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しおりを挟む迫りくる危険に、抗うようにヤハラ周辺の天候が荒れ始める。風が強まり、雪が頬を打つ。ソラティスとバルトネルは、有事のための専門騎士団のうち、一部隊を引き連れ国境まで訪れた。
視界の悪い中で、彼は声を上げる。
「現在の状況は? どうなっている?」
その声に、地図を見ていたバルトネルが顔を上げた。すぐさま、肩にかけていた鞄から箱を取り出し中を見る。氷華の舞に使う扇が鮮やかな朱から色を失い、くすんでいた。
「厳しいです! 先代様の加護の力が弱まってます…!!」
再び轟音が響き地面が揺れる。何人かが膝をついた。空からはパラパラと噴石が飛んでくる。音だけなのはまだ、加護が保たれているからだろう。
ソラティスは空を見上げて返事をした。
「……そうか」
さらに吹き荒ぶ風が襲ってくる。二人の視線の先には、赤々と燃え盛るマグマが見えていた。それは確実に流れ出ており、今にもヤハラに襲い掛かろうとしている。
同時に煙の柱が揺らぎ始めた。崩れれば火砕流となるだろう。
高温の熱風と塵のように転がる岩でも、氷華であれば一度や二度は耐えられる。だがもし、それが繰り返される規模であれば全てを受けきるには、現当主であるソラティスが力を尽くすほかにない。
彼は逡巡して、バルトネルに指示を出した。
「レイア嬢に事情を話し、協力を仰いでくれ」
「彼女が素直に聞いてくれるとは思いませんが……承知しました」
素早く頭を下げて、荷物を他の侍従に預け身を翻す。バルトネルが去ってからすぐ、他の使用人へも指示を出した。
儀式の準備を、と。
* * *
「お義姉様!」
ラシーヌが引き留め、小走りで駆け寄る。レイアはちょうど、避難するために大広間を出たところだった。
呼び掛けられたことに足を止めて、振り返る。彼女は相手の姿を見て、怪訝に眉をひそめた。
「はあ……てっきりソラティス様が迎えに来たのかと思ったのに。役立たずの貴女だけなのね」
不満げに言って頬を膨らませる。ラシーヌは反射的に眉尻を下げて「ごめんなさい」と返してしまう。
すぐに慌てて続けた。
「ソラティス様の迎えではありませんが、義姉の力を貸して欲しいのです。私についてきていただけませんか?」
「なんで私が? あなたのために? 嫌よ」
フイッと顔を背ける。ラシーヌは息を飲んだ。今、大変なことが起きている。細かいことはわからずとも、レイアの持つアーティファクトが必要なことは理解できた。
領主を守るための装身具。氷華の力が暴走したときの制御装置ともなりうる魔導飾。
ラシーヌはどうにか、このペンダントを彼のもとに持っていけないか、と考える。
そしてそっと首もとのネックレスに触れた。静かに目を伏せ、強い決意を秘めて目を開けた彼女はレイアを見つめた。
「ではこのネックレスと……そのペンダントを交換していただけませんか?」
「交換? 今? 何を言ってるの?」
「必要なことなのです! ……お願いします!」
普段縮こまることしか出来ないラシーヌが、鬼気迫る表情で訴える。さすがのレイアもわずかに怯んだ。
だがすぐに、フイッと顔を背ける。
「私のものを貴女に渡すなんて嫌よ」
「なら……」
ぐっとネックレスを掴む力に、さらに力を込めた。
「なら! 差し上げます! だからお願いです……! 力をお貸しくださいっ!」
「っ!?」
勢い良く頭を下げられて、彼女は根負けしたように息を吐くと肩の髪を払った。
「ペンダントは渡さない。ネックレスは貰う。代わりについていってあげるわよ。早く案内なさい」
「お義姉様! ありがとうございます!」
「とにかく早くして。貴方たちも行くわよ!」
「承知しました」
ソレーユ家から連れてきた使用人の何人かが、取り巻きのようにレイアに付き従う。彼らはラシーヌの案内に従い、玄関へ向かった。
途中で、ラシーヌたちを見守っていたカナンと、神殿から戻ってきたバルトネルと合流する。事情を話して、ともに儀式が開かれるという神殿を目指すことになった。
「神殿は、ヤハラの端にあるのです。ここからはすぐですよ」
バルトネルが馬車の中でそう言った。ひとまずと車内に押し込まれたのは、ラシーヌとレイアだけ。カナンと他の使用人たちは後から追うことにした。
彼の説明どおり、窓から神殿の姿が見え始める。
雪のように真っ白な石柱で組み上げられ、そばに行くと小さく人だかりが見えた。ソラティスと騎士たちだ。
三人は馬車をおりて、石柱の間を進む。中央の天井は吹き抜けとなり台座があった。
「ここで何するのよ?」
「皆さんは、こちらにいてくださるだけで構いません」
「寒い中でずっといろって言うの!?」
悲鳴に似た不満に、慌ててバルトネルが首を振る。
「いえいえ! 使用人たちに温かくする道具を用意するよう指示を出しています。こちらに到着し次第、準備させますのでそれまで少しお待ちください」
「ならいいわよ。早くしてよね」
「急がせます!」
ラシーヌにレイアを託して、バルトネルは台座に目を向けた。
あの台座でヴァーガリア領主は舞いを披露する。それが加護となり、氷華としてヤハラを守る。だが一年に一度の儀式はすでに終えていた。
これ以上、おこなえば領主の生命力を使用することになる。
けれど、とバルトネルがレイアの首もとに輝くネックレスへ目を向けた。
アーティファクトがあれば、それを防げる。
問題ない──そう、彼は思いながらその場を去った。
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