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誘拐
しおりを挟む……目が覚めたら、知らない部屋にいた。
木製の簡易なベッドと椅子。昨日広げた荷物が床に置きっぱなしになっている。そこで思い出した。
そういえば新しい宿で過ごしたんだった、と。
同時に片付けてなかったな、と気づいて、でもモゾモゾと寝返りをうつ。
「あとでやろう……」
昨日スフラギドに入って宿を取って、しばらく滞在するって話になっていた。だから急いで片付ける必要はない。
けど代わりに、街で噂を聞き込みしないといけないんだった。
面倒なことを思い出して、とりあえず、とベッドから下りることにする。いつバルさんが迎えにくるかわからない。とにかく身支度だけ済ませておこうと洗面所に向かう。
「うぅ~……」
鏡に映る自分は、ずいぶんヨレヨレになっていた。鏡面はところどころ錆びているはずなのに、私の寝癖は隠せない。それどころか服もシワシワ。昨夜、食事を終えてそのまま寝てしまったような気がする。
これではいけないと、軽くシャワー室でシャワーを浴びることにした。手早く済ませて、タオルで体の水気を拭き取る。一通り身支度を終えたタイミングで、ノック音が響いた。
「はーい」
応えながら部屋のドアノブに手を伸ばす。開けると、そこにはルナさんが立っていた。どこか困ったように眉を寄せている。
「悪いが、すぐに出たい。行けるか?」
ただ事ではない雰囲気。思わず聞く。
「何かあったんですか?」
準備は終えていたから問題はないけど、いったい何ごとだろうと不思議に思う。でもすぐに、ハタと気がついた。
「あれ、そういえばバルさんは?」
キョロキョロ周囲を見ると、ルナさんが眉間の皺を深めた。
「昨夜から戻ってきていないんだ」
「一人で出かけたんですか?」
「ああ。ちょっと外の空気が吸いたいと言って……アイツも別に弱いわけじゃない。何かあってもどうにか出来るはずだと思う。だが朝になっても戻らないのはおかしい」
「たしかにそうですね」
大人だし魔術師だし、そもそも魔王だし。心配することはないと思うけど、ルナさんが見るからに動揺している。
行きそうなところを選び出しといたから、一緒に回って欲しいと地図を見せてきた。なにやら書き込みが多い。
今にも飛び出して行きそうな勢いで、私の腕を掴む。
「一番遠い場所への馬車がもうすぐ来る。行こう」
「ちょっと待ってください」
引っ張られそうになるのを逆に留めて、「あの!」と声をかけた。
こんな闇雲に探すなんて、非効率だ。だって私には分かるのだから。それを伝える。
「バルさんの居場所なら確実に分かる方法があります。……ただその前に、少しだけ時間をもらえませんか? 話があるんです」
いつになく真剣な顔でルナさんをジッと見る。彼は一瞬たじろいだものの、すぐに強く頷いた。
「わかった」
「では、私の部屋へ」
扉をさらに大きく開けて、中へ招く。ルナさんが中央にあるテーブルの椅子に腰かけたタイミングで、鞄から麻紙を取り出した。
時間がないから、ひとまず人探しの魔導術をルナさんに見せる。以前バルさんに見せたときと同じ手順のまま。
そして、三角の一方が指す方向へ視線を向けた。
「この先にバルさんがいるはずです」
「この先……? いや待ってくれ。今の紋章は」
私の展開した魔導術をマジマジと見るルナさんは信じられないように、その紋章へ手を伸ばした。そして、一言呟く。
「魔王の紋章……」
「黙っていてすみません。いずれ話すべきとは思っていたのですが」
そう前置きして事情を説明した。バルさんが魔王だということ。偶然それを知ったこと。あと、恐らく今すぐ敵になるとかはないと思うと言い添えて。
ルナさんはその青の髪を揺らして、頷く。
「オレもそれは疑っていない。敵になるつもりなら、とっくにそうしているだろう。むしろ今はこうして術が使えるようで助かるよ。これを辿れば奴らの……バルを連れ去った相手の元に行けるということだろ?」
「そうですけど……本当にいいんですか? 敵になるつもりがなくてもバルさんは魔王。助け出して、何かあったら……」
私の問いに間を置いて、彼はゆっくり口を開いた。
「正直、その心配はある。だが今は、とにかくアイツを助け出して、それから考えよう。話くらいなら出来るだろうから」
「ルナさん……」
その提案に内心ホッとする。同じ気持ちだったから。方針も決まったわけで、私はテーブルへ手をつき前のめりになった。
「どんな風に捕まってるかも気になりますからね。早速行きましょう! もしかしたら誘拐事件そのものを解決しちゃうかも!」
「ああ、そうだな。行こう」
立ち上がるルナさんが先に部屋を出る。私も三角の浮かぶ麻紙を両手で持って追いかける。
バルさんを探すために。
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