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しおりを挟む神殿の中央で準備を終えたソラティス。
羽織を二重に着用し、腰元を紐でくくる。その古の衣装は代々儀式の正装として受け継がれてきた。
厳かな雰囲気が漂う。その中で場にそぐわない甲高い声が響いた。
「ソ、ソラティスさま!? そのお召し物は……ふぐっ!」
今にも騒ぎだしそうな彼女を、いつの間にか戻ってきたバルトネルが慌てて口をふさいで引きずり離す。
「今は邪魔しないでください。これから説明しますから」
「あにすうのよ!!」
ズルズル引きずって、端に連れていく。取り巻きも困惑しつつ付いていった。ラシーヌもチラリとソラティスを見る。彼は安心させるように、笑みを作った。
そして台座の前に立つ。四方で揺れる灯籠※の炎が一瞬、力強く燃えた。まるで歓迎しているかのように。
ソラティスが緊張した面持ちのまま、目を開ける。静かな雰囲気を纏い、歩き出した。
目指すは祭壇。その一歩一歩に覚悟が宿るかのように、力強く進む。やがてたどり着くその場所で、彼は片膝を付いた。
「……」
漆黒の艶めいた髪が、肩からサラリと流れ落ちる。目を伏せ、耳を澄ます。周囲の音が、消えたように静まり返った。
ピンと張り詰めた空気の中、どこからともなくシャンと鈴の音がした。
レイアとラシーヌがピクリと反応する。バルトネルが「精霊の雪鳴りです」と二人に言った。
怪訝な顔をしたレイアが、離せと言わんばかりに彼の手を叩く。バルトネルが一度迷ってラシーヌを見る。彼女はゆっくりと頷いた。
彼はそれに従い、そっと手を離す。ラシーヌが念を押すようにレイアの腕を掴んで「お静かに」と言った。
さすがの彼女もそこまで言われては声を潜める。小さく疑問を口にした。
「ねえ、雪鳴りってなに? 精霊なんているの?」
その問いにバルトネルが答える。
「ええ。この辺境のヴァーガリアに住む氷の精霊。姿を見たことはありませんが、加護の力はそれで成り立っているのです」
「ふ~ん」
精霊も魔力も昔からあるのは知っている。けれど移民を迎えるうちにそれを感じ取る感覚は薄れていった。
レイアも同じく教えられただけで、なんとなくあるもの、といった感じだった。
珍しいものを見るかのように視線を戻す。ソラティスがゆっくりと立ち上がるところだった。
一歩踏み出す、同時に雪鳴りがシャランッと響き渡る。
それはまるで曲を奏でているかのようだった。
「氷華は舞いを捧げる領主の霊力を触媒にし、精霊の力を引き出します。そして、それを魔力として加護を形作って街を守るのです」
バルトネルが言う。ソラティスが広がる花のように手を広げる。すると、衣装が花びらのように広がった。気付けば、吹き抜けから雪が入り込む。
それは喜んでいるかのごとく、煌めいた。
「当然、霊力は魂の力ですから、激しく消耗すれば命の危険すらあるのです」
「そうなのね」
ラシーヌが返した。見守る三人に控えていた騎士の一人が近づく。バルトネルの耳元で何かを伝える。彼は「通して」と短く返した。そして二人に声をかける。
「私は席を外します。しばらくそちらでお待ちください。ささやかですが寒さをしのげるよう準備しました」
「あら、気が利くじゃない」
神殿外に、簡易の風避けが作られている。レイアは喜んで向かった。バルトネルが「ラシーヌ様も」と声をかける。
「舞いには、それなりにお時間がかかります。体が冷える前に向こうでお待ちになってはいかがですか?」
「私は……ここにいます」
まっすぐソラティスを見つめる瞳。彼女はその姿しか見えていないようだった。
バルトネルがフッと表情をやわらげる。
「ご無理はなさらないように。私はもう一人の客人を迎えて参りますので」
そう頭を下げるバルトネルが身を翻す。彼の向かう先には、波打つ黒髪を揺らして駆けてくるベルモラ男爵夫人がいた。
子のソラティスを心配して足を運んだザラは、母の顔をしていた。バルトネルを見るなり焦りを見せる。
「儀式は?! 終わったの!?」
「もうすぐ終盤です」
「精霊たちは……」
視線の先のソラティスは順調に舞い、終盤に差し掛かっているようだった。
凍てつく寒さにもかかわらず玉のような汗をかき、眉間の皺は深くなる。同時に苦しげな表情が、踏み込みの度に強くなる。そうして最後の振りになった。
ダンッ!!と足を踏み込んで音が途切れる。訪れる静寂のあと、ラシーヌの悲鳴に似た声が響いた。
「ソラティス様!!?」
彼の体はぐらりと揺れて、そのまま前に倒れ込んでしまう。慌ててラシーヌが駆け寄り、その体を支える。だが重みに思わず崩れるようにしゃがみこむ。
それでもなんとか、抱え込むことが出来た。すぐにバルトネルたちも駆け寄る。
「ラシーヌ様、主をそちらに。誰か! 運べるものをすぐに!」
その指示を聞きながら、ラシーヌはゆっくりとソラティスを床に寝かせて、持っていたハンカチで額を拭う。彼は苦しげに、また顔をしかめた。
「ぐっ!!」
「ソラティス様!!」
青白い顔で、胸元を強く掴む。苦しげな顔でもがいていた。必死に手を伸ばす。ラシーヌがその手を取った。
直後、隣からレイアが覗き込む。
「どうしたの?」
「霊力の消耗が激しすぎるのです」
すでに今年の舞いは捧げた後だ。一年掛けて回復するものを頻繁に行えばどうなるかは明らかだ。
騒ぎを聞き付けて駆け寄ったザラも思わず声を上げる。
「ティス! ティス! 嫌よ! 貴方まであの人のようになっては……!」
「え……──っ!??」
だが次の瞬間、レイアの胸もとにある淡い翡翠色の宝石が輝き始めた。
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