替え玉の私に、その愛を注がないで…。~義姉の代わりに嫁いだ辺境伯へ、身を引くはずが……持ちかけられたのは溺愛契約。

翠月 瑠々奈

文字の大きさ
19 / 53

16

しおりを挟む

「ラシー、行こうか」
「ええ。行きましょう、ティス」

 ソラティスにエスコートされ、ラシーヌが会場に入る。瞬間、煌びやかな照明に目を細めた。

 ……少し前、ベルン皇国の辺境にあるヴァーガリア領で結婚した二人。だがそれは、思いがけない事態を生むことになる。

 花嫁のラシーヌは本来、妻となるはずだった義理の姉レイアの替え玉として送られていたからだ。

 婚姻を結んだものの、領主であるソラティスは「それでは困る」と言う。

 レイア嬢を妻に、と望む彼の願いを叶えるため『溺愛契約』を交わすことになった。

 そして今夜、その作戦を実行するために夜会へと参加した。

 二人が会場に入り、中央に進む。周囲はもう歓談していた。

「ご無沙汰してます」
「あの話聞きました……?」
「そういえば皇都でも流行ってるとか」

 たくさんの人々が談笑し、穏やかな音楽が流れる広間。知り合いに引き留められると二人も、その輪に入っていった。

 広い屋敷のハーバレッジ邸の大広間で開かれた夜会。ここは皇都とヴァーガリア辺境伯領のちょうど真ん中あたりに位置していた。

 レイアのために流した噂が影響して、その日の会場には多くの参加者が集まっていた。

 『生真面目で近寄りがたい辺境伯が溺愛する花嫁』、『指示書で結ばれていながら、本当の愛に目覚めた二人』。そんな話を聞き付けた人々は、興味本位の視線をさりげなく向ける。

 そのせいもあってソラティスの隣にいるラシーヌは、終始表情が固いままだった。ぎこちない笑みが、さらにおぼつかない。

 見られている、と気負えば気負うほどに。

 ソラティスは少しでも負担を軽減するように、その腕に彼女を抱き寄せる。それがまた周囲には愛ゆえの行動と囁かれた。

「少し外に出ないか?」
「……よろしいのでしょうか。まだお会いしていない方もいますが」
「構わない。主要な相手にはすでに会っている。それより行こう」

 そう返して、挨拶を一通り終えたラシーヌを、息抜きにとそっとバルコニーに連れ出す。

 外に出て、わずかに身を震わせたラシーヌの肩へソラティスは、自身が着ていた上着をかけた。

「休憩がてらと考えたんだが、この辺りも日が沈めば冷えるな」

 そして彼女から離れて手すりへ、寄りかかる。ラシーヌに微笑みかけて続けた。

「あまり気を張らなくていい。今日は軽い様子見に過ぎないんだ。レイア嬢もいないしな」

 今日参加するのか、その可否がわからなかったが直前になって回答があったらしい。『否』と。

 その回答に残念そうにしていたのは意外にもラシーヌだった。

 だがそれを思い出しても問うことはなく、ソラティスは「そういえば」と続けた。
 
「母と出かける約束をしたらしいな」

 その言葉にラシーヌは頷く。

「ええ。面白い観劇があるとかで……ただ、パトロネスについてはまだ、正式に教えていただけることが少なくて……」

 本当は受け入れられていなかったのかもしれない、と浮かんだ不安を飲み込む。ラシーヌは、久しく社交界に出ていなかった。

 ソラティスの母であるベルモラ夫人は辺境伯領で一目置かれるような社交界の花だ。彼女に指摘されることもあるだろう。それに応えられるかが不安だった。

 だが彼は「問題ない」と返す。

「すでに母は君を気に入っている。それに普段の所作からも…」

 人が近づく気配に気づいて、言葉を止める。ソラティスはさっと動いてラシーヌのそばにいくと、そっと腰に手を回し体を引き寄せる。ほどなくして、バルコニーの入口のガラス扉に人影が映った。

 だが、その人物は迷った様子でなかなか入ってこない。間を置いて、控えめにノックされた。

 参加者であれば自由に出入りできる。不思議に思いながらもソラティスが返事をした。すると、入ってきたのはバルトネルだった。髪が乱れている様子から、急いでいたのが分かる。彼はラシーヌを一瞥して言った。

「レイア様が……いらっしゃいました」
「彼女が?」
「急遽参加されたようです。主催も驚いていて、今は別部屋で準備しているみたいですけど、行きますか?」
「そうだな…」

 一瞬承諾しかけて、彼はラシーヌを見るとバルトネルへ軽く首を振った。

「いや、後にする。ただあの件だけは確認しておいてくれ」
「承知いたしました」

 そう言ってバルトネルが頭を下げて離れていく。その背を見送ってラシーヌが口を開いた。

「本当に行かなくていいのでしょうか?」
「ああ、折を見て会いに行くから安心してくれ。それより君の方は大丈夫か?」

 以前、父親に話を通すのが難しいと話したことを覚えていたようだ。家族に会うのに思うところがあるかもしれない、と気遣った結果だった。

 だがラシーヌは小さく頷いて、彼を見上げる。その瞳はどこか凛としていた。

「大丈夫です。会いに行くのなら、私も一緒に」
「……そう、だな」

 二の足を踏んでいたのは俺の方か、と呟いて、ソラティスは歩き出す。そしてガラスのドアのノブに手をかけた。

「では早速行くとしよう。ラシー」
「はい」

 そうして二人は会場に戻っていった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】モブ令嬢としてひっそり生きたいのに、腹黒公爵に気に入られました

22時完結
恋愛
貴族の家に生まれたものの、特別な才能もなく、家の中でも空気のような存在だったセシリア。 華やかな社交界には興味もないし、政略結婚の道具にされるのも嫌。だからこそ、目立たず、慎ましく生きるのが一番——。 そう思っていたのに、なぜか冷酷無比と名高いディートハルト公爵に目をつけられてしまった!? 「……なぜ私なんですか?」 「君は実に興味深い。そんなふうにおとなしくしていると、余計に手を伸ばしたくなる」 ーーそんなこと言われても困ります! 目立たずモブとして生きたいのに、公爵様はなぜか私を執拗に追いかけてくる。 しかも、いつの間にか甘やかされ、独占欲丸出しで迫られる日々……!? 「君は俺のものだ。他の誰にも渡すつもりはない」 逃げても逃げても追いかけてくる腹黒公爵様から、私は無事にモブ人生を送れるのでしょうか……!?

婚活をがんばる枯葉令嬢は薔薇狼の執着にきづかない~なんで溺愛されてるの!?~

白井
恋愛
「我が伯爵家に貴様は相応しくない! 婚約は解消させてもらう」  枯葉のような地味な容姿が原因で家族から疎まれ、婚約者を姉に奪われたステラ。  土下座を強要され自分が悪いと納得しようとしたその時、謎の美形が跪いて手に口づけをする。  「美しき我が光……。やっと、お会いできましたね」  あなた誰!?  やたら綺麗な怪しい男から逃げようとするが、彼の執着は枯葉令嬢ステラの想像以上だった!  虐げられていた令嬢が男の正体を知り、幸せになる話。

【完結】魔力ゼロと捨てられた私を、王子がなぜか離してくれません ――無自覚聖女の王宮生活――

ムラサメ
恋愛
伯爵家で使用人同然に扱われてきた少女、エリナ。 魔力も才能もないとされ、義妹アリシアの影で静かに生きていた。 ある日、王国第一王子カイルの視察で運命が動き出す。 誰も気づかなかった“違和感”に、彼だけが目を留めて――。

さようなら、私を「枯れた花」と呼んだ貴方。~辺境で英雄を救って聖女と呼ばれたので、没落した元婚約者の謝罪は受け付けません~

阿里
恋愛
「お前のような見栄えの悪い女は、俺の隣にふさわしくない」 婚約者アレクに捨てられ、辺境へ追いやられたセレナ。 けれど、彼女が森で拾ったのは、アレクなど足元にも及ばないほど強くて優しい、呪われた英雄ライアンだった。 セレナの薬草が奇跡を起こし、王都を救う特効薬となったとき、かつて自分を捨てた男との再会が訪れる。 「やり直そう」と縋り付くアレクに、セレナは最愛の人と寄り添いながら静かに微笑む。 ――あなたが捨てたのは、ただの影ではなく、あなたの未来そのものだったのですよ。

侯爵令嬢はざまぁ展開より溺愛ルートを選びたい

花月
恋愛
内気なソフィア=ドレスデン侯爵令嬢の婚約者は美貌のナイジェル=エヴァンス公爵閣下だったが、王宮の中庭で美しいセリーヌ嬢を抱きしめているところに遭遇してしまう。 ナイジェル様から婚約破棄を告げられた瞬間、大聖堂の鐘の音と共に身体に異変が――。 あら?目の前にいるのはわたし…?「お前は誰だ!?」叫んだわたしの姿の中身は一体…? ま、まさかのナイジェル様?何故こんな展開になってしまったの?? そして婚約破棄はどうなるの??? ほんの数時間の魔法――一夜だけの入れ替わりに色々詰め込んだ、ちぐはぐラブコメ。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

政略結婚のはずでしたが、黒の公爵に「君を愛するつもりしかない」と言われました。

ちよこ
恋愛
没落寸前のエーデル伯爵家の令嬢ルイーズは、この国最大の権勢を誇る黒の公爵エルハルトと政略婚を結ぶことになった。 釣り合わない縁談に社交界はざわめいたが、ルイーズは「家同士の利害が一致した取引に過ぎない」と割り切っていた。 ところが初夜、公爵は開口一番こう言った。 「私は君を愛するつもりしかない」 政略婚のつもりでいた令嬢と、最初から決めていた公爵の、少し不器用な初夜の話。​​​​​​​​​​​​​​​​

突然決められた婚約者は人気者だそうです。押し付けられたに違いないので断ってもらおうと思います。

橘ハルシ
恋愛
 ごくごく普通の伯爵令嬢リーディアに、突然、降って湧いた婚約話。相手は、騎士団長の叔父の部下。侍女に聞くと、どうやら社交界で超人気の男性らしい。こんな釣り合わない相手、絶対に叔父が権力を使って、無理強いしたに違いない!  リーディアは相手に遠慮なく断ってくれるよう頼みに騎士団へ乗り込むが、両親も叔父も相手のことを教えてくれなかったため、全く知らない相手を一人で探す羽目になる。  怪しい変装をして、騎士団内をうろついていたリーディアは一人の青年と出会い、そのまま一緒に婚約者候補を探すことに。  しかしその青年といるうちに、リーディアは彼に好意を抱いてしまう。 全21話(本編20話+番外編1話)です。

処理中です...