溺愛契約 ~替え玉でも愛されますか?~

翠月るるな

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「だが仮に譲られたとしても、こちらとしては受け入れ難い」

 ソラティスが言う。彼は続けた。

「見たところ婚姻指示書の条件である嫡子もレイア嬢に戻っている。これでは約束を果たしたとは言い難い。悪いが一度、ソレーユ家と話し合いをしたいと思う」
「それは……確かにそうですが、実際のところ難しいと思います。私はもう縁を切られるようにして家を出ました。今さら義父が話し合いの場に現れるとは到底思えません」

 むしろ体よく厄介払いしたのだから、ヴァーガリア側が何を言ったとしても聞き入れることはない。のらりくらりと交わしてなかったことにするだろう、とラシーヌは思った。

 ソラティスも表情を曇らせる彼女を見て、「そうか」と眉を顰める。

「なるほど。あなたがその立場であるなら難しいな」

 悩むように顎に手を添え、そう返した。

 姉の縁談を奪ったとなれば、たしかにそんな扱いをされても仕方ない。

 何故そうしてまで、姉より先に結婚したいのか、彼には分からなかったものの「ならば」と続けた。

「一度でいい。レイア嬢をこの地に呼ぶことは出来ないだろうか?」
「義姉を? 義姉は私が呼んだところで来るとは……」

 皇都から出たくないと言っていた義姉が、簡単に訪れる気がするとは思えなかった。距離も遠い上に、そもそも退屈が嫌いな彼女がわざわざ移動してまで、興味をひくものがなければ難しい。

 それを手短に教える。

「義姉は気になるものがあると行動するタイプです。もし呼ぶのであれば、相応の驚きなり何かがなければ」
「劇などではいけないのか? 流行りの歌劇ならあるが」
「残念ですが、義姉は気になるもの全て皇都の劇場で先に観られるよう手配しています。ここでしか観られないものがあれば別ですが」
「それはないな。流通の関係で皇都の後になる。そうか……ここでしか」
「ええ」

 うなずくラシーヌに目を向けて、ソラティスが再度聞く。

「ちなみに彼女の好きな分類は?」
「恋愛ものですね」
「なるほど」

 再び黙り込む。そんなソラティスを前に、ラシーヌも居たたまれなくなる。

 そもそも自分が来なければ、こうして彼を悩ませることもなかったのだから、と。

 追い出された時は、疲弊していて考えることもままならなかった。けれど、ヴァーガリアで健康的な日々を過ごすうちに、落ち着きを取り戻したレイアは、もっと何かが出来たのではと思うようになっていた。

 ソラティスのための何かを──。

「……」
「……」

 互いに黙り込むと、静寂が際立つ。かろうじて耳に入るのは、パチパチと聞こえる暖炉だけ。外はもうすっかり寝静まっているようだ。

 少しして彼は小さく息を吐いて、真剣な表情でラシーヌを見た。

「一つ、考えを思い付いた。だがそれには、あなたの協力が不可欠になる」
「協力?」
「ああ」
「私に出来ることなら構いません。ぜひ協力させてください」

 ただでさえ嘘を言ってしまった手前、責任を取りたいと思っていた。

 ラシーヌはその真剣さに応えるように静かに言う。ソラティスはそんな彼女に「それならば」と返した。

「私の妻として、共に過ごしてくれないか?」
「妻として? それはどういう……」

 理由あっての言葉だとはわかる。けれどラシーヌの表情は、わずかに明るくなっているように見えた。彼女の問いに、彼は説明を始めた。

「新しい劇は今すぐ用意できない。だが最近の恋愛もので公演されているのは、たしか深く愛し合う盲愛のようなものだった」
「そうですね。私も義姉から聞いただけですが、男性が溺愛する姿がいいと言っていました」

 それを真似て知り合いの令息たちを連れて回っていたことも知っていたが、それは言わなかった。

 ソラティスが「やはり」と答える。

「今回の結婚は国からの指示書で結ばれた、他ではあまり聞かない話だろう。皇都の夜会でも度々声をかけられたことはある。そこにさらに、その……溺愛というものをいれたら、あるいは」
「義姉の興味をひけるというものですね」

 その言葉にうなずく。ソラティスは「どうか協力してほしい」と重ねた。

「レイア嬢に会えるなら、体裁に構っている暇はない。期間は次の加護の儀まで」
「わかりました。自信はありませんが……」
「それは私も同じだ。何かあれば互いに補っていこう」

 よろしく頼む、と続けた彼にラシーヌも返事をする。室内の淡い灯りが揺らめく中で、そうして密かな契約が交わされた。
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