聖母のように笑う

結崎悠菜@w@

文字の大きさ
10 / 12
母ではあるが

誰がために生きる

しおりを挟む

 私の家族は私に対して無関心だった。
私のことが嫌いなわけでなく、ただ忙しくて手一杯だったのかもしれない。
そう思えたのは、中学に入ってすぐの話だ。
私が生理痛で倒れてしまった時である。
小五の頃から生理はきていたが、違和感と不快感があるだけだったので、自分に生理痛は無いのだと思っていた。
しかし、はじめての生理痛はその予測を裏切り重かった。
突然の痛みに気を失うほどに。
 家族全員が心配し、母と姉は交互についてくれ、三日目には産婦人科まで付き添ってもくれた。
友達も生理の重い子が多く、飲んでいる薬を勧めたり気を使ったりしてくれた。
痛みや苦しみが続けど、少し慣れると喜びが強くなった。
「人に見てもらえるというのは、こんなに嬉しいものなのか」
初めてじわじわと痺れるような、強い幸福感を感じた。

 それから私は貪欲になった。
もっとみんなに見て欲しくて、心配してもらいたくて、頑張る様を褒めてもらいたくなった。
薬によって症状が緩和してからも生理痛で気を引き、病気や怪我も大袈裟に痛がった。
何人かは呆れて去っていったが、元から内気な私が嘘をつくと思えなかったのか、ほとんど信じてくれた。
 こんなに、こんなに幸せになれるんだ。
今までテストの点数も成績も、頑張っているのに姉や兄の優秀さに埋もれてまともに見てもらえなかった。
先生も手のかかる子につきっきりだった。
そんな世界でようやく、幸せになる方法を見つけたのだった。

 一応大学は出ておきなさい、そう言われて大学にいき、卒業後結婚した。
高校時代に出逢った年上の彼は、いつでも私を第一に考えてくれた。
内気かつ努力の結果が大きくはでない、そんな素の私を愛してくれた。
結婚して一年は、本当に幸せだった。
してあげたいことをするだけでお互い幸せになれた。
しかし、二年目に入って変わってしまった。

 子どもが産まれた。
とても可愛い女の子なのだが旦那より私に似ていることに、少し胸騒ぎがした。
 子どもの誕生により、もっと頑張らなくてはと旦那の仕事量は増えていった。
そして数少ない休みの日は娘につきっきりで可愛がる。
私自身も疲れてそれどころではないが、日に日に旦那が私を見る頻度は減っていった。
の夜泣きには寛容だけれど、仕事の疲れからか、私への当たりは強くなったように感じられた。
こんなはずじゃなかった、娘が静かになったわずかな時間に思うのは、そんなことばかりだった。

 娘が一歳になり不安定な気温が続いた時、娘は風邪をひいた。
病院に連れて行くと、みるみるうちに熱が上がり、はやめに連れてきてくれてよかった、と医者にいわれた。
寝る間も惜しんで看病したおかげか、二日後には全快した。
病院に行く時にバタバタしたこともあり、近所の人も気にかけてくれていて、看病の頑張りを褒めてくれた。
ちょっと遅ければ後遺症が残ったかもしれない、医者の言葉をそのまま伝えると、旦那はよくやったと抱きしめてくれた。
久しぶりの抱擁に、私はまた幸せを求め始めた
この時、気づいてしまったのだ。
「子どもの看病で私は幸せを得られる」と。

 それからの私はひどいものだった。
ただ、その当時は目の前の幸せに必死で何も思わなかった。
子どもが病気になるのを今か今かと待ち、周りに大袈裟に話しながら看病をした。
それだけならまだ悪くはなかったが、終いにはお風呂の温度やエアコンの設定などを故意にいじるようになっていった。
どんどん昔の私に似ていく子に、罪悪感は抱かなかった。
自分の身をすり減らしていた時代と同じことをしているだけだと感じるようになっていた。
まんまと子どもは風邪をひいたり他の病にもかかりやすくなった。
「この子は病弱で...」
そういうだけで怪しまれず、気にかけてもらえた。
歪んでいても、とても幸せに感じられた。
しかし、5歳になる時、早く帰ってきた旦那に気づかれてしまった。
旦那は憤慨し、一度頭を冷やせと私を実家に送り返した。
冷静になってから考えると、即離婚を突きつけられなかったのは不思議なぐらいだった。

 実家に残っていたのは両親だけで、毎日毎日「どこで育て方を間違ったのか」と言われ続けた。
正しい育て方などわからないが、私が家族からもらえた幸せが「心配」だけだったのは間違いない無かった。
それでも、今回の件に両親は関係ない。
責められる度に、考える度に、自分が人としておかしいのだと自覚していった。
 一週間が経とうとした時、旦那から手紙が届いた。
この時はもう離婚されるのだろうと思ってきていた。
とうとうかと封をあけると、少し汚く折りたたまれている画用紙と、白い便箋が入っていた。
惹かれるように画用紙を開くとクレヨンで大きな字が書かれていた。
「まま、だいすき!はやくかえってきてね!」
娘の字だった。
こんな害しかない人間でも、このにとっては母親なのだ。
涙がとめどなく流れる。
申し訳ないのに、謝らなきゃいけないのに、嬉しくて仕方が無い。
私は、母なのだ。
この子がいるから私は母なのだ。
ただのダメ人間ではなく、母なのだ。
噛み締めながら便箋を開くと、旦那の几帳面な文字が流れるように書かれていた。
「君を許すことができるかはわからない。でも娘には君が必要だ。医者に通うなら離婚は考えない。」
他にも近状などが綴られていたが、この三行に私は感謝した。
私はまだ娘の母でいられる。
チャンスをくれたこののために、旦那のために、第二の人生を歩むと決めた。
母としての人生を。


 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

『紅茶の香りが消えた午後に』

柴田はつみ
恋愛
穏やかで控えめな公爵令嬢リディアの唯一の楽しみは、幼なじみの公爵アーヴィンと過ごす午後の茶会だった。 けれど、近隣に越してきた伯爵令嬢ミレーユが明るく距離を詰めてくるたび、二人の時間は少しずつ失われていく。 誤解と沈黙、そして抑えた想いの裏で、すれ違う恋の行方は——。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

[完結]本当にバカね

シマ
恋愛
私には幼い頃から婚約者がいる。 この国の子供は貴族、平民問わず試験に合格すれば通えるサラタル学園がある。 貴族は落ちたら恥とまで言われる学園で出会った平民と恋に落ちた婚約者。 入婿の貴方が私を見下すとは良い度胸ね。 私を敵に回したら、どうなるか分からせてあげる。

処理中です...