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第参章
一、懐かしき記憶の響
しおりを挟む新学期が始まっても上総は学校に行けずに悶々と過ごしていた。
あれ以降壮介と健司に会えていない。
『きゅううう?』
すねちゃんが上総に構って欲しくて脛を擦ってくる。
仕事も大老會によって減らされてしまったし美舟の許可が下りなければ外出も出来ず、暇を持て余していた。
『電話してみようかな?』
健司は仕事でいないだろうが壮介の仕事場は自宅だ、昼過ぎだからいるだろう。
トントントン、と一階の電話まで軽快に足を運んだ。
仕事が無いからか、普段よりも家の中が静かだ。
美嘉も左京も右京もいない。
広い家の中では母の綾乃がどこにいるのかも分からない。大抵は台所で料理の研究をしていることが多いが。
なんだか自分の家であって、そうじゃないような不思議な感覚が身体中を巡る。
『――……』
玄関側に昔ながらの電話台に黒電話。
小さい頃はジリジリとダイヤルを回すのが好きで、どこに電話するでもないのに回しては、祖母に怒られたものだ。
受話器に手を掛ける。
『――……?』
すぐ横の玄関に人の気配がした。
しかし、人はいない。
――なんだろ?
妖怪や他の気配なら別に無視をすればいいが、人の気配となると話は別だ。飛び込みの依頼人かもしれない。
電話をするのをやめ、上総は玄関の外に出た。
玄関を出ると右手に広い日本庭園が広がり、先には竹林と例の蔵がある。
見える範囲を眺めたが、人はいない。
たまに専属の庭師親子が庭を手入れしてくれているが、今日は来ていないようだ。
優雅な錦鯉が数匹泳いでいる池もあり、池の真ん中には石灯篭が立ち、夜になれば灯りが点る。
庭とは反対側の左手は石畳が門へと導く。
二メートル強の高い塀に囲まれ、そこには大老會によって結界が張られていた。本来は当主の上総の役目らしいが、結界を保ったまま日常を暮らすのはまだ至難の技だ。
観音開きの門は閉ざされ、鍵も締まっている。
『さっきの気配はなんだったんだろ?』
今はすっかり気配は無い。
つと、門を触る。
強固な結界は変わらず機能している。
人間は通れるが、許可された妖怪以外は何人も通れない。
『上総……』
『!?』
突然の声にびっくりして門から距離を取った。
『上総……いるのか?』
――誰だ?
知らない男の声。
『上総なんだろ?』
門の外。
優しい声。
一瞬あの教師かとも思ったが、年齢はもっと上な気がする。
『上総、私だ』
『……』
恭仁京の当主を惑わす妖の可能性が高い。
しかし……。
妖怪の類の気配ではない。
一体何者なのか頭の中を巡らせていると、考えているのが分かったのか向こうから正体を明かした。
『忘れてしまったか……私だよ、上総。お前の父親だ』
『お父さん!?』
思わず声を出してしまった。
父親だと名乗る者は上総の声が聞けて嬉しいのか、笑った。
――ああ、そうだ。この声確かに……。
記憶の片隅に僅かに残る父親の記憶。
上総が両手を伸ばしてねだれば、いつも笑いながら抱っこをしてくれる。
『上総』
記憶が鮮明に呼び起こされた。
銀縁眼鏡の奥はいつも笑顔で、背の高い父の顔を見上げると太陽が眩しくて……でも、どうしても父の笑顔が見たい上総は抱っこをせがむ。せがんで、抱き着いて、離れたくないとイヤイヤ首を振る。
この人は陰陽師に向いていない人だった。
優しすぎたのだ。
『上総……ごめんな、辛い想いをさせて』
父親の声が現実に戻した。
『お……お父さん? 本当に?』
分からない。
人の気配でも妖の気配でもないのだから。
十年前呪が出現した日に行方不明になった、その原因を上総は知らなかった。
その場に居たのは居たのだろうが当時はまだ三歳だったのだ、難しい事は流石に記憶していない。
『上総、ここを開けてくれないか?』
『ここを……』
門に触れる。
ここを、結界を……。
――ああ、お父さんは……。
もうこの世の者ではないのだ。
『ここを開けて顔を見せてくれ。お前が成長した姿を見たい』
『――お父さん、それは……出来ません……』
『……』
向こう側は何も音がしない。
衣擦れも人間の息遣いも、人の発する空気も。
何も無い。
――お父さん……。
ポロポロと涙が溢れる。
――会いたい。
門に触れた手が握りこぶしになる。
『……よく我慢したな、上総。良く出来ました』
『……っう!!』
褒めてくれる時に云ってくれる魔法の言葉。
魔法の言葉が欲しくて母の手伝いを率先した。
――会いたい。
『上総……』
優しい声。
『相変わらず泣き虫なんだな』
小さく笑っている。
――会いたい。
『安心したよ。ちゃんと大きくなっているんだね』
『お、お父さんっ!』
『開けるな』
『!!』
開けようとしてしまった上総を父親は止めた。
『開けてはいけないよ』
『で、でもっ!』
――会いたい。
『上総、ありがとう……こんな父でも慕ってくれるのだな』
だったら尚更、と続ける。
『聞いてくれ、上総』
『……は、はい……』
『呪が産まれるまで時間が無い。大老會はまた姶良君に呪を封印しようと考えているようだが、彼の身体は無限ではない、限界がある』
決められた器の中に水を大量に入れて溢れてしまうように、人の身体に二つもの呪が既に入っているのだ、それも強大な。ただでさえ不可能と思われる封印を人の身で抑え生きている、そんな中にもう一つ呪を入れるのは人を人と見ていない証拠だった。
『お父さん……お父さんは姶良が誰だか知っているんですか?』
『知っているよ。上総はちっちゃい時に一度しか会ってないから忘れてしまったのだね?』
『誰……ですか?』
『……姶良君に伝えてくれ』
『お父さん?』
――嫌だ。
分かる。
もうすぐ消えてしまう。
――行かないで……。
『恭仁京の地に足を入れるな、と……』
声が小さくなる。
『お父さん、待って!』
――会いたい、会いたい。
――行かないで。
『上総……今度は上総がお母さんを守る番だよ』
『うん、うんっ! だからっ!』
『だから強くなるんだ』
『!!』
抱っこは出来ないけど、抱き締めて欲しい。父の腕の中で父の温もりを記憶に残したい。
『上総……』
――嫌だ。
『声が聞けて嬉しかった。私の存在は消えてしまうだろうが、お前達を見守っているよ……』
『嫌だ! お父さん!! 行かないでっ!』
――お母さんだって、会いたい筈だ。
『お母さん呼んで来るから! まだ行かないでっ!』
玄関へ走る。
早く早く。
――お母さん! お父さんだよっ!
気持ちが先走って足が縺れる。
――お母さんっ! 早く、早く!
『お母さんっ!!』
泣きじゃくりながら叫ぶ。
『ありがとう』
『――っ!!』
背後で聞こえた。
振り返ると門の向こう側が光っていた。
天へと光が昇って行く。
『お父さんっ!!』
叫んでも叫んでも、あの優しい声はもう聴けない。
『お父さんっ!!』
あの優しい笑顔は見られない。
泣きじゃくり何度も父を呼ぶ上総を、外へ出てきた綾乃は悟り、静かに抱き締めた。
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