替え玉の私に、その愛を注がないで…。~義姉の代わりに嫁いだ辺境伯へ、身を引くはずが……持ちかけられたのは溺愛契約。

翠月 瑠々奈

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 いつの間にか出発した馬車は、規則正しい蹄の音を響かせる。だがその間も、ソラティスはラシーヌを抱き締めたまま動かない。

 少しして息を吐いた彼は、そっとラシーヌの手を取ると、うなだれるように頭を下げて額に付けた。

「ティス……」

 あまりに弱々しい姿にラシーヌが戸惑い始める。これほどまで気落ちさせるとは思いもせず、やはり嫌われてしまったのだろうか、とさえ不安になった。

 恐る恐る声をかける。

「あの、呆れさせてしまいましたか……?」

 直後、顔を上げた彼は、その緋色の瞳を細める。そしてラシーヌを引き寄せ抱く手に力を込めた。

「君に? 呆れるなら君の家に、だろう。それすら生ぬるいが……」

 一度言葉を区切った彼が続ける。

「ソレーユ家で君の扱いが悪いことは知っていた。だがよくある家族内でのいざこざと、思い込んで……そのままレイア嬢へ会わせてしまった。すまない。もっと理解していれば、こんなことには……」

 ソラティスの言葉を思いがけない気持ちで聞いていたラシーヌ。てっきり実家で役立たずと呼ばれていた自分を、娶ってしまったことに、嘆かれているのだと思っていた。

 まさか逆だとは思わず、驚きながらも返す。

「そんな! 気にしないでください。たいしたことではありませんから」

 安心させるように柔らかく微笑む。しかし、それを見て彼は胸が締め付けられる思いがした。ソラティスは、ラシーヌへ静かに言う。

「あれは極めて理不尽な状況だった。あんなものに慣れなくていい。あんなことになるなら、会わせなかった」
「ティス……」

 今までの状況が、納得できていたとは言いがたい。理不尽だと思わなかったわけじゃない。だが、知らずに飲み込んでいた。

 けれどそれを汲み取るように、目の前で本気で心配するソラティス。ラシーヌは何も言えなくなって俯き、口を固く結んだ。

 嬉しいのか、悲しいのかさえわからない感情が込み上げて、鼻の奥がツンと痛む。ラシーヌはこれ以上、心配をかけまいと唇を噛みしめ、気づかれないように息を止めて無理やり押さえつけた。

 そんなラシーヌをそっと抱き締める。互いの鼓動しか聞こえないような、そんな静寂が二人を包んだ。

 一拍置いて、馬車が大きくガタガタと揺れる。顔を上げた彼女が外に目を向けると、すでに会場から離れていた。

 ヴァーガリアに近づいたのだろうか。気づけばチラホラと粉雪が舞っている。ラシーヌは吸い寄せられるように見つめていた。

 それを見たソラティスの目元が優しくなる。

「君は、雪が好きなのか。ヤハラでも見ていたな」
「そうですね。皇都ではあまり見なかったのもありますが……不思議と、惹かれてしまうのです」
「そうか。ヴァーガリアは雪が多いからな。褒められているようで嬉しいよ」

 そう言って、同じように窓の外へ目を向ける。ラシーヌがそっと視線を戻してソラティスの横顔を密かに見る。胸が跳ねた気がした。


*  *  *


 邸に戻ってきたのは夜も更けてからだった。

 二人が帰るなり、使用人たちはバタバタと動き出す。ラシーヌの着替えからソラティスへの報告。それが落ち着く頃に彼は、ラシーヌを執務室へと呼んだ。

 話したいことがある、と。

 寝室ではなく執務室に呼ばれたことに、少なからず緊張しつつ部屋を訪れたラシーヌは控えめに扉を叩く。返ってきた言葉に従って、おずおずと顔を覗かせた。

 だが奥の方を見ても相手の姿はない。周りを見ようとした瞬間、頭上から声がした。

「どうした?」
「!」

 出迎えるために扉の傍にいたソラティスが、頭を傾ける。彼女は驚きに目を見開き、反射的に顔を逸らした。

「あ、いえ。てっきり奥にいるものと」
「それは驚かせたな。すまない」
「気にしないでください。それよりお話とは?」
「ああ。こちらに」

 そう促されるままラシーヌは部屋へと入る。ソファを勧められて、腰をおろした。そして一息ついて、ソラティスを見ると彼は真剣な顔で話し始めた。

「明日にすべきとも思ったんだが、夜会での状況から早い方がいいと判断した。君に伝えておきたいことがあるんだ」
「私に……?」

 不思議そうにする彼女へ、ソラティスは頷き、続ける。
 
「そもそもの始まり、俺たちの婚姻した理由である婚姻指示書は俺の父……ヴァーガリア前領主が皇帝に書かせたものなんだ」
「ティスの、お父様が?」

 一瞬「結婚したくない!」と義父に訴えたレイアが掠めた。ソラティスも同様に、義姉と結婚したいがために頼んだのだろうか。それほどまで義姉に想いを寄せていたのだろうか。

「……」

 だが、冷静に考えればソラティスがそんなことを言うとは思えない。加えて目の前の彼からは、そんな気配がなかった。

 ラシーヌはスッと息を吸って、意思を固めた様子で「教えてください」と返す。

「どういう事情があるのか、なぜ義姉が必要なのか。聞かせてください。私は……あなたの妻ですから」

 真っ直ぐ見つめてくる瞳に、ソラティスも思わず目を瞬く。彼は「長くなるが」と前置きして始める。

 前領主と皇帝の間で交わされた約束。その当時、何があったのかを、彼は思い出しながら口を開いた。
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