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エジプト編
ランキングシステム
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《アカウントとランキングシステムとデュエル》
アカウントは本名での自動登録となり、全プレイヤーは1キャラクターのみ作成できる。
アカウントは通常退会及び死亡時、削除される。
ランキングはプレイヤーとしてアカウント取得した時点で付与され、ヴリュードシステムを通し、プレイヤーの頭上へ表示。
※常時表示されているわけではありません。
プレイヤーが他プレイヤーに対し、頭上へ意識を向けることで、そこへ表示されたランキングを確認することができる。
注)デュエルによるランキング交代時のみ、一定時間、自動表示状態となります。
ランキングはポイント制と交代制。
《ポイント制》
モンスター討伐でポイント取得。ポイント加算でランキング変動。
《交代制》
プレイヤー同士がデュエルすることにより、ランキングが変動。ただし、下位ランカーが上位ランカーに勝利した場合のみに限る(下剋上システム)
注)交代制はお互い承諾の元、デュエルシステムが発動。デュエル以外での決闘ではランキングに変動ありません。
尚、プレイヤーがゲームを退会した場合などは、それ以下のプレイヤーが繰り上げとなる。
本体機器(ヴリュード)からランキング検索可能。
デュエル勝利条件は双方承諾の元、決定。
※降参、気絶、その他多様
━━wof 取り扱い説明書
《アカウントとランキングシステムとデュエル》より抜粋━━
輝き燃える球体が最高高度に差し掛かり、地表一面をチリチリと焦がす。
気温が50度近くまで上昇した昼過ぎ、コウは目を覚ました。
「あっつっ!」
額と首もとを汗で濡らし、ガバッと起き上がり周りを見回す。
「帰ってないか……」
テーブルには読み終えた手紙が変わらずに置かれていた。
よく見ると、その横にはお金が置いてあった。
コウはこの国のお金を一切持っていない。
一瞬悩んだが、探しにいくにしてもお腹を満たさないことにはどうしようもないコウは、申し訳なさと感謝が入り交じった複雑な気持ちのまま、お金を握りしめ街へと出掛けることにした。
┼┼┼
コウは惨劇のあったタハリール広場へと到着した。
あんなことがあった後だというのに、もう既にチラホラと露店が立ち並び、営業しているのが見える。
胃袋を刺激する良い匂いが辺りを充たしていた。
小腹ほどしか空いていなかったお腹はグーグーと鳴り、あっという間に空腹感が脳を支配していく。
コウは一番近くにある店へフラフラと近づいて行き、あと数メートルといった所で不意に肩を掴まれた。
「──おい!あんちゃん、その腕にはめているものを寄越しな!寄越さないなら、片腕のない不自由な生活を送ることになるぜ」
コウが振り向けば酷く身なりの悪い男がいた。
男はシャムシールという名の刃が湾曲した刀を手に持っている。
そして、その後方にはグヘグヘと下卑た笑いをしている二人の連れがコウの目に入った。
見れば3人ともヴリュードを腕にはめている。
キラッと反射した日の光に、コウは目を細めた。
コウは男の手を振り払い、距離をとる。
「あの、もしかしてヴリュード狩りの方々ですか?」
コウは静かに丁寧に尋ねた。
と、そこで漸く自分が白装束を着ないまま外出してしまったことに気付いた。
ハキムに注意されていたのに、着用することを忘れてしまったことを後悔したが後の祭りだ。
「ああ? 知らねーよ。いいから早くよこせや!それは見つけた俺様の物だって言ってんだよっ!!」
男はまったく物怖じしないコウの態度に苛ついている。
「はぁ…。これは俺のですし、片腕のない生活はしないですし…。
──やりますか?デュエルしますか?」
「あっ!兄貴、こいつ割りと上位ランカーっすよ」
後ろにいるスキンヘッドの男が驚いた顔で声をあげた。
そして、それ以上に驚いたのはコウ自身であった。
コウのランキングは後ろの方であったはずだが、シルバーファングや狂食族の討伐により、その順位が大幅に上昇していたのだ。
二体とも高ポイントのモンスターであるのはプレイヤーなら誰でも知っていることであり、もちろんコウも知っていたのだが、コウは確認することを忘れていた。
というよりも、元々ランキングに興味を持っていなかった為に、気にもとめていなかったのだ。
「へっ、たしかにいい順位だけど、ノービスじゃねぇか。おこぼれとか、たまたま運がいいだけのルーキーだろ。要は雑魚だろ。ザ コ!
それとなお前、デュエルじゃねーよ? 最初は片腕切り落とすぐらいで済ましてやろうかと思ったけどな、その態度が苛つくからぶっ殺す!」
唾を撒き散らすようにして声を荒げるこのリーダーらしき男はセカンドである。
「兄!やっちまえ!」
後ろにいるもう一人の小肥りの男が吠えた。
コウはこの状況に嘆息した。
自分がこんな格好で来てしまったことも原因だから今回は仕方ないにしても、こんなにも連続して厄介事に巻き込まれることがあるのか、と。
周囲を確認すれば何だ何だと野次馬が囲み、あっという間に人垣ができていく。
露店だけは、その状況にはも流されず通常営業だ。
むしろ、人が増えたのをいいことに、気合いの入って呼び込みが聴こえてくる。
男はシャムシールを構えた。
構えは剣士のそれである。
それに対してコウも構える。
武器などはなく、立ったまま左手拳を前に右手を引いた半身の構え、所謂ファイティングポーズである。
「アッハッハッハ──。まさかお前、ファイターか?そんなジョブじゃ俺様に勝てねぇよ。よしよし、気が変わった! 今ならまだそれ寄越せば許してやるぜ?」
それを見た男は、気分を良くしたのか嘲笑った。
後ろの子分2人も腹を抱えて笑っているのが見える。
武道家は不人気職である。
派生職が少なく、武器を使うスキルも取得できない。
故に、武道家に就いているのは、現段階で実はコウ一人であった。
コウは声を一切だすことなくもなく、全身に魔闘気を行き渡らせ戦闘体制にはいった。
それを男の理不尽な提案に対する返事とした。
魔闘気は魔力を闘気へと変換させたものだ。
基本、職業に就いた者は魔力を帯びる。
魔法を使用しない格闘職はこの魔力を闘気へと変化させ戦うのである。
「ッチ、やる気か! なら──死ねっ」
男はシャムシールを振りかぶった。
それを見た野次馬達は一斉に息を呑んだ。
次の瞬間、風を切る音だけが静まる野次馬達の場所まで聞こえる。振るうシャムシールの刃は速すぎて視認することができない。
しかし、コウは焦ることなくその刃を手の甲でいなしてしまう。
男は舌打ちをし、さらに横に縦にと剣をヒュッヒュッと振るっていった。
コウはその全てを焦ることなく紙一重で躱していく。
「半月切り」
当たらないことにしびれをを切らし、リーダーの男は渾身のスキルを放った。
黄色い光の斬撃がコウを頭から真っ二つにしようと襲いかかる。
が、コウは瞬時に真横へと飛び、掠らせもしかった。
体力が切れたのだろう、男は息を切らしコウから一旦下がり距離をとった。
武道家はジョブの恩恵として反射神経と動体視力が発達するのだ。
コウは元々の備えている能力に加え、武道家によるステータスアップを加えたことで、現在の身体能力は達人の域になっていた。
「おい、お前らも手伝え!」
『──へ、へい』
2人は同時に返事をする。
スキンヘッドの男は弓を構え、小肥りの男は詠唱を始めた。
ヒュン。
頭を狙ったその矢を、コウはヘッドスリップをして躱す。
避けた矢が野次馬に向かって飛んでいったのだろう、後方から悲鳴が上がった。
しかし、スキンヘッドの男は周囲の被害など気にもせず、その一本目を皮切りに矢を連続して放っていった。
しかし、コウは既にそこにはいなかった。
一本目の矢が射たれてすぐにリーダーの男に狙いを定め、一直線に走り出していた。
コウのいた場所へと、3本の矢がカッカッカッと遅れて刺ささる。
迫るコウに焦るリーダーの男。
しかし、あと数歩と迫った所で小太りの男が詠唱を完成させた。
勝利を確信したとばかりに満面の笑みを浮かべるリーダーの男。
小太りの男が魔法を放つ。
「火炎玉」
しかし、コウはスピードを全く落とすことなく切迫する。
コウは拳をグッと握り直し、魔闘気を右手の拳へと集めていった。
そして、放たれた魔法へとタイミングを合わせ、
「──正拳突きーーー!」
飛来する火の玉を殴り返した。
「うああぁぁぁー!!!」
叫んだのはリーダーの男だ。
さっきまでの愉悦の表情など一瞬にして絶望へと変わっている。
手下の2人はリーダーのすぐ近くで、状況を理解できずに固まっている。
魔法を魔法で打ち消すのは聞いたことがある。
しかし、魔法を殴り返すというのは聞いたことがなかった。
もちろん、ファイターというジョブが不人気で情報が乏しいということもあるが、普通に考えて素手で火の玉を殴ることは考えもしないことだからだ。
真っ直ぐ飛来した火の玉は、来た道をキレイに戻っていく。
そして、3人のいる場所へと寸分違わず着弾。
激しい爆発音が広場に響き渡り、炎が地面を舐めたのだった。
しばらくして、熱と煙が収まれば、そこには倒れ伏している3人がいた。
「ううぅぅぅ…」
「ぐあぁぁぁ」
「うぐぐぐぅ」
既に瀕死レベルといっていいほどの重症。
魔法を唱えた手下のみ、おそらくは魔法体制を備えていたのだろう、他の二人よりは火傷が軽いように見えた。
そして、周囲から「いいぞ!兄ちゃん!」という声が聞こえたかと思えば、たくさんの拍手が挙がり、いつの間にか群衆はコウを中心として綺麗な円になっていた。
「……何か寝て起きて、すぐ疲れたわ……」
この3人は悪名高い犯罪者だが、実力もあり誰も何にも言えていなかったの現状だった。
ヴリュード狩りという犯罪者の氷山の一角である。
この街に暮らす多くの民が被害を受けていた。
それはあまりに頻繁に、そして被害者は拡大していった。
だが、ある時その蛮行を許せず、正義感を出した者がいた。
なんとか被害を食い止めようと、口を出し、手を出した。
しかし、結果は誰もが思っていた通り変わることはなかった。いや、思っていたよりも酷い結果だった。正義感に溢れたその者は、なぶり殺しにされ、命を落としてしまった。
そして、その家族や親族にも被害が及んだのだった。
その惨状に、皆目を瞑るしかなかった。
黙っているしかなかった。
そして、ヴリュード狩りは先遣隊や軍隊からは上手く隠れ続け、堂々と犯罪を行っていたのである。
一段落のついたコウ。
これ以上騒ぎには捲き込まれたくないと早々に立ち去りたかったのだが、この倒れている三人をこのままにしてはおけず、この場から動くことができずにいた。
と、その時、野次馬の輪から一人の女性が突如として飛び出してきた。
薄汚れた衣服を身に付けた女性は、一直線に倒れている三人へと走っていく。
「───死ねぇぇぇ!!」
懐から鋭利ナイフを取り出した。
誰もが反応できない。
コウも突然のことに呆気にとられてしまっていた。
迫る女性。
刃物の先がリーダーの男の胸へと吸い込まれた。
かのように思われたが、女性のナイフは男に少しも刺さることなく空中で停止していた。
「──ッ」
「──わりぃな。 気持ちは分からなくもないが……こいつらは預からせてもらう」
ナイフを素手で掴むのは先遣隊の男だ。
刃を力強く握っているにも拘わらず、血一滴流れていない。
「───しねしねしねしねぇー!!」
女性は構わず押し込もうとするがびくともしなかった。
目は血走り、息を切らす。
「──はぁ……はぁ……殺させてよぉ……うう……」
「──ごめんな」
女性は男が謝罪をすると、ナイフを離し尻餅をついた。
そして、魂が抜けたようにその場で項垂れてしまった。
「……すまないな。 コイツらには然るべき処罰を与えるから許してくれ」
先遣隊の男は女性にそう言うと、連れの先遣隊の女性にあとをお願いするように目配せをした。
「──これは君が?」
先遣隊の女性が動くのを見ると、男はコウへと向き直った。
「あ、はい」
「そうか、ご協力感謝する……──ん?あれ?」
「どうしましたのよ?マハムード」
と、先遣隊メンバーのもう一人の女性が、先遣隊のリーダーであるマハムードへと話しかけた。
それに対し、首をかしげるのはコウだ。
「君はたしか…、決起集会のとき…参加していたよな? 俺が声かけた白装束の人……だよな?顔は見えなかったけど、ランキングが同じくらいだし……どうだ?」
コウはあっ、という顔をする。
「やっぱりそうか。それで、君はそのランクをどうやって……すまんが君のジョブを教えてくれないか? あ…、いや、それよりも回復系のスキルをとっているか?」
「──え……、い、いえ」
マハムードは、コウのランキングを見て、どうやってその順位になったのか、何を倒してポイントを稼いだのかが気になった。
そしてジョブに興味が湧いたのだが、ふと、そこで例の回復師が頭を過った。
「そか…。 だが、そのランキングはすごいな……521位か。しかもノービス……職業は? いや、もう先遣隊に入らないか?」
マハムードは早口で捲し立てる。
「………」
ただ犯罪者を引き渡すだけだと思っていたコウは呆気にとられていた。
「ちょっと、マハムード!彼困ってるじゃない!
ごめんなさいね。彼は上位ランカーを見るとすぐ興奮しちゃうから。──とりあえず、今は移送だけしかできないんだから帰るわよ。 手続きもしなくちゃ」
と、サルマ。
「そうだな。とりあえず今から一緒に先遣隊宿舎へ来てくれるか? あの犯罪者のことも聞きたいし」
「あー…わかりました」
これからハキムとマドカを探しに行こうとしているコウにはあまり時間はなく、できればそうしたくはなかったのだが。
「そうか! ありがとう!あまり時間はとらせないからさ」
アカウントは本名での自動登録となり、全プレイヤーは1キャラクターのみ作成できる。
アカウントは通常退会及び死亡時、削除される。
ランキングはプレイヤーとしてアカウント取得した時点で付与され、ヴリュードシステムを通し、プレイヤーの頭上へ表示。
※常時表示されているわけではありません。
プレイヤーが他プレイヤーに対し、頭上へ意識を向けることで、そこへ表示されたランキングを確認することができる。
注)デュエルによるランキング交代時のみ、一定時間、自動表示状態となります。
ランキングはポイント制と交代制。
《ポイント制》
モンスター討伐でポイント取得。ポイント加算でランキング変動。
《交代制》
プレイヤー同士がデュエルすることにより、ランキングが変動。ただし、下位ランカーが上位ランカーに勝利した場合のみに限る(下剋上システム)
注)交代制はお互い承諾の元、デュエルシステムが発動。デュエル以外での決闘ではランキングに変動ありません。
尚、プレイヤーがゲームを退会した場合などは、それ以下のプレイヤーが繰り上げとなる。
本体機器(ヴリュード)からランキング検索可能。
デュエル勝利条件は双方承諾の元、決定。
※降参、気絶、その他多様
━━wof 取り扱い説明書
《アカウントとランキングシステムとデュエル》より抜粋━━
輝き燃える球体が最高高度に差し掛かり、地表一面をチリチリと焦がす。
気温が50度近くまで上昇した昼過ぎ、コウは目を覚ました。
「あっつっ!」
額と首もとを汗で濡らし、ガバッと起き上がり周りを見回す。
「帰ってないか……」
テーブルには読み終えた手紙が変わらずに置かれていた。
よく見ると、その横にはお金が置いてあった。
コウはこの国のお金を一切持っていない。
一瞬悩んだが、探しにいくにしてもお腹を満たさないことにはどうしようもないコウは、申し訳なさと感謝が入り交じった複雑な気持ちのまま、お金を握りしめ街へと出掛けることにした。
┼┼┼
コウは惨劇のあったタハリール広場へと到着した。
あんなことがあった後だというのに、もう既にチラホラと露店が立ち並び、営業しているのが見える。
胃袋を刺激する良い匂いが辺りを充たしていた。
小腹ほどしか空いていなかったお腹はグーグーと鳴り、あっという間に空腹感が脳を支配していく。
コウは一番近くにある店へフラフラと近づいて行き、あと数メートルといった所で不意に肩を掴まれた。
「──おい!あんちゃん、その腕にはめているものを寄越しな!寄越さないなら、片腕のない不自由な生活を送ることになるぜ」
コウが振り向けば酷く身なりの悪い男がいた。
男はシャムシールという名の刃が湾曲した刀を手に持っている。
そして、その後方にはグヘグヘと下卑た笑いをしている二人の連れがコウの目に入った。
見れば3人ともヴリュードを腕にはめている。
キラッと反射した日の光に、コウは目を細めた。
コウは男の手を振り払い、距離をとる。
「あの、もしかしてヴリュード狩りの方々ですか?」
コウは静かに丁寧に尋ねた。
と、そこで漸く自分が白装束を着ないまま外出してしまったことに気付いた。
ハキムに注意されていたのに、着用することを忘れてしまったことを後悔したが後の祭りだ。
「ああ? 知らねーよ。いいから早くよこせや!それは見つけた俺様の物だって言ってんだよっ!!」
男はまったく物怖じしないコウの態度に苛ついている。
「はぁ…。これは俺のですし、片腕のない生活はしないですし…。
──やりますか?デュエルしますか?」
「あっ!兄貴、こいつ割りと上位ランカーっすよ」
後ろにいるスキンヘッドの男が驚いた顔で声をあげた。
そして、それ以上に驚いたのはコウ自身であった。
コウのランキングは後ろの方であったはずだが、シルバーファングや狂食族の討伐により、その順位が大幅に上昇していたのだ。
二体とも高ポイントのモンスターであるのはプレイヤーなら誰でも知っていることであり、もちろんコウも知っていたのだが、コウは確認することを忘れていた。
というよりも、元々ランキングに興味を持っていなかった為に、気にもとめていなかったのだ。
「へっ、たしかにいい順位だけど、ノービスじゃねぇか。おこぼれとか、たまたま運がいいだけのルーキーだろ。要は雑魚だろ。ザ コ!
それとなお前、デュエルじゃねーよ? 最初は片腕切り落とすぐらいで済ましてやろうかと思ったけどな、その態度が苛つくからぶっ殺す!」
唾を撒き散らすようにして声を荒げるこのリーダーらしき男はセカンドである。
「兄!やっちまえ!」
後ろにいるもう一人の小肥りの男が吠えた。
コウはこの状況に嘆息した。
自分がこんな格好で来てしまったことも原因だから今回は仕方ないにしても、こんなにも連続して厄介事に巻き込まれることがあるのか、と。
周囲を確認すれば何だ何だと野次馬が囲み、あっという間に人垣ができていく。
露店だけは、その状況にはも流されず通常営業だ。
むしろ、人が増えたのをいいことに、気合いの入って呼び込みが聴こえてくる。
男はシャムシールを構えた。
構えは剣士のそれである。
それに対してコウも構える。
武器などはなく、立ったまま左手拳を前に右手を引いた半身の構え、所謂ファイティングポーズである。
「アッハッハッハ──。まさかお前、ファイターか?そんなジョブじゃ俺様に勝てねぇよ。よしよし、気が変わった! 今ならまだそれ寄越せば許してやるぜ?」
それを見た男は、気分を良くしたのか嘲笑った。
後ろの子分2人も腹を抱えて笑っているのが見える。
武道家は不人気職である。
派生職が少なく、武器を使うスキルも取得できない。
故に、武道家に就いているのは、現段階で実はコウ一人であった。
コウは声を一切だすことなくもなく、全身に魔闘気を行き渡らせ戦闘体制にはいった。
それを男の理不尽な提案に対する返事とした。
魔闘気は魔力を闘気へと変換させたものだ。
基本、職業に就いた者は魔力を帯びる。
魔法を使用しない格闘職はこの魔力を闘気へと変化させ戦うのである。
「ッチ、やる気か! なら──死ねっ」
男はシャムシールを振りかぶった。
それを見た野次馬達は一斉に息を呑んだ。
次の瞬間、風を切る音だけが静まる野次馬達の場所まで聞こえる。振るうシャムシールの刃は速すぎて視認することができない。
しかし、コウは焦ることなくその刃を手の甲でいなしてしまう。
男は舌打ちをし、さらに横に縦にと剣をヒュッヒュッと振るっていった。
コウはその全てを焦ることなく紙一重で躱していく。
「半月切り」
当たらないことにしびれをを切らし、リーダーの男は渾身のスキルを放った。
黄色い光の斬撃がコウを頭から真っ二つにしようと襲いかかる。
が、コウは瞬時に真横へと飛び、掠らせもしかった。
体力が切れたのだろう、男は息を切らしコウから一旦下がり距離をとった。
武道家はジョブの恩恵として反射神経と動体視力が発達するのだ。
コウは元々の備えている能力に加え、武道家によるステータスアップを加えたことで、現在の身体能力は達人の域になっていた。
「おい、お前らも手伝え!」
『──へ、へい』
2人は同時に返事をする。
スキンヘッドの男は弓を構え、小肥りの男は詠唱を始めた。
ヒュン。
頭を狙ったその矢を、コウはヘッドスリップをして躱す。
避けた矢が野次馬に向かって飛んでいったのだろう、後方から悲鳴が上がった。
しかし、スキンヘッドの男は周囲の被害など気にもせず、その一本目を皮切りに矢を連続して放っていった。
しかし、コウは既にそこにはいなかった。
一本目の矢が射たれてすぐにリーダーの男に狙いを定め、一直線に走り出していた。
コウのいた場所へと、3本の矢がカッカッカッと遅れて刺ささる。
迫るコウに焦るリーダーの男。
しかし、あと数歩と迫った所で小太りの男が詠唱を完成させた。
勝利を確信したとばかりに満面の笑みを浮かべるリーダーの男。
小太りの男が魔法を放つ。
「火炎玉」
しかし、コウはスピードを全く落とすことなく切迫する。
コウは拳をグッと握り直し、魔闘気を右手の拳へと集めていった。
そして、放たれた魔法へとタイミングを合わせ、
「──正拳突きーーー!」
飛来する火の玉を殴り返した。
「うああぁぁぁー!!!」
叫んだのはリーダーの男だ。
さっきまでの愉悦の表情など一瞬にして絶望へと変わっている。
手下の2人はリーダーのすぐ近くで、状況を理解できずに固まっている。
魔法を魔法で打ち消すのは聞いたことがある。
しかし、魔法を殴り返すというのは聞いたことがなかった。
もちろん、ファイターというジョブが不人気で情報が乏しいということもあるが、普通に考えて素手で火の玉を殴ることは考えもしないことだからだ。
真っ直ぐ飛来した火の玉は、来た道をキレイに戻っていく。
そして、3人のいる場所へと寸分違わず着弾。
激しい爆発音が広場に響き渡り、炎が地面を舐めたのだった。
しばらくして、熱と煙が収まれば、そこには倒れ伏している3人がいた。
「ううぅぅぅ…」
「ぐあぁぁぁ」
「うぐぐぐぅ」
既に瀕死レベルといっていいほどの重症。
魔法を唱えた手下のみ、おそらくは魔法体制を備えていたのだろう、他の二人よりは火傷が軽いように見えた。
そして、周囲から「いいぞ!兄ちゃん!」という声が聞こえたかと思えば、たくさんの拍手が挙がり、いつの間にか群衆はコウを中心として綺麗な円になっていた。
「……何か寝て起きて、すぐ疲れたわ……」
この3人は悪名高い犯罪者だが、実力もあり誰も何にも言えていなかったの現状だった。
ヴリュード狩りという犯罪者の氷山の一角である。
この街に暮らす多くの民が被害を受けていた。
それはあまりに頻繁に、そして被害者は拡大していった。
だが、ある時その蛮行を許せず、正義感を出した者がいた。
なんとか被害を食い止めようと、口を出し、手を出した。
しかし、結果は誰もが思っていた通り変わることはなかった。いや、思っていたよりも酷い結果だった。正義感に溢れたその者は、なぶり殺しにされ、命を落としてしまった。
そして、その家族や親族にも被害が及んだのだった。
その惨状に、皆目を瞑るしかなかった。
黙っているしかなかった。
そして、ヴリュード狩りは先遣隊や軍隊からは上手く隠れ続け、堂々と犯罪を行っていたのである。
一段落のついたコウ。
これ以上騒ぎには捲き込まれたくないと早々に立ち去りたかったのだが、この倒れている三人をこのままにしてはおけず、この場から動くことができずにいた。
と、その時、野次馬の輪から一人の女性が突如として飛び出してきた。
薄汚れた衣服を身に付けた女性は、一直線に倒れている三人へと走っていく。
「───死ねぇぇぇ!!」
懐から鋭利ナイフを取り出した。
誰もが反応できない。
コウも突然のことに呆気にとられてしまっていた。
迫る女性。
刃物の先がリーダーの男の胸へと吸い込まれた。
かのように思われたが、女性のナイフは男に少しも刺さることなく空中で停止していた。
「──ッ」
「──わりぃな。 気持ちは分からなくもないが……こいつらは預からせてもらう」
ナイフを素手で掴むのは先遣隊の男だ。
刃を力強く握っているにも拘わらず、血一滴流れていない。
「───しねしねしねしねぇー!!」
女性は構わず押し込もうとするがびくともしなかった。
目は血走り、息を切らす。
「──はぁ……はぁ……殺させてよぉ……うう……」
「──ごめんな」
女性は男が謝罪をすると、ナイフを離し尻餅をついた。
そして、魂が抜けたようにその場で項垂れてしまった。
「……すまないな。 コイツらには然るべき処罰を与えるから許してくれ」
先遣隊の男は女性にそう言うと、連れの先遣隊の女性にあとをお願いするように目配せをした。
「──これは君が?」
先遣隊の女性が動くのを見ると、男はコウへと向き直った。
「あ、はい」
「そうか、ご協力感謝する……──ん?あれ?」
「どうしましたのよ?マハムード」
と、先遣隊メンバーのもう一人の女性が、先遣隊のリーダーであるマハムードへと話しかけた。
それに対し、首をかしげるのはコウだ。
「君はたしか…、決起集会のとき…参加していたよな? 俺が声かけた白装束の人……だよな?顔は見えなかったけど、ランキングが同じくらいだし……どうだ?」
コウはあっ、という顔をする。
「やっぱりそうか。それで、君はそのランクをどうやって……すまんが君のジョブを教えてくれないか? あ…、いや、それよりも回復系のスキルをとっているか?」
「──え……、い、いえ」
マハムードは、コウのランキングを見て、どうやってその順位になったのか、何を倒してポイントを稼いだのかが気になった。
そしてジョブに興味が湧いたのだが、ふと、そこで例の回復師が頭を過った。
「そか…。 だが、そのランキングはすごいな……521位か。しかもノービス……職業は? いや、もう先遣隊に入らないか?」
マハムードは早口で捲し立てる。
「………」
ただ犯罪者を引き渡すだけだと思っていたコウは呆気にとられていた。
「ちょっと、マハムード!彼困ってるじゃない!
ごめんなさいね。彼は上位ランカーを見るとすぐ興奮しちゃうから。──とりあえず、今は移送だけしかできないんだから帰るわよ。 手続きもしなくちゃ」
と、サルマ。
「そうだな。とりあえず今から一緒に先遣隊宿舎へ来てくれるか? あの犯罪者のことも聞きたいし」
「あー…わかりました」
これからハキムとマドカを探しに行こうとしているコウにはあまり時間はなく、できればそうしたくはなかったのだが。
「そうか! ありがとう!あまり時間はとらせないからさ」
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