溺愛契約 ~替え玉でも愛されますか?~

翠月るるな

文字の大きさ
6 / 9

6

しおりを挟む
 ラシーヌを部屋に呼んだのは婚姻後、数日経った夜のことだった。

 執務室で話をしたいとバルトネルを通じて、ソラティスは彼女を呼び出す。一人で来て欲しいと付け加えて。

 就寝前のラフな格好で現れた彼女は、執務室の扉を叩き出迎えられた。

 出迎えた彼も同様に軽装だが、直前まで仕事をしていたのか寝衣ではなかった。軽く頭を傾けると、その黒髪が肩口にさらりと落ちる。ソラティスは緋色の瞳をわずかに細めた。

「待っていた」
「遅くなってすみません」
「突然呼んだのはこちらだ。気にするな。早く中に」

 促されるまま、ラシーヌは部屋に入る。目の前のソファを勧められて腰を下ろした。

「早速で悪いが、この婚姻について改めて話したい」
「はい……」

 座って早々、声をかけられる。ソラティスは執務机から書類の束を取って、ラシーヌの前に座るとそれを見せた。

「二人の言い分を信じてなかったわけじゃないが、一応調べさせてもらった」

 そう言いながら見せたのが報告書と書かれた文書だった。ラシーヌの義姉レイアの皇都での様子が簡単にまとめられている。

 そこには夜な夜な呼ばれた舞踏会で踊る姿や、昼間にも複数の異性と街を巡っていると記されていた。

「……」

 徐々にラシーヌの顔から血の気がなくなっていく。義母の言う通りにしたとはいえ、実際に嘘を伝えたのはラシーヌだ。

 心苦しい思いのまま、彼女は「ごめんなさい」と頭を下げた。

「ここに書かれていることは事実です」
「ではレイア嬢の体調に問題はないのだな」
「はい」
「ならば改めて聞く。何故あなたはここに?」
「義姉の代わりに私がヴァーガリアへ来たのは……」

 問われて言葉を濁す。ラシーヌにはもう一つ義母より指示されたことがあった。こうしてバレてしまった時のために、また重ねる嘘を。それがあるからソレーユ家でレイアの素行を隠そうともしなかった。

 しかしラシーヌは、なかなか口を開けない。数日過ごすうちにソラティスの善良さに触れてしまい、言い出すことを躊躇っていた。

 これを言えば、確実に悪印象となるのはわかっていたから。

 知らずに嫌われたくないと思い、けれど義母の恐怖も消えてはいない。ラシーヌは逡巡して、やがて口を開いた。

「私がヴァーガリアに来たのは、縁談の来ない私を哀れんで義姉が譲ってくださったのです」

 意を決して告げた言葉。だが、反応は思ったものと違っていた。

「あなたに縁談が来ない?」
「え? ええ。もちろん」

 てっきり、姉の縁談を奪うなど浅ましい。とでも責められると思っていたラシーヌは、拍子抜けしてしまう。

 そしてそうやって目を瞬かせるラシーヌを、ソラティスは漠然とした疑いの目で見た。

 艶やかな若草色の髪に、すみれ色の儚げな瞳。肌も整っており、話していても話題は尽きない。聡明でいて、けれど時折あどけない笑顔ものぞかせる。

 どこか人を惹き付ける彼女に、縁談が来ないなど俄かに信じがたい。ソラティスは不思議に思いながらも「ひとまず理解した」と、話を続けた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王子の影武者と婚約した令嬢、“フラれた女”として王都で噂されているけど気にしません!

大井町 鶴
恋愛
王子と見紛う青年の正体は、極秘に育てられた影武者だった。 任務、それは王子として振る舞い、誰にも正体を悟られないこと。 だが彼の前に現れたのは、王子が婚約者にと選ぶことになる、宰相の令嬢。 (惹かれてはいけないのに、惹かれる) 気持ちを抑えてクールに振る舞う彼に、彼女はこう言った。 「殿下が、殿下ではない……そんな気がしたのです」 聡くて大胆な彼女と、正体を隠す影武者。 これは、海辺の別荘でふたりが静かに幸せを育むまでのヒミツのお話。

“妖精なんていない”と笑った王子を捨てた令嬢、幼馴染と婚約する件

大井町 鶴
恋愛
伯爵令嬢アデリナを誕生日嫌いにしたのは、当時恋していたレアンドロ王子。 彼がくれた“妖精のプレゼント”は、少女の心に深い傷を残した。 (ひどいわ……!) それ以来、誕生日は、苦い記憶がよみがえる日となった。 幼馴染のマテオは、そんな彼女を放っておけず、毎年ささやかな贈り物を届け続けている。 心の中ではずっと、アデリナが誕生日を笑って迎えられる日を願って。 そして今、アデリナが見つけたのは──幼い頃に書いた日記。 そこには、祖母から聞いた“妖精の森”の話と、秘密の地図が残されていた。 かつての記憶と、埋もれていた小さな願い。 2人は、妖精の秘密を確かめるため、もう一度“あの場所”へ向かう。 切なさと幸せ、そして、王子へのささやかな反撃も絡めた、癒しのハッピーエンド・ストーリー。

記憶を無くした、悪役令嬢マリーの奇跡の愛

三色団子
恋愛
豪奢な天蓋付きベッドの中だった。薬品の匂いと、微かに薔薇の香りが混ざり合う、慣れない空間。 ​「……ここは?」 ​か細く漏れた声は、まるで他人のもののようだった。喉が渇いてたまらない。 ​顔を上げようとすると、ずきりとした痛みが後頭部を襲い、思わず呻く。その拍子に、自分の指先に視線が落ちた。驚くほどきめ細やかで、手入れの行き届いた指。まるで象牙細工のように完璧だが、酷く見覚えがない。 ​私は一体、誰なのだろう?

【完結】おしどり夫婦と呼ばれる二人

通木遼平
恋愛
 アルディモア王国国王の孫娘、隣国の王女でもあるアルティナはアルディモアの騎士で公爵子息であるギディオンと結婚した。政略結婚の多いアルディモアで、二人は仲睦まじく、おしどり夫婦と呼ばれている。  が、二人の心の内はそうでもなく……。 ※他サイトでも掲載しています

結婚を前提にお付き合いを申し込まれたので了承したらなぜか説教されています。え、本当にどうして??

新高
恋愛
社交界で浮き名を流す侯爵家次男のレオン・ファン・リートフェルトはとある夜会で突然結婚を前提の告白をされる。初対面ではあるけれど、今は恋人もいないし結婚も急かされている年頃。これも縁かと軽く了承をすれば、そこからまさかの説教が始まった。 「いくら貴方様が噂に違わぬ社交界の花であったとしても、こんなにも気軽に女性の気持ちを受け入れてはなりません!」 「なぜ?」 「……なぜ?」 私生活においてはのらりくらり生きてきた色男が、ツッコミスキルの高い令嬢にまんまと嵌まって捕まえにいく話。もしくは、淡い初恋の思い出にと断られる前提で告白をしたら軽く了承され、つい全力で突っ込みをいれてしまったためにおもしれー女認定されて捕獲される乙女の話。 ※会話文多めのテンション高いボケとツッコミのラブコメです。 ※ツッコミ処多いかと思いますが、この世界ではこうなんだなあ、と軽く流していただけると嬉しいです。 ※※他サイト様にも投稿しています

記憶のない貴方

詩織
恋愛
結婚して5年。まだ子供はいないけど幸せで充実してる。 そんな毎日にあるきっかけで全てがかわる

伯爵令嬢の25通の手紙 ~この手紙たちが、わたしを支えてくれますように~

朝日みらい
恋愛
煌びやかな晩餐会。クラリッサは上品に振る舞おうと努めるが、周囲の貴族は彼女の地味な外見を笑う。 婚約者ルネがワインを掲げて笑う。「俺は華のある令嬢が好きなんだ。すまないが、君では退屈だ。」 静寂と嘲笑の中、クラリッサは微笑みを崩さずに頭を下げる。 夜、涙をこらえて母宛てに手紙を書く。 「恥をかいたけれど、泣かないことを誇りに思いたいです。」 彼女の最初の手紙が、物語の始まりになるように――。

身代わり令嬢、恋した公爵に真実を伝えて去ろうとしたら、絡めとられる(ごめんなさぁぁぁぁい!あなたの本当の婚約者は、私の姉です)

柳葉うら
恋愛
(ごめんなさぁぁぁぁい!) 辺境伯令嬢のウィルマは心の中で土下座した。 結婚が嫌で家出した姉の身代わりをして、誰もが羨むような素敵な公爵様の婚約者として会ったのだが、公爵あまりにも良い人すぎて、申し訳なくて仕方がないのだ。 正直者で面食いな身代わり令嬢と、そんな令嬢のことが実は昔から好きだった策士なヒーローがドタバタとするお話です。 さくっと読んでいただけるかと思います。

処理中です...