溺愛契約 ~替え玉でも愛されますか?~

翠月るるな

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「ラシーヌ、今日は仕立屋が来る。私も立ち会うから準備しておいてくれ」
「わかりました」

 朝食時に声をかけられ、ラシーヌが答える。辺境伯が嫁いだ妻を、溺愛していると皇都で噂を流す手筈は整った。それと同時に、信ぴょう性を出すために夜会へ参加することに決めた。

 いくつかレイアが好きそうな内容を選び、参加の意思を伝える。そして当日のために衣装を仕立てようとソラティスが言った。

 食事を終えて、自室に戻ろうとしたところをラシーヌはまた引き留められる。

「何度もすまない、ラシーヌ。この後少しいいか?」
「どうしました?」
「その、庭を一緒に歩かないか」
「ええ」

 承諾したもののラシーヌは首をかしげる。

「ところでそれも、何かの用事ですか?」
「いや……」

 どこか躊躇いがちに口を開く。だが、ソラティスは逡巡した様子を見せたあと、その口を固く閉じてしまった。

 ラシーヌが不思議そうに目を瞬かせると、ようやく彼が呟く。

「……溺愛、というものがまだ理解できていないんだ。練習といってはなんだが、手を貸してもらえないだろうか」

 窺うようにそっと手を差し出してくる。ラシーヌはソラティスを見上げて、わずかに戸惑う様子を見せる。

 けれどすぐ、考えを固めたように一つうなずいて、ソラティスの手に自身の手を乗せた。

「わかりました。私もそれほど知識はありませんが、頑張りましょう」
「助かるよ。では行こうか」

 ギュッと握りしめて、そっと自分の腕にラシーヌの手を絡めた。そうして、二人は並んで中庭に向かう。周りの使用人たちは微笑ましそうに、眺めていた。


*  *  *


 それからの練習を進める。二人のタイミングを合わせて時間を作り、互いに調べたことを試していた。

 今日はラシーヌが本で得た知識を、早速実践してみようという。

「よくある愛情表現のほか、人前でもお構いなしに肩を抱いたりするようですよ」

 嬉々として話すラシーヌ。ソラティスは「なるほど」と返す。

「だが私たちは、そのよくある愛情表現すら出来ていない気がするが」
「それは確かにそうですが……」

 わずかに落ち込んだ様子で視線を下げる。まるで幼子のようなその姿に彼は、ほとんど無意識に頭に手を伸ばしかけた。だが直後、ハッとして咳払いで誤魔化した。

「……とにかく、試してみよう。より厳しい状況に身を置けば、熟練するとよく聞くからな」

 ソラティスの言葉を聞いて、パッとラシーヌが顔を上げる。嬉しそうに表情を明るくさせた。
 
「はい! ぜひ」

 ヴァーガリアに来てから、何か役に立てないかとずっと思っていたラシーヌ。少しでも力になれていると自信がついた様子で、彼女は続けた。

「では、その人前……街に出るのはどうでしょう? 多く行き交う中での愛情表現に慣れたら、きっと夜会でも堂々としてられると思いませんか?」
「そうだな。早速日時を決めて取り掛かる。バルトネル!」

 部屋の隅に控えていた従者を呼ぶ。予定を確認して、日取りを決めた。
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