17 / 53
15
しおりを挟むまるでブーケのような砂糖漬けを見せられて、ザラは観念したように表情を緩める。
「本当に驚いたわ。貴女の言う通りよ。次の茶会で出す菓子を探していたけれど……まさか、こんな手を使って交渉してくるなんて」
フフッと笑みを浮かべ、彼女は続ける。
「今までどんな社交界でも、諍いはあったけれど……私と立ち位置を変えることなく交渉をするなんて、さすがよ。それはどこで学んだのかしら」
ザラはすっかり気を許したのか、カップに手を伸ばしてくつろぐようにゆったりと口をつける。
ラシーヌはホッと息を吐いて、思い出すようにポツリと言った。
「祖父が……」
「お祖父様?」
「はい。義理ではありますが、祖父がいろいろなことを教えてくれたのです。この砂糖漬けの伝手も祖父の知り合いなんです。あとで連絡しておきますね」
「ありがとう。では私からは、貴女のために時間を調整するわね」
ふふっと笑みを見せるザラは、ソラティスに似ているな、とラシーヌが思った直後だった。
背後から「話は済んだようだな」と聞こえる。
反射的に振り返ると、ソラティスが部屋に入ってくるところだった。
彼は真っ直ぐラシーヌの隣に座ると肩を抱き寄せる。自然な流れだった。彼女の頬がわずかに染まる。だが彼は不満そうに言った。
「まったくあなたは。来るのと同時に厄介事を持ち込むとは想定外だ」
「あら。うちの主人からのありがたい仕事の山よ?」
「俺の妻と二人きりで話したいから、とでも言ったのだろう?」
「察しがいいわね。それにしても、もう終わらせたの?」
「当然だ。彼女を一人にさせられないからな」
「ふ~ん」
鼻を鳴らしてニヤリと笑う。ザラは「噂通りなのね」と言った。
「堅物辺境伯が妻を溺愛してる、なんて尾ひれがついたバカバカしい話だと思ったけど……本当だったのねぇ。あなたのそんな姿見たことないもの」
「見られてよかったな。他に見たいものは?」
「ないわよ。それより私はもう行くわね。今日は挨拶だけのつもりだったの」
「パトロネスの件は?」
「それは彼女の依頼として受けることにするわ。契約書を書き換えておいて」
辺境伯夫人からの依頼を男爵夫人が直接受けた、その話が水面下で流れる噂から真実になることで、前ヴァーガリア夫人が新しい夫人を受け入れたという意思表示になる。
どうせ息子たちは、すでにそんな噂を流して断れないように手を打っているはずだ。そう見越したザラが、あえて利用することにした。
そうでなくても水を差す者は、いくらでもいる。新しい嫁など認めてないだの、不仲ゆえに誘いもしない、だの。
直前まではそれすら構わないと思っていたのに、今は打って変わって、仲良くして鼻をあかすのも楽しそうだと考える。そうしてザラは優雅に立ち上がった。ニコリと笑って、扇を口元に添える。
「ではラシーヌ。次は二人きりでゆっくりしましょうね」
「俺がいては邪魔なのか」
「そうよ。まあでも、今日は会えてよかったわ」
「ありがとうございます、ザラ様。これから頼りにさせてもらいますね」
ラシーヌも立ち上がり、にこやかに返す。それから馬車へ向かうザラと三人で、軽く雑談をしてから解散となった。
その間の話題は、やはり砂糖漬け。感心するザラに、ラシーヌが頬を染める。
玄関口で、夫人を見送ったあとソラティスが呟くように言った。
「さっきの砂糖漬けは、いつから用意していたんだ?」
「ザラ様が来ると聞いてすぐ……ただ、珍しいものを出せば喜んでもらえるかと」
本当は、交渉ごとなどするつもりはなかった。ザラの嫁いだベルモラ領では、あまり見ない菓子を用意すれば話題になるだろうと思っただけだった。
ちょっと驚かせて、その後にこやかに話が出来ればいいな、と。
そのために、ベルモラ邸から発注された茶菓子を、人を使って調べることは容易だった。隠していない情報なのだから、主要の菓子店で注文がてら聞くだけでいい。
それに、いずれ茶会を開くためにも結局流行りの菓子は調査するはずと始めたことだったが、不思議とベルモラ邸では様々な菓子を注文していることに気づいた。
たいがいは重要な賓客を迎えるときに起きる、茶菓子の選定だが、ラシーヌはそれを思い出して上手く使っただけだった。
運が良かった、と思い返してホッとする。
「ザラ様に用意したものが気に入られて良かった」
「そうだな。あの人があれほど短時間で気を許す姿はあまり見ない」
「似た台詞をさっき聞いた気がしますけど」
やはり親子ですね。と笑うラシーヌに、ソラティスはバツが悪そうな顔をする。
「たまたまだ。とにかくもうすぐ日も沈む。部屋へ戻ろうか」
「そうですね」
邸への道へ体を向ける間際、ラシーヌはふと、祖父のバンズの言葉を思い出していた。
『……相手を知ること。それは何より武器になる』
日暮れの橙に照らされて、玄関周りの草木が風に揺れている。バンズと歩いたあの日のようで、彼女はそっと視線を落とした。
生まれてからラシーヌは、実の母も父も知らない。いつもそばにいたのは祖父のバンズだけだった。
祖父とも血は繋がっていなかったが、バンズはよくラシーヌを気にかけていた。それはまるで実の孫娘ではないかと錯覚するほどに。
衣食に加えて教育も熱心で、自身の息子たちさえ連れていかない、自分の大切な商い仲間のもとへも、ラシーヌだけは連れていった。
そうして彼は、ラシーヌを見守る人々を少しずつ増やしていった。
今回の砂糖漬けも、彼が繋げ、ラシーヌが育てた縁からだった。
ラシーヌは祖父の言葉を守り、新たに出会う相手の素性や状況を確認する癖があった。それはひたすらに、相手を喜ばせたい一心で、今回もそうして砂糖漬けを取り寄せて用意していた。
使い方は変わってしまったものの、何か繋がりのようなものを感じた。
ふと隣を歩くソラティスを見上げる。視線に気づいて、彼は柔らかく聞いた。
「どうした?」
ラシーヌは「いいえ」と緩く首を振った。
13
あなたにおすすめの小説
政略結婚のはずでしたが、黒の公爵に「君を愛するつもりしかない」と言われました。
ちよこ
恋愛
没落寸前のエーデル伯爵家の令嬢ルイーズは、この国最大の権勢を誇る黒の公爵エルハルトと政略婚を結ぶことになった。
釣り合わない縁談に社交界はざわめいたが、ルイーズは「家同士の利害が一致した取引に過ぎない」と割り切っていた。
ところが初夜、公爵は開口一番こう言った。
「私は君を愛するつもりしかない」
政略婚のつもりでいた令嬢と、最初から決めていた公爵の、少し不器用な初夜の話。
【完結】付き合ってもいないのに、幼なじみの佐藤がプロポーズしてきた
ぽぽよ
恋愛
「俺らさ、結婚しない?」
三十二歳、独身同士。
幼なじみの佐藤が、たこ焼きパーティの最中に突然言い出した。
付き合ってもないのに。
夢見てた甘いプロポーズじゃないけれど、佐藤となら居心地いいし、給料もあるし、嫁姑問題もないし、性格も知ってる。
断る理由が、ない。
こうして、交際0日で結婚することが決まった。
「とりあえず同棲すっか」
軽いノリで決まってゆく未来。
ゆるっとだらっと流れていく物語。
※本編は全7話。
※スパダリは一人もいません笑
婚活をがんばる枯葉令嬢は薔薇狼の執着にきづかない~なんで溺愛されてるの!?~
白井
恋愛
「我が伯爵家に貴様は相応しくない! 婚約は解消させてもらう」
枯葉のような地味な容姿が原因で家族から疎まれ、婚約者を姉に奪われたステラ。
土下座を強要され自分が悪いと納得しようとしたその時、謎の美形が跪いて手に口づけをする。
「美しき我が光……。やっと、お会いできましたね」
あなた誰!?
やたら綺麗な怪しい男から逃げようとするが、彼の執着は枯葉令嬢ステラの想像以上だった!
虐げられていた令嬢が男の正体を知り、幸せになる話。
【完結】モブ令嬢としてひっそり生きたいのに、腹黒公爵に気に入られました
22時完結
恋愛
貴族の家に生まれたものの、特別な才能もなく、家の中でも空気のような存在だったセシリア。
華やかな社交界には興味もないし、政略結婚の道具にされるのも嫌。だからこそ、目立たず、慎ましく生きるのが一番——。
そう思っていたのに、なぜか冷酷無比と名高いディートハルト公爵に目をつけられてしまった!?
「……なぜ私なんですか?」
「君は実に興味深い。そんなふうにおとなしくしていると、余計に手を伸ばしたくなる」
ーーそんなこと言われても困ります!
目立たずモブとして生きたいのに、公爵様はなぜか私を執拗に追いかけてくる。
しかも、いつの間にか甘やかされ、独占欲丸出しで迫られる日々……!?
「君は俺のものだ。他の誰にも渡すつもりはない」
逃げても逃げても追いかけてくる腹黒公爵様から、私は無事にモブ人生を送れるのでしょうか……!?
五周目の王女様
輝
恋愛
「私、今度はどうやって殺されるの?」
バザロス国へ嫁ぐことになった王女ジゼルは、数度の死に戻りの記憶を持っていた。 1度目は毒殺、2度目は即死、3度目は逃亡先での裏切り。どう足掻いても結婚初夜を越えられず死に戻る運命に私の心はクタクタだった。
今世の夫も「冷酷皇帝」と恐れられる皇帝レオポルド。
実は彼もまた孤独に戦い、ループする人生から脱出を図ろうする一人。
夫婦がようやく絡まりだす4度目の死に戻り。
どうやら今世は他に女がいる皇帝は全く私に見向きもしない……と思っていたら、誰にも見つからずに私に会いに来るんですが?
次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢
さら
恋愛
名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。
しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。
王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。
戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。
一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。
【完結】悪役令嬢の身代わりで処刑されかけた侍女、悪人面強面騎士にさらわれる。
雨宮羽那
恋愛
侍女リーリエは、処刑される予定の主・エリーゼと容姿がそっくりだったせいで、身代わりとして処刑台へ立たされていた。
(私はエリーゼ様じゃないわ!)と心の中で叫んだ瞬間、前世の記憶がよみがえり、ここが読みかけだった悪役令嬢ものの小説の世界だと気づく。
しかも小説ではエリーゼが処刑されるはずなのに、リーリエが処刑されかけているという最悪の展開。
絶体絶命の瞬間、リーリエの前に現れたのは強面で悪人面の騎士ガウェイン。
彼はなぜかリーリエを抱えあげ連れ去ってしまい――?
◇◇◇◇
※全5話
※AI不使用です。
※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております。
白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活
しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。
新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。
二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。
ところが。
◆市場に行けばついてくる
◆荷物は全部持ちたがる
◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる
◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる
……どう見ても、干渉しまくり。
「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」
「……君のことを、放っておけない」
距離はゆっくり縮まり、
優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。
そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。
“冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え――
「二度と妻を侮辱するな」
守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、
いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる