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パチパチと弾ける暖炉の炎。ヴァーガリア領はそばの活火山から守るため、当主の加護能力を常に発動させている。
そのため街自体は年中、冷えきっていた。
ソラティスはラシーヌを座らせて、背もたれにかけておいたガウンを彼女の肩にかけた。
隣に座る彼は直前まで飲んでいたカップとは別に、もう一つ用意してティーポットから湯気立つ紅茶を注ぎ入れる。
「砂糖はいくつ必要だ?」
「え? あ……えっと。無しで構いません」
そう言ったものの「そうか」と返ってきた言葉に、一瞬迷ったラシーヌは思わずガシッとソラティスの腕を掴んだ。
驚いた彼が軽く目を見開く。
「どうした」
「あの、やっぱり2つ……いえ。3つ、入れてもらっても……?」
躊躇いがちにソラティスの顔を見上げる。緋色の目を瞬かせたあと彼は、フッと微笑んだ。
「構わない。これくらいのことは遠慮なく言ってくれ」
「すみません……」
俯いたその頬は羞恥に染まる。ラシーヌはソレーユ家の先代が亡くなった後、菓子類の甘いものを口にすることはほとんどなかった。
いきなり減らされた食事を分けて、なんとか食いつなぐ日々。カナンが持ってくるものも、日持ちのする保存食や硬いパンだった。
昼間にこの邸で出された軽食すら、簡単なものでゆっくり食べられてはいない。衝動的に甘いものを求めた自分を恥じて、けれど目の前にカップを置かれるとその香りにホッとした。
そのままソラティスを見ると、彼は飲むように勧める。ラシーヌはゆっくりと手を出して、カップを口元に持っていくと一口含んだ。
そして小さく息を吐く。
「美味しいです」
「それなら良かった。それで、話の続きになるが……あなたがここに来た理由を教えて欲しい。間違えたわけではないのだな?」
「……はい」
答えたラシーヌがポツリポツリと話し始めた。
婚姻を結びに現れたのが、指示書の姉でなかったことをまず謝罪する。そして姉に持病があり、皇都を出られないと伝えた。
義母の考えた筋書きを、ソラティスに話すラシーヌはどこか苦しげな表情をする。聞き終えて、彼は静かに一言「なるほど」と返した。
「……」
腕を組んで無言になるソラティス。ラシーヌは居たたまれない様子で、カップに口をつける。
しばらくして堪えきれなくなったのか、再び「申し訳ありません」と言う。
「ソラティス様が姉を愛しているのは知っています。ですがどうか、お許しいただけないでしょうか」
あれだけ贈り物をしていて、手紙にも静かな想いが乗せられていた。社交界で見かけた話や会話を交わした話に続けて──過ごせるときを楽しみにしている、と。
その内容を思い出して、ラシーヌはキュッと胸元を握る。
ソラティスは真剣な表情で返した。
「あなたは同じことを言われて納得出来るのか」
「それは……」
チラリとソラティスを見て、少しして首を横に振る。弱々しく答えた。
「……わかりません」
「わからない?」
「私にはまだ、そんな相手はおりません。育てられた環境でも、貴族であれば政略的に婚姻することはやむを得ないと教わりました」
先代がまだ生きていた頃、ラシーヌは一人の貴族として教育も受けていた。もしかすると跡取りをレイアではなく、ラシーヌにするつもりなのだろうか、と周囲が思うほど熱心に育てていた。
それも義母の気に障ったのだろう。先代亡き後、すぐに教師陣は引き上げられた。
ラシーヌの言葉にソラティスは、小さく息を吐いた。
「確かにあなたの考えは貴族として正しい。実際に今回も似た状況だ。だが、人としては同意しかねる。私はどうしてもレイア嬢を妻に迎える必要があった」
「……」
そう言いきられたことに、ラシーヌが顔を曇らせる。視線を落として「そうですよね」と返した。
「私と義姉では容姿も異なりますし、性格も……全てが姉には及びません」
レイアはラシーヌより二つ上だが、愛くるしい甘え上手な女性だった。先代に張り合う義母が、過剰に甘やかせたためでもあったが、それでも磨き上げられた容姿は皇都でも随一だと噂されていた。
対してラシーヌは先代亡き後、最低限の生活もままならず肌も髪質も劣っている。義母に言われたことだが、今さらながらそんな自分が義姉と代わろうなどと思うと血の気が引いていく。
だがソラティスは否定した。
「そんなことはない。あなたにはあなたの良さがある。だが、こちらにも事情が……」
遮るようにノック音が響く。ソラティスが立ち上がり、扉に向かう。訪ねたのはバルトネルだった。
彼は、食事の用意が出来たことを伝えにきたらしい。
ソラティスがラシーヌに声をかける。
「とりあえず続きは今度に。食事の準備が出来ているようだから来てくれるか」
「わかりました」
ラシーヌがゆったりと立ち上がり、ソラティスのもとに向かう。そのまま二人は部屋を後にした。
そのため街自体は年中、冷えきっていた。
ソラティスはラシーヌを座らせて、背もたれにかけておいたガウンを彼女の肩にかけた。
隣に座る彼は直前まで飲んでいたカップとは別に、もう一つ用意してティーポットから湯気立つ紅茶を注ぎ入れる。
「砂糖はいくつ必要だ?」
「え? あ……えっと。無しで構いません」
そう言ったものの「そうか」と返ってきた言葉に、一瞬迷ったラシーヌは思わずガシッとソラティスの腕を掴んだ。
驚いた彼が軽く目を見開く。
「どうした」
「あの、やっぱり2つ……いえ。3つ、入れてもらっても……?」
躊躇いがちにソラティスの顔を見上げる。緋色の目を瞬かせたあと彼は、フッと微笑んだ。
「構わない。これくらいのことは遠慮なく言ってくれ」
「すみません……」
俯いたその頬は羞恥に染まる。ラシーヌはソレーユ家の先代が亡くなった後、菓子類の甘いものを口にすることはほとんどなかった。
いきなり減らされた食事を分けて、なんとか食いつなぐ日々。カナンが持ってくるものも、日持ちのする保存食や硬いパンだった。
昼間にこの邸で出された軽食すら、簡単なものでゆっくり食べられてはいない。衝動的に甘いものを求めた自分を恥じて、けれど目の前にカップを置かれるとその香りにホッとした。
そのままソラティスを見ると、彼は飲むように勧める。ラシーヌはゆっくりと手を出して、カップを口元に持っていくと一口含んだ。
そして小さく息を吐く。
「美味しいです」
「それなら良かった。それで、話の続きになるが……あなたがここに来た理由を教えて欲しい。間違えたわけではないのだな?」
「……はい」
答えたラシーヌがポツリポツリと話し始めた。
婚姻を結びに現れたのが、指示書の姉でなかったことをまず謝罪する。そして姉に持病があり、皇都を出られないと伝えた。
義母の考えた筋書きを、ソラティスに話すラシーヌはどこか苦しげな表情をする。聞き終えて、彼は静かに一言「なるほど」と返した。
「……」
腕を組んで無言になるソラティス。ラシーヌは居たたまれない様子で、カップに口をつける。
しばらくして堪えきれなくなったのか、再び「申し訳ありません」と言う。
「ソラティス様が姉を愛しているのは知っています。ですがどうか、お許しいただけないでしょうか」
あれだけ贈り物をしていて、手紙にも静かな想いが乗せられていた。社交界で見かけた話や会話を交わした話に続けて──過ごせるときを楽しみにしている、と。
その内容を思い出して、ラシーヌはキュッと胸元を握る。
ソラティスは真剣な表情で返した。
「あなたは同じことを言われて納得出来るのか」
「それは……」
チラリとソラティスを見て、少しして首を横に振る。弱々しく答えた。
「……わかりません」
「わからない?」
「私にはまだ、そんな相手はおりません。育てられた環境でも、貴族であれば政略的に婚姻することはやむを得ないと教わりました」
先代がまだ生きていた頃、ラシーヌは一人の貴族として教育も受けていた。もしかすると跡取りをレイアではなく、ラシーヌにするつもりなのだろうか、と周囲が思うほど熱心に育てていた。
それも義母の気に障ったのだろう。先代亡き後、すぐに教師陣は引き上げられた。
ラシーヌの言葉にソラティスは、小さく息を吐いた。
「確かにあなたの考えは貴族として正しい。実際に今回も似た状況だ。だが、人としては同意しかねる。私はどうしてもレイア嬢を妻に迎える必要があった」
「……」
そう言いきられたことに、ラシーヌが顔を曇らせる。視線を落として「そうですよね」と返した。
「私と義姉では容姿も異なりますし、性格も……全てが姉には及びません」
レイアはラシーヌより二つ上だが、愛くるしい甘え上手な女性だった。先代に張り合う義母が、過剰に甘やかせたためでもあったが、それでも磨き上げられた容姿は皇都でも随一だと噂されていた。
対してラシーヌは先代亡き後、最低限の生活もままならず肌も髪質も劣っている。義母に言われたことだが、今さらながらそんな自分が義姉と代わろうなどと思うと血の気が引いていく。
だがソラティスは否定した。
「そんなことはない。あなたにはあなたの良さがある。だが、こちらにも事情が……」
遮るようにノック音が響く。ソラティスが立ち上がり、扉に向かう。訪ねたのはバルトネルだった。
彼は、食事の用意が出来たことを伝えにきたらしい。
ソラティスがラシーヌに声をかける。
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