替え玉の私に、その愛を注がないで…。~義姉の代わりに嫁いだ辺境伯へ、身を引くはずが……持ちかけられたのは溺愛契約。

翠月 瑠々奈

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 ベルン皇国では、本人の意思なく婚姻および離縁する場合は、その家族からの申請を受け国と神殿の許可が必要となる。

 そのためラシーヌから受け取った離縁届けを持って、ザラは皇都へ馬車を走らせた。

 だがその間、レイアがいつ皇都へ戻ってもおかしくない状況だった。バルトネルは苦肉の策で、レイアを引き留めるため「夫人」扱いすることにする。

 手始めに、レイアが気に入ったテーラーを邸に呼ぶ。

「レイア様、こちらのお召し物はいかがでしょうか」
「どんな刺繍もお選びいただけますよ」

 たくさんの見本品や生地、飾りを広げる。だが彼女は一切興味を示さない。邸に来るテーラーの従業員よりも、侍女に声をかけた。

「それよりあの役立たずの部屋に連れていきなさいよ。あの子より質の悪いものはいらないし、そもそも全部私のものなんだから。さっさと見せなさい」
「それは……」

 レイアにあてがわれた新たな侍女が、困惑気味にバルトネルを見る。彼が静かに頷くと、侍女は「承知しました」と返した。

 それからゆったりと立ち上がり、侍女を追って部屋を出ていく。

 出入りしやすいよう、開け放たれたままの扉の向こうで、その一連のやり取りを見ていたのはカナンだった。

 彼女は廊下の端から鋭い視線を向けている。彼女はその後もずっとバルトネルの動きを目で追っていた。

 放っておいたら今にも飛び掛かりそうな雰囲気を、後ろで留めているのはラシーヌだった。

 こういう事態になると、昨夜、事前に話したばかりだったからだ。


 ……──。


「申し訳ありません!!」
「謝って済む問題じゃないわ!!」
「カナン! 私はいいからっ!」

 頭を下げるバルトネルに、食って掛かるカナン。その勢いを押さえているのは、腕を掴むラシーヌだった。

 レイアをヴァーガリアへ留めるために、咄嗟に口から出したのは「私どもは貴女に仕えます」と全権を掌握させるような言葉だった。

 それに機嫌を良くしたレイアを、上手く引き留められたものの、カナンは抑えきれない怒りを露わにした。

 ソラティスの命を守るために、アーティファクトが必要なことを知っているのはラシーヌだけ。当然彼女は「構わない」と言ったものの、事情を知らないカナンは、どうしてもそれが許せなかった。

「姫様がまだいるのになんてことを! それも一介の侍従ごときが!」
「カナン! 仕方ないことなのよ!」
「仕方なくありません! せっかく! せっかく姫様が幸せになれるはずだったのに!!」

 力強い瞳の端から雫が弾ける。バルトネルは、ハッとした。けれどすぐ、視線を逸らしてその場に片膝をついて頭を深く下げた。

「ラシーヌ様。ご存じいただいている通り、今回のことは完全にベルモラ夫人と私の独断です。一片たりとも主の決定はありません。これを知れば主はきっと……」

 彼は唇を引き結ぶ。だが、すぐに顔を上げた。

「私はどんな叱責を受けても、後悔はしません。ただ、巻き込んでしまった貴女へ心からの謝罪を」

 その真っ直ぐな目に、ラシーヌは何も言えなくなる。彼女は静かに答えた。

「あの方のことは、貴方が一番ご存じでしょう。ですから私もこれが最善と信じます」

 ラシーヌがそう言うが、カナンは納得できない様子でさらに噛みついた。

「姫様が何を言おうとも、私は絶対に認めないわ!」
「カナン! もういいの! だから落ち着いて!」

 彼女の必死の声に、息を切らしつつもようやく動きを止めた。だが、その目には、未だ冷めない怒りが宿っていた。
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