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しおりを挟む「久しぶりに来たけど、皆変わらないようね」
使用人に荷物を預け、出迎えるバルトネルを見る。玄関から入ってきた女性は、ソラティスと同じ黒髪で緩やかに波打っている。同じ色の瞳をラシーヌに向けた。
「それで? あなたが」
「初めまして。この度ヴァーガリア領へ迎え入れていただきました。ラシーヌと申します」
「そう。私はザラ。ザラ・ベルモラ。聞いてるわよね?」
その言葉にラシーヌは「お聞きしています」と返した。
ソラティスからの話だと、このベルモラ夫人であるザラは、母。つまりラシーヌからは義母になる相手だった。
だが今、彼女は複雑な関係にいる。もとはヴァーガリア領にいたザラだが、夫と死別したあと遠縁にあたるベルモラ男爵と再婚したからだ。
ベルン皇国は血筋を重んじる国だ。故に様々な理由で離縁をしても親子の権利や義務は消えない。
今回、婚姻を結んだという報せを受けてザラは駆け付けたのも、義理の母として挨拶するためだった。
ザラは準備を整えると、ラシーヌに声をかける。
「さっそくだけど、案内してくれるかしら」
「そうですね。行きましょう」
背筋を伸ばしてサッと身を翻すラシーヌは、ゆっくりと歩き出す。その間際、改めてザラを視界の端で見た。
事前に教えられたのは、ずいぶんと教養が高く振る舞いに細かい人だということ。昔、社交界で一目置かれるほど艶やかな女性だったため、マナーよりもその人自身の行動を指摘するようだ。
廊下を進む途中で、そのザラに声をかけられる。
「あなた、子爵家の養子だったわりに立ち居振る舞いがしっかりしているのね」
「ありがとうございます」
ラシーヌは先代がまだ健在だった頃、たくさんの教育を受けていた。それが受けられなくなった後も、忘れることなく彼女の中に残っている。
しばらくして応接室へと到着する。すでに扉は開け放たれ、二人は中に入った。
ソファに腰を下ろすなり、ザラが言う。
「あの子から聞いたのだけど、私があなたのために、この地域の紹介者であるパトロネスになるのかしら?」
パトロネスは社交界でのコネや伝手をつなぐ導き手のようなものだ。
ラシーヌのように遠い地から嫁いで、すぐ社交界に出るのは難しい。そのため、その地域に詳しい夫人がパトロネスになり、どのパーティーに出るべきか、誰を避けるべきかを教える。
その役割をソラティスは、自分の母であるザラに依頼した。ヴァーガリア周辺の社交界で、もっとも影響力を持っていた彼女が適任だと思ったからだ。
ラシーヌは改めて頭を下げた。
「ザラ様。私はこの辺りのことに詳しくありません。どうかお力添えをお願いします」
「そう」
短く返したあと、何かを考えるように畳んだ扇を口元に添える。少しして、目の前の席を指す。
「とにかくお座りなさいな」
「はい。失礼します」
ソファにそっと腰をおろすと、ザラは用意されたティーカップに手を伸ばす。角砂糖をいれてティースプーンで混ぜながら口を開く。
「私はね、今回の話を断ろうと思うのよ」
「……理由を教えていただいても?」
一口紅茶を飲み、カップを置いたザラはラシーヌの言葉に視線を外す。息を吐きだし答えた。
「残念だけど、今の私は男爵夫人。辺境伯夫人の貴女に何かを教えるなど、畏れ多いのよ。だから」
「なるほど」
そう返しつつもラシーヌは気づいていた。それが暗に拒絶だということを。体のいい言葉で包みながら、お前には出来ないと含んでいた。
一度悩んだ彼女は、「では」と言う。
「取引であれば、どうでしょうか?」
ザラはその言葉にピクリと眉を動かした。『無かったことにしてほしい』と最後まで言えれば確実に断ることが出来たのだが、それを遮られ代わりに出てきた取引という言葉。
彼女はわずかに気になって、一旦話を訊くことにした。
「取引とは? どういうことかしら」
ザラの返事と同時に、部屋をノックする音が響く。使用人にラシーヌが合図をすると、客間を担う給仕が、皿の乗った銀のトローリーを運んできた。
その上には、皿に乗った料理がいくつかある。給仕が銀のドーム状の蓋を外すと、砂糖漬けの花々が出てきた。
まるで小さなブーケのようで、ザラは思わず目を奪われてしまう。
テーブルに置かれた後、ラシーヌがザラに微笑んだ。
「次回の茶会では、特別な方がお見えになるとか。どうでしょう? こちらがあれば喜ばれるのでは?」
その言葉に動揺した様子でパッと扇を開くと、顔を隠すようにする。そのまま低い声で返した。
「いったい……どこでその話を聞いたのかしら」
「ご想像にお任せします」
「想像に、ね」
返事を聞いたザラは、少しして諦めたように息を吐く。そして、改めて砂糖漬けの花を見た。
彩り豊かな砂糖漬けの花。世に出回っているのは、すみれの砂糖漬けだけ。それも遠方の地だけで購入できるものしか知らない。
だが今、テーブルにあるのはバラや他の花まである。その中に、珍しい青と白の色が混じりあった花があった。
ザラが「これは見ない花ね」と聞く。
「この花も食べられるというの?」
「もちろんです。こちらも食用とされているのでご安心を」
ニコリと笑うラシーヌに、一度視線を向けたザラは、再度息を吐くと観念したように扇をパチンっと畳んで、真っ直ぐ見つめた。
「貴女の言いたいことは分かったわ。私がパトロネスを務める代わりに、これらを融通してくれるというのでしょう?」
ラシーヌはその問いを肯定した。
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