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エジプト編

洞窟の先へ

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 《職業とスキルについて》
 全てのプレイヤーは数ある職業から一つを選びゲームスタートとなる。
 一つの職業につき、取得できるスキル数は5~10。
 職業の熟練度を上げることでスキルを取得する。
 全てのスキルを取得すると転職可能となる。
 スキルは取得時にその名称と使用効果が脳内へとインプットされる。
 最初に取得するスキルにより系統が決まる。
 例)フレイムボール取得(魔術師)➡炎系統の魔術師スキルツリー

 職業に就いている数に応じて呼び名が変わる。
 一つなら "ノービス"
 二つなら "セカンド"
 三つなら "サード"
 四つなら "フォース"

 職業は基本ビギナー職、上級シニア職、希少レア職がある。
 基本職は初期で選択できる職業。
 数多の中から基本職業の組み合わせ次第で上級職が出現する。
 例)剣士(基本)+魔術師(基本)➡魔法剣士(上級)

 希少職は世界で1人しか就けない職業。
 転職条件は特定アイテム、特定武器の取得等、様々な特殊条件下により出現する。

 (注)基本職+希少職からは上級職は発生致しません。

 ━━wof 取り扱い説明書 《職業とスキル》より抜粋━━

 
 ┼┼┼

 コウとマドカは戻ることもできたのだが、仲間のことが心配だったこともあり、恐る恐る先へ進むことにした。
 とはいえ、先程のような扉があれば引き返すことを2人は約束した。
 探しに行ってといて自分たちが死んでしまっては元も子もないからだ。 
 コウとマドカは大人1人通れる出口を抜け通路を進む。

 奥に続く道はそれほどまで長くはなく、突き当たりにはまた下り階段が見えた。
 近づいて行くと階段の手前左手に三畳程の小部屋があることに2人は気づいた。

「ここなに?」

「ちょっとまって……」
  
 コウが中を確認をするためにゆっくりと近づいていく。

 ドアは無く開放され、中の床には幾何学模様の魔方陣らしきものが描かれている。
 入口の壁には"回復の陣"と彫られた表札の様な石板が掲示されていた。

 (回復…? …休憩所みたいな感じか?)

 コウはずっと感じている緊張感と戦いで磨り減らした神経に疲労感があったため、少し休憩を挟みたいと考えていた。

「とりあえず敵はいなそうだぞ。 それに休憩所のような場所っぽいから、一休みしていこうか?」
 後ろで待機しているマドカへと声をかけた。
 マドカは休憩所という言葉に胸を撫で下ろした。 

「うん。少し休みたいわ」
  
 床にかかれた模様に2人は目を向けるが、気にせず中へと入った。
 そのまま魔方陣の上を通過する。

 すると突然、幾何学模様が蒼く光り出し回転し始めた。
 光は地面から天井まで竜巻の様にうねり伸びる。

「━━な、なんだ!?」

「キャッ!コウ、なにこれ!」

「な、なんだよその柔らかさ!」

「えっ!何?」

「いやっ!何でもない!」

 驚いたマドカはコウの腕にしがみついた。
 コウの腕は胸に挟まれ身動きが取れない。
 いや、コウは敢えて身動きを取らなかった。

 優しくも暖かい光は、若干の疲れを取り除いた程度で、それ以外は何もなかった。
 と、安堵する2人だったが。

 数瞬の後、突如として脳内へ言葉が入り込んできた。

 《此処……にて…回復…頼るも……の…この先…難し……。試…練改……めよ。…悪し…か…らず……》

 そして、メッセージが終わるや否や━━

 音もなく2人は転送された━━。

 ┼┼┼

 茫漠ぼうばくたる砂の山々。
 サラサラと風に吹かれた砂の粒が流れて走る。
 燦々さんさんと降り注ぐは高熱の光。さえぎる障害物は一つもなく、チリチリと肌を焼く。

「……何なんだよ……。…どこだよここ」

「う、う~ん…」

「マドカ、大丈夫か!?」
  
 2人は焼けるような暑さに目を覚ました。
 いや、目を覚ましたというのは語弊があるかもしれない。
 目を瞑っていたが、寝ていたのかどうかも分からない。
 目を閉じていたのが一瞬なのか、一時間なのか、どれくらい経ったのか。
  
「う、うん。大丈夫だけど…。 ここは…?砂漠…?」

 マドカはきめ細やかな砂地へと両足を立たせ茫然自失している。両の足先を少し砂に埋もれさせ、靴越しにも熱を感じていた。

「そうだな…」
  
 コウも立ち上がり、暑い陽射しに顔をしかめながらも周りに視線を送る。
 これでもかと乾いた風が吹き、植物一本生えていない景色が広がっていた。
 よく目を凝らせば広大な砂漠の向こうにぼんやりと建物のような建造物が見える。

 真っ先に思い浮かんだのは鳥取砂丘だ。

「無人島から鳥取砂丘へ転移? いや、転送させられたのか……?」

「えっ、鳥取?」

「たぶんな。 しかし、ほんとに変わっちまったんだな。 こんな技術…ありえないもんな」

「そうね…」

「しかし…回復は…罠か、くそ…まじかよ。はぁ…、ここから東京までか。 遠いーなー……みんなに会うことも出来なかったしな」

「むしろ、みんなもここに来たんじゃない?」

「そうか…そうだな。 アイツらもイーターをたいしてケガして回復? そして飛んだ…。むしろ有り得るのか…?」

「そうよ。きっとそう! コウ、探しましょう!」

 どの方向に東京が在るのかさえ見当も付かないが、コウは彼方の地を見つめる。

 汗が額から顎を抜けて地面へと落ちた。
 首から背中から大量の汗が伝い服を濡らす。
 染みた地面も湿った服も瞬く間に乾いていく。

「そうだな。 どっちにしても移動しないとだな。 …しかし、やけに暑くないか?鳥取ってこんな暑いのか?」

「たしかに暑いわね。このまま此処にいたら干からびちゃう」
  
 胸元をパタパタとするマドカ。

「そうだな、このままじゃ熱射病になりそうだ。 急いで移動しよう。…とりあえずあの建物のところへ行ってみるか」

 コウとマドカは喉の渇きを感じつつ、唯一見える建物目指して歩き始めた。 

 ┼┼┼

「ピ、ピラミッド?」

 2人はフラフラになりながら漸く辿り着いた。

 そこにあるのは、巨大な石巌で組み立てられた四角錐の建造物だった。
 あまりの大きさに圧倒される2人。
 風が吹けばパラパラと小石が落ちてくるのが見えた。
 茶色い砂の海に聳え立つその神秘たる建造物は圧巻の一言であった。

「鳥取ってピラミッドあるんだ?」

「俺も知らないけど、中は博物館的なやつかもしれないな」
  
 2人がそんな会話をしていると、後ろから人の気配がした。

「そこの者、そこで何をしておるのか」

 老人だった。
 見た目からして、その老人は日本人ではなかった。

「すいません、ここは鳥取砂丘でしょうか…?」

 コウは日本語で言葉をかけた。
 ヴリュードには自動言語翻訳機能がついている。
 相手が装備していまいと片側が装備しているならば、話す言葉と相手から聞く言葉を変換してくれるのである。

「鳥取砂丘? そこはどこか知らんが、ここはエジプト。首都カイロからナイル川を挟んだ所にあるギザじゃ。 で、何をしておる?」

 老人は白いターバンを巻き、肌は黒光りし深く顔に刻まれたシワ。
 黒い肌に映える白装束を身に包み、片手に手綱を引きラクダを従えていた。

「えっ、えっ!」

「えっ!えっ! コ、コウ! どうなってんのよ」

「ヌシらは、観光客じゃないな?そんな格好でそこで何しとるんじゃ」

「俺達は、あの…学せ…学者です」

 老人は眉をひそめた。

「うそつけ」

 ┼┼┼

 コウとマドカは老人に連れられ一路カイロへとやって来た。

 エジプトの首都カイロ。
 アラブ世界で最大の人口を誇る都市。
 そしてアラブ文化の濃い中心都市でもある。
 人口は1000万人を越え、観光名所としてピラミッドが有名であり、それ目的で多くの人が訪れ活気に満ち溢れている。
 そんなカイロの街の一画に家を構えるのが、老人ことハキムである。
 赤レンガ造りで所々が抜け落ちている。
 よくある一般家庭の家住まいだ。
 そして、高級住宅街でのヴリュード普及率は9割であるのに対し、一般家庭では約半分であった。

 道中、ここまでの経緯をコウはハキムへ話していた。 
 そしてその時分かったことだが、日付と時間の確認をしたら、転移したのはどうやら一瞬だったようだ。 
 砂漠で横たわっていたのもさほど、時間は経っていないようだった。

 ハキムの家に着く頃にはすっかりと日は落ち、キラキラと輝く宝石のように空には色とりどりの星が散りばめられていた。

「ぷはぁーー! 人生で一番うまい水かもしれないわ」

「生き返るわね!」

 コウは水をグイッと一気飲みし、コンッと空のコップをテーブルに置いたところで用意された椅子へ座り一息ついた。

「うむ、日本でも空に出たとなると間違いないなく世界は同時に変わったようじゃなー」

「えっ、エジプトでも同じようなことありました? モンスターでました? あっ!日本人は他に見ませんでしたか!? 5人組の━━」

 コウは席を立ち、早口で捲し立てる。

「コウ! ちょっと落ち着きなさい。 ハキムさん困ってるじゃない」

「うむ。 質問は一つずつゆっくりとな」

「す、すいません」

 コホンと軽く咳をするハキム。

「まず、こちらでも先日空が急変し、それを機に見えざるモノが現れた。これがモンスターじゃな。 そして、襲われモンスターになってしまった者、亡くなってしまった者は多い」 

「モンスターになってしまった? どういうことです?」

「うむ。 モンスターに殺られた者はどういうわけか一度生き返る。 といっても、文字通り生き返るわけではなく死んだまま動き出すというのかのぉ。 …まあ、言うなればゾンビじゃな。 ゾンビになれば人を襲うモンスターとなり、そこで倒されて漸く消滅するというわけじゃな」

 ハキムは眉間にシワを寄せ、難しい顔をしている。

「……そうですか…。 ゾンビに殺された者もまたゾンビになるのでしょうか?」

 コウに尋ねられたハキムは悲痛な面持ちで語る。

「……知り合いがな、外で倒れていた人を助けようとして襲われてな。 倒れていたほうはゾンビだったわけなんじゃが、知り合いはそれでゾンビになってしまった……」

「…そうですか…。それは大変辛いことを…」 

「それはええんじゃ。 もう一つ言うとな、ゾンビはモンスターと違う点がヴリュードが無くとも見えると言うことじゃ。一見普通にの人に見えるが、襲いかかってくることもあるから気をつけてな」

「わかりました…。 ありがとうございます」

 コウは頭を下げた。
 マドカは無言で話に耳を傾けていた。
  
「マドカ? どうした?」

「もしかしたらみんなも…? 心配で…」

 するとハキムが、

「さて、次は日本人のことじゃが、転移じゃったか? 日本人は観光客としてはいるがヌシラの様に飛んで来た者は初めて聞いたな。だから、お仲間はここにはいないんじゃないか?」

「そうですか…」
  
 大きく息を吐くコウ。 

「それならどこに?」

 マドカはコウを見る。
 コウはこめかみに手をやり、考えていた。
  
 5人がどうやってどこに消えたかは全く分からなくなってしまった。
 生きているのか死んでいるのかさえ不明だ。
 手がかりはを探すなら、やはりもう一度あの洞窟へ行かなくてはならないのかもしれいと。しかしここからあそこまではあまりに遠く、どうしたものかと、コウは頭を痛めたのだ。

「それは分からんが、ヌシラの入った洞窟ではないが、同じようなことがここでも起きとるようじゃ。 砂漠に突如として、見たこともないピラミッドが現れたのじゃが…それがヌシラと会った場所のピラミッドでな。 興味本意で中に入った者が帰らんでのぉ。 転移したのか、モンスターにやられたのか……」

「う~ん、何ですかね?それ」
  
 コウがハキムを見ると、ハキムは顔を曇らせていた。 

「分からん……」

「世界が変わったのと同時に起こったのなら、あの洞窟みたいな感じかもね?コウ」
  
 コウはハキムの様子を窺っていた。
 表情からは明るさが欠け、何かあったような感じはするが、さっきの知人の話しのこともあって聞くことはやめていた。
  
「少し疲れたな。ヌシラも疲れたじゃろ?」 

「はい」

「確かに疲れたわね」

「ご飯はどうするんじゃ?何か食べるか?」

 2人は色々あり過ぎて食欲が湧かないこともあったが、水を飲み過ぎてお腹はタプタプであった。
   
「いえ、俺は大丈夫です」

「私ももう眠すぎて……」

「そうかそうか。なら、身体を流す場所と寝床を案内しようかの」
  
 案内されるなりコウとマドカはそれぞれ汗を流し、ハキムに断ってすぐに寝床へ入った。
 2人とも疲れは限界だったのか、寝床に入るなり泥のように眠りに着いたのだった。
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