替え玉の私に、その愛を注がないで…。~義姉の代わりに嫁いだ辺境伯へ、身を引くはずが……持ちかけられたのは溺愛契約。

翠月 瑠々奈

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『これは我が領の……延いては、この国の存亡が懸かっているのです!』

 ベルン皇国を統べる皇帝に謁見した、白髪交じりの男性が訴える。薄紅の目を見開き、膝をつきながらも両手を広げてそう言ったのはヴァーガリアの領主であるベルナー・ヴァーガリアだった。

 人払いされた謁見の間には、少数の護衛と皇帝とベルナーだけ。その中で彼は、さらに続ける。

「他の宝飾品は構わない。だがあれだけは……あの魔導飾アーティファクトだけは」

 震える手に視線を落とし、強く握り締める。正面の玉座にいる皇帝は眉をひそめた。しかし、少しして額に手を置くと「すまないな……」と一言、呟いた。

 このような深刻な場になったのは、ヴァーガリアで世伝の宝が盗まれたことに始まる。

 ヴァーガリアで展開されている氷華の加護。その力が暴走しないように抑える制御装置のようなものが、代々伝わる魔導飾アーティファクトだった。

 それが、今回盗まれてしまったのだ──あろうことか、国の政策のせいで。

知の水平化ナレッジ・レベラー

 国全体の知識を共有し、平均化を図る政策だ。

 ベルン皇国は、その歴史と土地柄から様々な国や人種が入り交じっている。国を保つために安定性を求めるようになっていた。

 そこで身元のしっかりした若者たちを、広大な土地を持つ領主のもとへ送り、その手腕を学び、自領に戻して運営させる。そうすることで国全体の水準が一定に保たれるという取り組みをすることになった。

 そして、その一大事業と呼べるものが始まり、若者たちが各領地へと向かった。当然、選ばれた者たちは、ほとんどが爵位のある家の令息だからか、家のためと学ぶことにとても意欲的だった。

 もちろん打診された領主たちも、国から紹介されたのなら、と受け入れた。ヴァ―ガリア領主のベルナーも同様だった。

 新しい試みは、ある程度成功した。各地で学んだ令息たちは、自領に戻り領が栄える。すると、国全体の景気も上がり始めたのだから。

 だが、問題が起きたのは、それからしばらくした頃だった。

 ちょうどヴァ―ガリアが三人目の令息を受け入れた後だった。

 名は、ジョセフ。とある貴族の夫婦に引き取られたばかりの青年だった。

 夫婦は年老いていたために、他所で領地経営を学んで戻ってくるなら、と喜んだ。ヴァ―ガリア領主にも、何度も世話になると手紙を書き、それをジョセフも分かった上でよく働いていた。

 しかし、それは長く続かなかった。

 ジョセフは──ヴァーガリア邸で、盗みを働いたからだ。

『何をしている!!』
『ふん! 貴族になりゃ、遊んで暮らせるはずだったのによ!』

 彼は楽な暮らしができると思って貴族に引き取られた。だが思惑とは違い、労働や勉強ばかりの日々。嫌気がさしたのだろう。

 ヴァーガリア邸から大量の宝飾品と、その登録証書を持ち出し、辺境伯領から遠く離れた土地で売りさばいた。

 すぐにバレると思われた行動も、正規の登録証書のせいで、盗品と気づかれず、結果として全て他の人物の手に渡るという事態に陥る。

 その後ジョセフは見つかり盗品もほとんど買い戻せたのだが、たった一つ。魔導飾アーティファクトを手にしたソレーユ家だけが、買い戻しを渋った。

 魔導飾アーティファクトは、古い時代に作られた装身具。バンズも簡単には手放せないと言う。

 だが、あれがなければヴァーガリア領を運営していけないことを説明して、ようやく彼は一つの交換条件を出した。

 それを思い返してベルナーが大きくため息をつく。皇帝は気の毒そうに、声をかけた。

「ソレーユ家の当主バンズは、頑なに断っているわけではない。条件を飲めば……」
「あなたも嫁を取れといわれるのか」

 バンズの条件は一つだった。その魔導飾アーティファクトを持つ孫を嫁に迎えてくれと彼は言った。

 孫に、再び安らぎを得てほしいと、望んでいたようだ。

 皇帝は「ああ、そうだ」と続ける。

「妥協できる範囲だろう。君の子息も独り身ではないか」
「だが一生のことです。簡単には……」
「ベルナー。悪いが国から出来ることは一つだ。それを望むとき、また来てくれ」
「……」

 これ以上は手を出さない。線引きされたベルナーは、希望のない瞳で正面を見て、再び視線を落とす。そして目を瞑り呟いた。

「……承知、しました」

 玉座の前で彼は深々と頭を下げる。

 そうして、彼は決断を迫られることになった。


*  *  *


「結局、その回答を出す前に父は亡くなり、細かな経緯いきさつは知らないが指示書が出ることになったようだ」
「そして今、アーティファクトと呼ばれるものを持っているのが義姉なのですね。それで彼女を妻に迎えると」
「ああ」

 義姉に心奪われて、と思い込んでいたものが否定されて、ラシーヌの胸にわずかな期待が浮かぶ。無意識にそっと胸元に手を当てた。

 だが反して、ソラティスは表情を曇らせる。

「君には巻き込んでしまい申し訳ないと思っている。契約まで結び協力してもらったが、あの様子だとここまで連れてくるのは望みが薄そうだ」

 レイアからの誘いを手酷く断ってしまった以上、彼女への心証は悪くなっているはず。それを理解した上で彼は言った。

 そして続ける。

「そういえば、あの翡翠ジェダイトのペンダントは初めからレイア嬢の物だったのか?」

 問われてラシーヌは、軽く首を横に振った。
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