2 / 9
2
しおりを挟む
『ハッ! やっと厄介払いができるわ。いいこと? もう二度と戻ってくるんじゃないよ。それから! 絶対にレイアに迷惑かけないように』
ここまで育てた恩を忘れるんじゃないよ、と言われてラシーヌは送り出された。
ラシーヌの育ったソレーユ子爵家に婚姻指示書が届いたのは少し前。国から辺境伯領のヴァーガリア家に嫁げというものだった。
『お父様、お母様! 私は辺境になど行きたくありません! 皇都にいたいのです』
泣きついたのが姉のレイア。艶やかな薔薇色の髪は、緩やかに波打ち、肌はきめ細やかに整っている。
彼女は領地が遠いことと、ヴァーガリア辺境伯領のすぐそばにある地獄の陥没地について訴えた。
地獄の陥没地は活火山で、常に噴火し、麓のヴァーガリア辺境伯領は炎に包まれる恐れがある。ただ辺境伯の加護能力、氷華で守られていた。
けれどそんな風に命を握られているような状況では、自由に生きられないと泣きわめいた。
その訴えを受け入れ、夫妻は義妹のラシーヌを身代わりにすることに決めた。婚姻指示書にもソレーユ家嫡子とあったために、一度書類上でラシーヌを後継者と定め、その後すげ替えた。
そんなことを思い返していたら、ひとまず着替えを進めようと侍女のカナンが提案する。ラシーヌがそのまま側に行くと同じことを考えていたのか、彼女は溜め息を吐いた。
「それにしても奥様は酷い方です。身代わりだなんて……」
「仕方ないわ。私は実子ではないもの」
「そんなこと仰らないでください。先代様が悲しみますよ」
「……そうね。ごめんなさい」
ラシーヌは悲しげに長い睫をおろした。
先代──バンズ・ソレーユは50年程前に祖国からベルン皇国へ亡命していた。
もともと商才のあったバンズが皇国内で商いをし、最終的に爵位を買い、今のソレーユ子爵家となった。
当時、家門を継承したばかりの子爵家の夫婦には、レイアという一人娘がいた。だが、年老いたバンズがあるとき一人の赤子を連れてくる。それがラシーヌだった。
バンズは二人に養子として育てるように伝えた。
当然、夫婦は反発する。特に母親が拒否感を示した。すでに娘がいたこともあり、跡取りとなるような息子でもなく娘を育てろと言われたことに。
だが、地位確立のために奮闘した先代へ、頭の上がらなかった父親が最終的に受け入れる。そうしてラシーヌは子爵家で育てられたが、少し前、ラシーヌが18になる頃バンズは亡くなった。
それから状況は一変する。
ラシーヌは物置小屋に住まわされ、食事は一日一食。侍女は与えられなかったが、年の近いカナンが何かと隠れて世話をしていたためになんとか生き長らえた。
そうして今回の婚姻にもついてきたカナンを見る。室内着に着替えるラシーヌを手伝ったあと、彼女はウェディングドレスを片付け始めていた。
焦げ茶色の髪を緩く三つ編みにして、丸メガネに、ソレーユ家で支給されたお仕着せ。先代が口利きをして勤め始めた彼女は、平民の出らしい。
手際よくウェディングドレスを仕舞い終えて、振り返る。
すると同じタイミングで部屋の扉が叩かれた。
ここまで育てた恩を忘れるんじゃないよ、と言われてラシーヌは送り出された。
ラシーヌの育ったソレーユ子爵家に婚姻指示書が届いたのは少し前。国から辺境伯領のヴァーガリア家に嫁げというものだった。
『お父様、お母様! 私は辺境になど行きたくありません! 皇都にいたいのです』
泣きついたのが姉のレイア。艶やかな薔薇色の髪は、緩やかに波打ち、肌はきめ細やかに整っている。
彼女は領地が遠いことと、ヴァーガリア辺境伯領のすぐそばにある地獄の陥没地について訴えた。
地獄の陥没地は活火山で、常に噴火し、麓のヴァーガリア辺境伯領は炎に包まれる恐れがある。ただ辺境伯の加護能力、氷華で守られていた。
けれどそんな風に命を握られているような状況では、自由に生きられないと泣きわめいた。
その訴えを受け入れ、夫妻は義妹のラシーヌを身代わりにすることに決めた。婚姻指示書にもソレーユ家嫡子とあったために、一度書類上でラシーヌを後継者と定め、その後すげ替えた。
そんなことを思い返していたら、ひとまず着替えを進めようと侍女のカナンが提案する。ラシーヌがそのまま側に行くと同じことを考えていたのか、彼女は溜め息を吐いた。
「それにしても奥様は酷い方です。身代わりだなんて……」
「仕方ないわ。私は実子ではないもの」
「そんなこと仰らないでください。先代様が悲しみますよ」
「……そうね。ごめんなさい」
ラシーヌは悲しげに長い睫をおろした。
先代──バンズ・ソレーユは50年程前に祖国からベルン皇国へ亡命していた。
もともと商才のあったバンズが皇国内で商いをし、最終的に爵位を買い、今のソレーユ子爵家となった。
当時、家門を継承したばかりの子爵家の夫婦には、レイアという一人娘がいた。だが、年老いたバンズがあるとき一人の赤子を連れてくる。それがラシーヌだった。
バンズは二人に養子として育てるように伝えた。
当然、夫婦は反発する。特に母親が拒否感を示した。すでに娘がいたこともあり、跡取りとなるような息子でもなく娘を育てろと言われたことに。
だが、地位確立のために奮闘した先代へ、頭の上がらなかった父親が最終的に受け入れる。そうしてラシーヌは子爵家で育てられたが、少し前、ラシーヌが18になる頃バンズは亡くなった。
それから状況は一変する。
ラシーヌは物置小屋に住まわされ、食事は一日一食。侍女は与えられなかったが、年の近いカナンが何かと隠れて世話をしていたためになんとか生き長らえた。
そうして今回の婚姻にもついてきたカナンを見る。室内着に着替えるラシーヌを手伝ったあと、彼女はウェディングドレスを片付け始めていた。
焦げ茶色の髪を緩く三つ編みにして、丸メガネに、ソレーユ家で支給されたお仕着せ。先代が口利きをして勤め始めた彼女は、平民の出らしい。
手際よくウェディングドレスを仕舞い終えて、振り返る。
すると同じタイミングで部屋の扉が叩かれた。
42
あなたにおすすめの小説
酔っぱらい令嬢の英雄譚 ~チョコレートを食べていたら、いつの間にか第三王子を救っていたようです!~
ゆずこしょう
恋愛
婚約者と共に参加するはずだった、
夜会当日──
婚約者は「馬車の予約ができなかった」という理由で、
迎えに来ることはなかった。
そして王宮で彼女が目にしたのは、
婚約者と、見知らぬ女性が寄り添う姿。
領地存続のために婿が必要だったエヴァンジェリンは、
感情に流されることもなく、
淡々と婚約破棄の算段を立て始める。
目の前にあった美味しいチョコレートをつまみながら、
頭の中で、今後の算段を考えていると
別の修羅場が始まって──!?
その夜、ほんの少しお酒を口にしたことで、
エヴァンジェリンの評価と人生は、
思いもよらぬ方向へ転がり始める──
好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が
和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」
エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。
けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。
「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」
「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」
──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。
【完結】深く青く消えゆく
ここ
恋愛
ミッシェルは騎士を目指している。魔法が得意なため、魔法騎士が第一希望だ。日々父親に男らしくあれ、と鍛えられている。ミッシェルは真っ青な長い髪をしていて、顔立ちはかなり可愛らしい。背も高くない。そのことをからかわれることもある。そういうときは親友レオが助けてくれる。ミッシェルは親友の彼が大好きだ。
『嫌われ令嬢ですが、最終的に溺愛される予定です』
由香
恋愛
貴族令嬢エマは、自分が周囲から嫌われていると信じて疑わなかった。
婚約者である侯爵令息レオンからも距離を取られ、冷たい視線を向けられている――そう思っていたのに。
ある日、思いがけず聞いてしまった彼の本音。
「君を嫌ったことなど、一度もない」
それは誤解とすれ違いが重なっただけの、両片思いだった。
勘違いから始まる、甘くて優しい溺愛恋物語。
溺愛王子の甘すぎる花嫁~悪役令嬢を追放したら、毎日が新婚初夜になりました~
紅葉山参
恋愛
侯爵令嬢リーシャは、婚約者である第一王子ビヨンド様との結婚を心から待ち望んでいた。けれど、その幸福な未来を妬む者もいた。それが、リーシャの控えめな立場を馬鹿にし、王子を我が物にしようと画策した悪役令嬢ユーリーだった。
ある夜会で、ユーリーはビヨンド様の気を引こうと、リーシャを罠にかける。しかし、あなたの王子は、そんなつまらない小細工に騙されるほど愚かではなかった。愛するリーシャを信じ、王子はユーリーを即座に糾弾し、国外追放という厳しい処分を下す。
邪魔者が消え去った後、リーシャとビヨンド様の甘美な新婚生活が始まる。彼は、人前では厳格な王子として振る舞うけれど、私と二人きりになると、とろけるような甘さでリーシャを愛し尽くしてくれるの。
「私の可愛い妻よ、きみなしの人生なんて考えられない」
そう囁くビヨンド様に、私リーシャもまた、心も身体も預けてしまう。これは、障害が取り除かれたことで、むしろ加速度的に深まる、世界一甘くて幸せな夫婦の溺愛物語。新婚の王子妃として、私は彼の、そして王国の「最愛」として、毎日を幸福に満たされて生きていきます。
愛のない契約結婚~絶対に離婚するつもりだったのに、年下CEOに愛されすぎておかしくなりそう~
cheeery
恋愛
「絶対に離婚してみせる」
大手商社で最年少課長を務める桐谷美和は、過去の裏切りにより心を閉ざし仕事に生きてきた。
周囲から「氷の女」と恐れられる彼女だったが、ある日実家の会社が倒産の危機に瀕してしまう。
必要な額は八千万円。絶望する美和に救いの手を差し伸べたのは、新人部下の四宮怜だった。
「8000万、すぐに用意する代わりに結婚してください」
彼の実の正体は財閥の御曹司であり、うちの新社長!?
父を救うため、契約結婚をしたのだけれど……。
「借金を返済したら即離婚よ」
望まない男との結婚なんて必要ない。
愛なんて、そんな不確かなものを信じる気はこれっぽっちもないの。
私の目標はこの男と離婚すること、だけ──。
「離婚?それは無理でしょうね」
「借金のことなら私がどうにか……」
「そうじゃない。断言しよう、キミは必ず僕を好きになるよ」
ふざけんな。
絶対に好きになんてなるもんか。
そう誓う美和だったが、始まった新婚生活は予想外の連続で……。
家での四宮は甘い言葉を囁く溺愛夫で……!?
「あなたが可愛すぎてダメだ」
隙あらば触れてくる彼に、頑なだった美和の心も次第に乱されていく。
絶対に離婚したい妻VS絶対に逃がさない夫。
契約から始まった二人の恋の行方は──。
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛
三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。
「……ここは?」
か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。
顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。
私は一体、誰なのだろう?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる