替え玉の私に、その愛を注がないで…。~義姉の代わりに嫁いだ辺境伯へ、身を引くはずが……持ちかけられたのは溺愛契約。

翠月 瑠々奈

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 部屋の扉が数回ノックされて、カナンが返事をしてから出迎える。現れたのはソラティスの従者であるバルトネルだった。

 ピョンと跳ねた薄茶の髪に、翡翠色の瞳を柔らかく細めてカナンへ丁寧に頭を下げる。

「お待たせ致しました。夫人の部屋へ案内します。そちらで主がお待ちですので」
「ラシーヌ様、行きましょう」

 そう呼び掛けられて扉の近くへ向かう。バルトネルの言葉に、困惑を残しつつ彼女は首をかしげた。

「ソラティス様がお待ちなのね……」
「ええ、もちろん」

 バルトネルがニコッと笑って答える。ラシーヌはカナンと顔を見合わせ、一瞬戸惑ったものの、表情を引き締めうなずいた。

「わかりました。案内をお願いします」
「では、こちらに」

 そう先導する彼に二人はついていく。扉を出て、廊下に出るとひんやりとした空気が流れた。

 時刻はだいたい日の沈む頃。

 二人がヴァーガリア領に入ったのが朝。そこから式の準備を始め、軽い昼食を振る舞われたと思ったら、すぐ急かされるようにして結婚式をすることになった。あっという間の出来事だったと思いながら、進んでいく。

 視線の先に見える窓からは、薄暗くとも鮮やかな紅色の柔らかい光が差し込んでいる。そのまま外に目を向ければ、空には紺の闇が混じり始めていた。

「こちらで少しお待ちください」

 バルトネルが足を止め、そう言った。扉を叩いて返事を待つ。ほどなくして中から反応があったらしく、彼はその扉を開けた。

 その後、促されて二人が入る。

 中は品の良い調度品に囲まれていた。中央のソファに、軽装のソラティスが座っている。黒曜のような長い髪はおろされ、緋石に似た赤い瞳を三人に向ける。

 バルトネルに続いてラシーヌ、カナンと頭を下げた。ソラティスは挨拶はいいと、手を軽く前に出して止める。そしてラシーヌ以外、下がるよう指示した。

「バルトネル、侍女の部屋を案内してやれ」
「承知致しました。カナンさん、こちらへ」
「……っ」

 ラシーヌが不安げにカナンを見る。けれどカナンはスッと視線をそらして、ソラティスへ頭を下げた。

「姫様を……ラシーヌ様をよろしくお願いします」
「ああ」

 ソラティスからの返事を聞いて、再度バルトネルに促されるまま部屋を出ていく。

 パタンっと閉じた扉。二人がいなくなると部屋はシンと静まり返った。

 ソラティスがゆっくりと立ち上がり、ラシーヌのもとに行く。彼はそっとエスコートするように手を差し伸べた。

「そこでは寒いだろう。中に来なさい」
「……」

 けれど彼女は動けない。逡巡するように視線を動かし、一拍置いて思い切り息を吸ったラシーヌは勢いよく頭を下げた。結んでいない若草色の髪が、緩やかに肩口に落ちる。

「申し訳ありません!! あなたの望む花嫁ではなかったこと、心よりお詫び申し上げます」

 頭を下げるラシーヌに彼は視線を落とし、間を空けて、額に手を当て呟くように返した。

「……では、手紙が届いていないわけではなかったのだな」

 その言葉に彼女は躊躇いがちに顔を上げて、そして目を伏せゆっくりと頷いた。

「手紙も、たくさんの贈り物も全て姉のもとへ届いておりました」

 きっかけは結婚指示書だった。だが、ヴァーガリア辺境伯は誠実に対応していた。

 突然の話で困惑していることだろう、と気遣う手紙から互いを知っていこうと前向きな内容を、途切れることなく送っていた。

 そしてそれが段々と、感情が込められているかのような内容へと変わっていった。

 同じ頃、その想いを表すかのように贈り物も届き始める。ヴァーガリア領の特産品や、絹よりも繊細な雪糸せつめ織物や果物や他の食材。あるときは皇都の社交界で姉のレイアが特別豪華なドレスを着たいとお願いすると、すぐに手筈を整えた。

 その一連の流れをラシーヌが知っていたのは、手紙を返していたのが彼女だったから。

 もとより嫁ぐつもりなどなかったレイアは、届いた手紙など見てもいなかった。ただラシーヌに命令し、都合よく使っていただけだった。

 ラシーヌはその事情を飲み込むように唇を引き結ぶ。それを見たソラティスが一つ息を吐き出し「とにかく」と言う。

「話を聞く時間はいくらでもある。このまま体を冷やしてはいけない」
「わかり……ました」

 エスコートを受ける形で、ソラティスの手に手を重ねる。腰を抱かれるようにして、奥のソファへと連れていかれた。
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