陰陽師・恭仁京上総の憂鬱

藤極京子

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第弍章

 一、時は其に泪と懐中を

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 桃色の着物に赤い大きなリボンを頭に着けた幼児おさなご
 えんえん、大きな声で泣いて踞っている。
 顔は見えない。
 こんなに号泣しているのだ怪我でもしているかもしれない、と手足を動かして近付こうとしたのだが、どうした訳か一向に近付けない。況してや手足の感覚も無い。
 無いと気付いて自分を見ると、どうやら霊体のようなものになっているようだ。
 驚きはしない。
 よくあること。
 よくあって、今見ている光景は夢なのだと分かる。
 と、すれば、あの泣いている幼児は
 七歳迄男児は女の、女児は男の格好をさせられる風習。
 魔除けだ。
 今は余り見掛けられないが、昔はこの地域のどの家庭でもやっていたらしい。
 現代社会が進むにつれ風習は消え去りつつあるが、恭仁京家はどうしてもお家柄のせいで残っているし、今後も伝統を無くしたりはしないであろう。
 桃色の着物は当時自分のお気に入りだった。
 過去を見ている。
 景色を眺めれば、懐かしい。
 きっとあの家の中には父がいる。
 幼児の背後の竹林の中には仲の良い妖怪達がいる。
 しかし、幼児が泣いているのに父も妖怪達も出て来てくれないのは、のせい。
 『――……』
 ――
 あれとは何だろう?
 自分で云っておいて分からない。
 『上総ちゃん?』
 声がした。
 ザワザワと竹林が騒ぐ。
 喜びのざわめき。
 『にぃに!』
 泣いていた幼児は顔を上げて声の主を探す。
 ――にぃに?
 自分に兄はいない。
 誰だ?
 誰だっけ?
 幼い自分を追って声の主を見た。
 『上総ちゃん、どうしたの?』
 背丈は自分より僅かに低い。
 しかし、ブレザーの学生服からして中学生であろうか。
 この辺りでは見たことの無い制服ではあるが、皺もなくきっちりと身に纏っている。
 もしかしたら、名門中学校なのではなかろうか。
 そんな清潔感がある。
 だが、顔は見えない。
 少年の顔にだけ黒い靄がかかっている。
 『にぃに!』
 幼い自分は少年に容赦無く抱き着くと、どこから出てきたのかすねこすりも駆け出して来て少年の頭に乗っかった。
 ――なんだ、この光景は?
 平和な光景なのに、何故少年にだけ?
 あれだけ泣いていた幼児は少年に抱き着くと笑顔に変わり、泣いていたことがまるで嘘のようだ。
 暖かい風が子供達を守っている。
 良く晴れた天気。
 空を見上げれば雲一つ無く、白い太陽が静かに見下ろしている。
 ――ああ、そうだ。
 思い出した。
 この幸せな光景は数時間と持たない。
 ――のせい。
 余りに残虐な事件が起きて、恐怖で忘れようとした。
 忘れた、知らない振りをしていた。
 当時、僕は三歳。
 この少年は十三歳。
 従兄弟で、少年の父親は僕の父の兄。
 この日を境に父は行方不明になる。
 ――のせいで。
 目の前で幼い僕と少年とすねこすりが楽しそうに遊んでいる。
 ――ああ、早く……。
 手を伸ばした。
 これは夢。
 ――早く……。
 手を伸ばしても空を掴むだけで、僕の想いは伝わらないのだと知っている。知っているが、過去が変わるのなら、変えられるのなら、何が何でも掴みたい。
 でないと、彼は……。
 過去が甦る。
 閉ざし封印していた心の奥底の、触れてはならぬ過去が。
 『お兄ちゃん……』
 伸ばした手が少年の細い肩を掴む。
 『!?』
 『どうしたの?』
 『に……逃げて……早く……』
 『どうしたの? 上総ちゃん』
 ――逃げて、早く。一刻も早く。
 『が……が……』
 首を傾げている。
 ああ、知らないんだ。彼も知らされていない。
 なんて残酷なんだ。
 大人はなんて……。
 『大丈夫だよ、上総ちゃん』
 『え?』
 『僕はお兄さんだから、上総ちゃんを守ってあげるからね』
 ――ああ、駄目だ、駄目なんだ。
 大老會の目的は彼。僕じゃない。
 だから、呼び出されたんだ。
 
 大人達の囁きが聞こえる。
 『産まれる』
 『産まれてしまう』
 『だが、今回は』
 『ああ、そう今回は』
 『姶良がいる』
 『姶良に全てを』
 『あれの封印を』
 『姶良に呪を……』
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