聖母のように笑う

結崎悠菜@w@

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母ではあるが

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 母は母親のことを知らない。
そのことを知ったのは中学二年生の時である。

 「あなたを愛せている自信が無い」
 口論の際に母から出た言葉に、私はショックを受けた。
「あんたは川から拾ってきた」などの親が子に脅しのようにつかう常套句を、私は今まで言われたことがなかった。
ワガママを言った時でも、母は決まって困った顔で眉を固くしながら笑うだけだった。
そんな母が、受験に関する口論の流れでそこまで言うなんて信じられなかった。
しかし、その申し訳なさそうな泣き出しそうな顔を見ているとどんどんと現実味を持っていった。
口論の続きをする気にはならなかった。
 「お父さんと愛し合って私が生まれたんだよね?」
 いつ思考が停止してしまうか分からない。
自分の存在を母によって不確かなモノにされるのが恐ろしくて仕方が無かった。
  「ええ、そうよ。そうなのだけれど...」
 今までの母が崩れていくような気がした。
いつも玄関でお見送りしてくれる母。学校行事には必ず参加してくれる母。誰のより可愛く美味しいお弁当を遠足に持たせてくれる母。女の子なのだから、と口煩く繰り返すが心配してくれる母。
 「わからないの」
 目の前で泣き崩れてしまった人は母ではない、知らない女の人だった。
そう認識してしまえば頭も心も楽になった。
近くの椅子に座らせ、片付け途中だったタオルを一枚取ってその人に渡した。
温かい飲み物でも用意しようか、そう思ったが涙が止まった女性を見て、時間が惜しくなった。
さっと冷蔵庫から麦茶をとり二人分注いで、対面に座った。
 「思うところがあるなら話してください」
 女の人は初めての敬語に戸惑うどころか、先程より落ち着いたように見えた。
 それから語り出されたのは、幼い頃の話だった。
先程の言葉とは少し矛盾するが、母にも母がいた。
私も母方の祖母として数回あったことがある。
中学時代も、そして今も、葬式をした覚えがないので生きてはいるはずだ。
それほど私にとって、この家族にとって、馴染みのない人である。
それは、母にとってもそうであった。
話によると、一人娘である母を省みることなく自由に自分の人生を謳歌していたようだった。
代わりに父親は仕事も家事もこなしてくれたが、学校に関することに関わることはなかったという。
その家庭で育った母は、生み出し育ててくれた恩を父親に感じることはあれど、母親のことは父親を困らせる存在としか認識できなかったのだと。
 そこまで聞いてこの人は母親というものを知らないのだと知った。
それにしては、母親らしく振舞ってくれた。
そのことがどうしようも悲しくなって、同時に嬉しくなって、声をかけた。
 「あなたは私のお母さんで、私はお母さんだと思っていて、とても大事だと感じています。私はあなたの子どもです。今まで大事にしてきてもらったと感じています。あなたが自身で分からずとも、私はあなたに愛されてきました。私が、あなたの愛です」
 母はまた涙を零したが、申し訳なさそうな表情ではなくなっていた。
今まで見てきたどの母の表情より子どもっぽく、でも母らしく、母親なのだと感じる笑顔だった。
 
 それからの母は友達のように振る舞った。
けれど、絆は母娘のものになっていた。
早く母に思ってもらいたい。母になってよかったと。
きっと大丈夫、と大きくなったお腹を撫でた。

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