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Side story ①
しおりを挟む「バルトネル」
執務室でソラティスに呼ばれて、本棚を整理していた彼は振り返った。ピンと跳ねた茶髪に、明るい印象の青年。そばに行くと折り目正しく頭を下げる。
「お呼びでしょうか。ソラティス様」
「ああ。一つ聞きたいんだが」
「なんなりと」
「その、君には溺愛…恋人はいるか?」
問われたことに驚いて、目をパチクリさせる。彼は一瞬、訝しげに眉を寄せたものの、すぐにパッと何かに気づいた様子でニコッと笑った。
「ラシーヌ様のことですね。それでしたら素直に好意があることをお伝えしたらいいと思いますよ」
「いや、そうじゃない……これはあくまで形だけで」
「存じておりますよ。だからこそです。あの方を好ましいと思っているのは間違いないでしょう?」
バルトネルは一連の流れを把握している。二人の結婚が偽りだということも、ラシーヌの姉のレイアをこの地に呼ばなければならないことも。
そして、その為に必要な噂も彼が手配した。
すべてを知っておいて、なおバルトネルはラシーヌへ好意を示せと言う。
「思うままに接して構わないのでは? 彼女も了承してくれたと聞きましたし」
「だがそれは、あくまで契約の上で、だ。協力してくれているに過ぎない。そこにつけ込んで何かをするのは、悪用しているようで気が引ける」
椅子の背もたれに大きく寄りかかり、腕を組む。考えるように目を閉じて、続けた。
「そもそも重要なのはレイア嬢を呼べるかどうかで、俺個人の感情は必要ないからな」
「ならば何故、あのとき婚儀を続けたのですか? 花嫁が別人だということに気付いていたはずですよね。あの場で突き放すことも出来たはず」
バルトネルの疑問に、そっと目を開けたソラティス。彼は視線をそのままに答えた。
「あの時は……あまりに彼女が怯えていたものだから、つい。どうにかしなければと、ほとんど衝動的に動いていた」
「なるほど。主は皇都で、ラシーヌ様を気にされていたこともありましたから余計ですね」
「…そうだな」
思い出すように再び目を閉じる。皇都で開かれた数少ない舞踏会。まだ指示書を受ける前に、参加した彼らは華やかな令嬢たちの中で、一人壁際に佇む女性を知っていた。その時は淡い白に黄色い花の刺繍が彩るドレスだった。凛とした姿はいまだ色あせない。
そんな彼を、バルトネルがわずかに目尻を下げて見つめる。そして軽口を叩くような声色で言った。
「では余計に、主は今回の責任を取らないといけませんよねえ」
「責任……そうか。確かにそうだな」
呟くように返したソラティスは、どこか決意めいた様子で深くうなずく。彼はさりげなく話の路線が変わっているのにも気付かず、机の上の書類へ手を伸ばした。
一拍置いてバルトネルは郵便物を回収してくると伝え、頭を下げてその場を後にする。
外に出て、扉を閉じた後ため息混じりに呟いた。
「僕としてはラシーヌ様のような落ち着いた方が、主のそばにいてくれると安心できるんですよねえ……」
扉に背を向けた彼は、以前の舞踏会でレイアを見たことを思い出していた。確かにラシーヌとは違い華やかで愛くるしい令嬢。けどそれは、自分の主人を預けるには心もとない姿だった。
手違いとはいえ、直前のソラティスの回答に、なんとなく希望が浮かぶ。機嫌を取り戻した彼は階下を目指して、廊下を進んでいった。
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