替え玉の私に、その愛を注がないで…。~義姉の代わりに嫁いだ辺境伯へ、身を引くはずが……持ちかけられたのは溺愛契約。

翠月 瑠々奈

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 まるでブーケのような砂糖漬けを見せられて、ザラは観念したように表情を緩める。

「本当に驚いたわ。貴女の言う通りよ。次の茶会で出す菓子を探していたけれど……まさか、こんな手を使って交渉してくるなんて」

 フフッと笑みを浮かべ、彼女は続ける。

「今までどんな社交界でも、諍いはあったけれど……私と立ち位置を変えることなく交渉をするなんて、さすがよ。それはどこで学んだのかしら」

 ザラはすっかり気を許したのか、カップに手を伸ばしてくつろぐようにゆったりと口をつける。

 ラシーヌはホッと息を吐いて、思い出すようにポツリと言った。

「祖父が……」
「お祖父様?」
「はい。義理ではありますが、祖父がいろいろなことを教えてくれたのです。この砂糖漬けの伝手も祖父の知り合いなんです。あとで連絡しておきますね」
「ありがとう。では私からは、貴女のために時間を調整するわね」

 ふふっと笑みを見せるザラは、ソラティスに似ているな、とラシーヌが思った直後だった。

 背後から「話は済んだようだな」と聞こえる。

 反射的に振り返ると、ソラティスが部屋に入ってくるところだった。

 彼は真っ直ぐラシーヌの隣に座ると肩を抱き寄せる。自然な流れだった。彼女の頬がわずかに染まる。だが彼は不満そうに言った。

「まったくあなたは。来るのと同時に厄介事を持ち込むとは想定外だ」
「あら。うちの主人からのありがたい仕事の山よ?」
「俺の妻と二人きりで話したいから、とでも言ったのだろう?」
「察しがいいわね。それにしても、もう終わらせたの?」
「当然だ。彼女を一人にさせられないからな」
「ふ~ん」

 鼻を鳴らしてニヤリと笑う。ザラは「噂通りなのね」と言った。

「堅物辺境伯が妻を溺愛してる、なんて尾ひれがついたバカバカしい話だと思ったけど……本当だったのねぇ。あなたのそんな姿見たことないもの」
「見られてよかったな。他に見たいものは?」
「ないわよ。それより私はもう行くわね。今日は挨拶だけのつもりだったの」
「パトロネスの件は?」
「それは彼女の依頼として受けることにするわ。契約書を書き換えておいて」

 辺境伯夫人からの依頼を男爵夫人が直接受けた、その話が水面下で流れる噂から真実になることで、前ヴァーガリア夫人が新しい夫人を受け入れたという意思表示になる。

 どうせ息子たちは、すでにそんな噂を流して断れないように手を打っているはずだ。そう見越したザラが、あえて利用することにした。

 そうでなくても水を差す者は、いくらでもいる。新しい嫁など認めてないだの、不仲ゆえに誘いもしない、だの。

 直前まではそれすら構わないと思っていたのに、今は打って変わって、仲良くして鼻をあかすのも楽しそうだと考える。そうしてザラは優雅に立ち上がった。ニコリと笑って、扇を口元に添える。

「ではラシーヌ。次は二人きりでゆっくりしましょうね」
「俺がいては邪魔なのか」
「そうよ。まあでも、今日は会えてよかったわ」
「ありがとうございます、ザラ様。これから頼りにさせてもらいますね」

 ラシーヌも立ち上がり、にこやかに返す。それから馬車へ向かうザラと三人で、軽く雑談をしてから解散となった。

 その間の話題は、やはり砂糖漬け。感心するザラに、ラシーヌが頬を染める。

 玄関口で、夫人を見送ったあとソラティスが呟くように言った。

「さっきの砂糖漬けは、いつから用意していたんだ?」
「ザラ様が来ると聞いてすぐ……ただ、珍しいものを出せば喜んでもらえるかと」

 本当は、交渉ごとなどするつもりはなかった。ザラの嫁いだベルモラ領では、あまり見ない菓子を用意すれば話題になるだろうと思っただけだった。

 ちょっと驚かせて、その後にこやかに話が出来ればいいな、と。

 そのために、ベルモラ邸から発注された茶菓子を、人を使って調べることは容易だった。隠していない情報なのだから、主要の菓子店で注文がてら聞くだけでいい。

 それに、いずれ茶会を開くためにも結局流行りの菓子は調査するはずと始めたことだったが、不思議とベルモラ邸では様々な菓子を注文していることに気づいた。

 たいがいは重要な賓客を迎えるときに起きる、茶菓子の選定だが、ラシーヌはそれを思い出して上手く使っただけだった。

 運が良かった、と思い返してホッとする。

「ザラ様に用意したものが気に入られて良かった」
「そうだな。あの人があれほど短時間で気を許す姿はあまり見ない」
「似た台詞をさっき聞いた気がしますけど」

 やはり親子ですね。と笑うラシーヌに、ソラティスはバツが悪そうな顔をする。

「たまたまだ。とにかくもうすぐ日も沈む。部屋へ戻ろうか」
「そうですね」

 邸への道へ体を向ける間際、ラシーヌはふと、祖父のバンズの言葉を思い出していた。

『……相手を知ること。それは何より武器になる』

 日暮れの橙に照らされて、玄関周りの草木が風に揺れている。バンズと歩いたあの日のようで、彼女はそっと視線を落とした。

 生まれてからラシーヌは、実の母も父も知らない。いつもそばにいたのは祖父のバンズだけだった。

 祖父とも血は繋がっていなかったが、バンズはよくラシーヌを気にかけていた。それはまるで実の孫娘ではないかと錯覚するほどに。

 衣食に加えて教育も熱心で、自身の息子たちさえ連れていかない、自分の大切な商い仲間のもとへも、ラシーヌだけは連れていった。

 そうして彼は、ラシーヌを見守る人々を少しずつ増やしていった。

 今回の砂糖漬けも、彼が繋げ、ラシーヌが育てた縁からだった。

 ラシーヌは祖父の言葉を守り、新たに出会う相手の素性や状況を確認する癖があった。それはひたすらに、相手を喜ばせたい一心で、今回もそうして砂糖漬けを取り寄せて用意していた。

 使い方は変わってしまったものの、何か繋がりのようなものを感じた。

 ふと隣を歩くソラティスを見上げる。視線に気づいて、彼は柔らかく聞いた。

「どうした?」

 ラシーヌは「いいえ」と緩く首を振った。
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