも、すっと背筋を伸ばすと真っ直ぐに暗闇を見つめた。
「それに、こんな出会ったことのないことに出会えるのが面白いと思うしね」
そう言うとルカは、じゃりという音を立てて一歩をふみだした。
不快感や恐怖よりも、未知への好奇心のほうが勝ったのだ。
「それでこそ冒険者です」
その様子に今度は嬉しそうな笑みを浮かべると、ルドルフは先を歩き出したルカに伴うようにダンジョンに入っていった。
◇
「これがダンジョン」
「はい、そうです。いかがですか?初めてのダンジョンは?」
蠢くような暗闇を抜けると、そこは洞窟のような空間だった。
入り口の狭さからは想像できないほどそこは広く、ルカの視線の先の通路は乗用車がすれ違えそうなくらいある。
その左右と天井の壁は、入り口と同じような真っ黒に塗りつぶされていたが、地面だけはその黒の下から何かが淡い光を放っていた。
「意外に明るいね」
「そうですね。この下の『ダンジョンの鼓動』があるために、灯りを持たずとも視界はある程度確保されます」
ダンジョンの鼓動?
なんでそんなふうに呼ばれてるの?と聞こうとしたルカの視界に、先程の淡い光がドクンと跳ねるのが入った。
「うわ………」
この光景には思わずルカも言葉を失う。
半分冗談かと思っていた、ダンジョンが生きているという話が、妙にリアルに感じられたからだ。
「本当に気持ち悪いね」
「今なら引き返せますが?」
「まさか」
丁寧に五本の指を揃えた手で入り口の方を指し示し、再びルカの意思を問うルドルフ。
しかしルカの決意も固かった。
「進んでいいよね?」
「はい、問題ございません。ただ、いつも通り前衛は私が対応致しますので、ルカ様は後衛をお願いします」
「わかった」
そう言ってお互いに頷き合うと、今度こそダンジョンの奥に向かい歩みを進めていった。
応援ありがとうございます!
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