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第弍章
九、呪
しおりを挟む上総は突然の事に頭が追い付いていない。
横に大老會の會長の美舟が座り、前には包帯がチラチラと見える健司が座っている。
ここは壮介達のマンションのリビング。
先日上総が悪鬼を祓った部屋だ。
今朝方、恭仁京家に突然美舟が護衛も付けずやって来たかと驚いていると、壮介の家に連れて行け、と命令された。
言葉の通り、命令、である。
有無を云わさぬ態度は相変わらずで、それは壮介達を前にしても変えることはないようだ。
壮介がお茶菓子を用意している間が上総は一番辛かった。
いや、健司はそれ以上に居心地が悪かったのではないだろうか。
体調が万全でないのに無理矢理リビングに引っ張られ、無言で美舟が見てくる。
本当に無言で、品定めするように。
多分壮介が席に着かないと話が始まらないのだろうが、何もそんな険しい目付きでジロジロと見なくてもいいだろうに、上総は健司に申し訳無く思ったが、何が楽しいのか、健司はニコニコしている。
――もしかしたら。
上総は前言を撤回した。
居心地が悪いのは上総だけではなかろうか。
健司が壮介の手伝いをしようとすると幼馴染みは止めるし、上総が同じ立場だったらひたすらどうでもいい話をして、余計に場を白けさせるのがオチであろうが、彼は会話をしていなくても終始笑顔を崩さなかった。
ブルーの寝間着に髪の毛は軽く整えてはいるが、ずっと寝ていたのだろう、完全には寝癖は直っていない。頬や首に絆創膏と包帯が見える。
『待たせたな、済まない』
お茶菓子を持ってきて謝るのは、美舟でなく健司に云っているのだろう。
『大丈夫か?』
席に座りながら同居人の顔色を確認した。
『ん』
笑顔で応えると、壮介は諦めたように溜め息を吐いた。
突然の来訪に、壮介の機嫌が悪い。
『それで? 何の用ですか、大老會の會長さん』
険のある声だ。
その声に隣の健司が漸く笑顔を変えて、少し驚いた表情を壮介に向けた。
機嫌が悪いのに気付かなかったようだ。
『非礼は許してほしい』
美舟の言葉に、自覚あるんだ、と上総も驚いた。
『まずは幾度も恭仁京の事件に捲き込んでしまったことを謝罪したい』
美舟が頭を下げたので上総も倣って頭を下げた。
『えっと、治療費払ってくれてるし、丁度学校が長期休暇中だったから俺としては會長さんがいらっしゃってくださらなくても……まぁ仕事は溜まっちゃいましたが……』
『健、お前は喋るな』
確かに喋らない方が良い。
健司の人柄に上総は笑みを溢さずにはいられなかった。
『ええ? 何でさ? 怪我したのは俺だぞ!』
『健だと全てを許してしまうだろうが』
『許すって何だ? 俺別に怒ってない』
『だからだ。全く、教師のくせに頭緩すぎだ』
『は? 壮介、それは怒るぞ』
『せ、先生! 落ち着いて、怪我に触ります』
上総がテーブルに身を乗り出し、健司の身体を押さえた。
『喧嘩は後にしていただきたいのだが?』
美舟の冷めた声に、健司は素直に謝って落ち込んでしまった。
『二つの事象について話をさせてもらうが、良いか?』
『謝罪ではないのか?』
そうだ、と美舟は頭を上下に動かした。
『単刀直入に云うならば、お前達が関わった二つの事象は一つに繋がっているし、関係もある』
それは上総も初耳だ。
『二つの事象の大元にいるのが『六徳会』と云うのだが聞いたことは?』
壮介はある。
健司は首を傾げている。
『六徳会とは、関東での我等と同じような組織のことだ。しかし近年不穏な動きを見せていて、今までは関東の陰陽師のみを総括していたのが、それ以外の人間も入れるようになった』
『それ以外?』
テーブルに包帯まみれの両腕を乗せ、健司は尋ねた。
『云ってしまえば、裏で暗躍する者達を引き入れている』
『裏で暗躍って今の時代そんな者が?』
スパイや暗殺者等凡そ世間の陽の光を浴びることの出来ない者達が、意外にもうじゃうじゃと存在している。そんな人間や妖怪達を六徳会は束ね出したのだ。
『何故そんなことを?』
壮介は蒼冷めた。
『まだ、そこまでは掴めていない。だが、一つだけはっきりとしていることがある』
ふと、美舟は健司を見た。
見て、視線を彼の手元にやる。
『六徳会は恭仁京の縁者である恭仁京姶良を探している』
『!』
白い巨大な犬が名前を云っていた。
『生憎我等大老會も姶良の所在を掴めぬままでいる。だが六徳会が姶良を探している理由も分かっていてな、早急にこちらでも姶良を見付けて保護しなければならぬのだ。これは一刻を争う』
敢えて美舟は言葉にはしなかったが、国政府が懸念している。極秘で六徳会を危険分子と見なし早々の処分を下すと、大老會ではこれを受け、選りすぐりの陰陽師達を関東に向かわせた。
『何故姶良を探しているのか。それは姶良の中に非常に危険な『呪』が眠っているからだ』
『しゅ?』
『呪いだ。恭仁京家に付き纏う呪い。それを姶良は身体に封じている。六徳会はその呪を利用して政府転覆を狙っておる』
いきなり話が大きくなり過ぎて皆が困惑を隠せないでいるのに対して、美舟は変わらず淡々と話を進めている。
千年も昔、平安の時分、恭仁京の始祖は陰陽寮に属する一陰陽師でしかなかった。
師はかの大陰陽師と謳われる男。
しかし、経緯は不明だが師である大陰陽師の怒りを買ってしまった始祖は、強力な呪を受けてしまったという。
『呪はどれだけ消しても必ず十年後には蘇り、恭仁京を地獄に落としてくる。歴代の当主が必死になって解除方法を探し実行しようとも、全てが無駄になっていった』
――お父さんも……。
『恭仁京? 大丈夫か?』
頭を抱えていた上総に教師は声を掛けた。
『大丈夫、です……』
行方不明になった。
十年前――。
呪が出現した、あの日。
人殺しの罪を背負って――。
――人殺し……誰を殺害したんだ?
『あの、美舟様――父は……恭仁京甲斐は……誰を殺害したんですか?』
『!?』
壮介と健司は驚いている。
『それを今訊いて、何とする?』
『分かりません。分からないんですが、この前昔の夢を見たんです。多分十年前、父が失踪した時の夢……』
『それは後で聞く。今はこの二人に私が話をしている』
『あ……ご、ごめんなさい……』
『――恭仁京家の呪は陰陽師の間でも囁かれていて、私も親から聞かされたことがある。当主や関係者がその度に死んでいるんだろ? よく恭仁京家は千年もの間絶えずにあったな』
壮介は腕を前に組み、息を漏らした。
『確かに被害はいつも甚大だ。死者も多い。だが、必ず当主が死ぬ訳ではない』
恭仁京を支える意味で大老會が発足し、規模を拡大した。
『姶良についてだが、過去二度、呪を封じているのだ』
『え!?』
『仕組みは分からぬ。大老會でもとんと検討が付かぬのだが、三つの時と十三の時に出現した呪を己の中に封じた。だから大老會はどうしても早急に姶良を見つけたい』
『まさか――今年が十年目?』
上総を見る健司の問いに、そうだ、と美舟が頷く。
『生きていれば二三歳……?』
『あの犬は元々姶良の識神であった。封印されていたのを六徳会の人間に奪われてな、鼻の利く犬だからと利用されていたのだ。先日の悪鬼の件では、上総を餌に姶良を炙り出そうとして人一人を死にやった』
『そ、そうだったんですか』
『そんな……』
上総と健司は衝撃を隠せない。
『たかだか人間の霊が一週間もしないて悪鬼と化す筈なかろう? あれも六徳会が仕組んだものだ』
『しかし姶良を炙り出すって。どこにいるのかも分からない人間なんだろ?』
『そう、かなり低い確率でしかない。だが……出て来てほしくない時に出て来る愚かな奴だ』
美舟は少し寂しそうに顔を曇らせた。
『上総を手助けした』
『やっぱり……』
『上総君、気付いていたのか?』
『はい。経験の少ない僕があの悪鬼を祓うのはほぼ難しいんです。先生には申し訳無いんですが、失敗に終わる可能性が高かった。なのに』
『あっさり成功したな』
壮介は口をへの字に曲げている。
『違和感が残ったのは、それだった訳か』
壮介も思っていたようだ。
当事者の健司は落ち込む上総の頭に手を伸ばし撫でた。
『恭仁京、助けてくれてありがとう』
『え?』
『まだ、お礼云えてなかったからさ』
『あ……』
上総の大きな瞳から涙が溢れ出た。
『ああ、本当に泣き虫なんだからなぁ、恭仁京は』
ゴシゴシと頬を流れる涙を拭ってやる。
『六徳会も姶良の介入に気付いている』
美舟は二人を無視して壮介に話し始めた。
『まぁ、私が違和感を覚えたんだ。プロは簡単に見抜けるのだろうな』
美舟は、それだけではない、と首を振って壮介と健司を交互に見た。
『六徳会はお前達のうち、どちらかが恭仁京姶良である、と踏んでいる』
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