替え玉の私に、その愛を注がないで…。~義姉の代わりに嫁いだ辺境伯へ、身を引くはずが……持ちかけられたのは溺愛契約。

翠月 瑠々奈

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 溺愛契約と称して、邸でも触れ合う時間を作っていたある日、ラシーヌは執務室にいた。

 日差しが柔らかく注ぎ、わずかに開いた窓からは冷えた風が入ってくる。暖炉の熱気がこもった部屋にはちょうどいいが、座っている彼女は居心地悪そうに縮こまっていた。

「……」

 何故ならそこが、いつも座っているソファとは別の場所だったからだ。

 窓際の執務机に向かっているソラティス。彼は淡々と書類に目を通しているのだが、その膝の上にすっぽりとラシーヌが収まっていた。

 戸惑いがちに彼女が言う。

「……ティス、あの。お仕事の邪魔になっていませんか? 終わってからにしては…?」

 居た堪れない様子で身をよじるが、腰に回されたソラティスの腕が逃がさないとばかりに力を増した。だがすぐに言い訳じみた言葉を返す。

「いや、違うんだ。案外悪くない…ではなく、あの商人の言うことも一理あると思ってだな」

 コホンッと咳払いして、そう話したのは、今回の状況を提案した商人のことだった。

 ラシーヌのために庭園の一部を作り替えようと侍女たちから話が出たのは、少し前のこと。雑談の中で、昔から自分だけの花を植える場所が欲しかったとこぼしたことがあった。

 それを聞き逃さなかった侍女らが、せっかくだから刺繍花壇パルテールにでもしたらどうかと言い、早速花の商人を呼んだ。

 そしてそれを聞きつけたソラティスも同席したのだが、その商人が終始、妻を膝の上に乗せ交渉しており、彼はつい聞いてしまったのだ。それでは仕事がしづらくないのか、と。

 その時のことを思い出して、ラシーヌもフフッと笑う。

「あの怒涛の勢いで話されて、納得できる点を見つけられたのはすごいですね」

 商人がソラティスの疑問を聞いた途端、惚気が始まってしまった。妻がどれだけ素晴らしいか、妻への愛がどれほどあるか、と。こうして常にそばにいることで仕事の効率が上がるとまで言い切った。

 その姿は、二人の目指していた関係そのもので参考にすべきと思いながらも、行動には移さなかった。

 そのもどかしさを見透かしたのか、しまいには「ご領主様もどうぞ」と勧めていった。

 ソラティスは、どこか理解を示したようだったが、さすがにいきなり人前でやるのは難易度が高かった。

 悩んだ末に、まずは誰もいない執務室で始めようとラシーヌを誘う。

 彼女も承諾したものの、やはり緊張がまだ上回るようだ。

「……っ」
「ラシー」
「は、はい!」

 名を呼ぶとビクッと肩が跳ねる。ソラティスはペンを置いて、その緊張ごと覆うように、ラシーヌの肩と腰をさらに抱き寄せ、首元に顔を埋めた。

「──! ティ、ティス?!」
「……」

 戸惑う声すら心地好い。なるほどな、とソラティスは思う。商人の言っていた意味が本当の意味で、理解出来た気がした。

 ふと、イタズラ心が芽生える。呟くように問いかけた。

「……嫌か?」
「!」

 耳元で囁く声。一瞬息をのんで、けれどラシーヌは「いえ…」と返した。

「嫌では、ありません…」
「そうか」

 彼は満足そうに笑う。思わず目を奪われて、慌てた彼女は言葉を続けて誤魔化した。

「で、でも、誰かに見られたらと思うと……落ち着かないです」
​「問題ない。しばらく誰も来ないよう言いつけてある」
「それは…逆に…」
「ん?」

 逆に問題じゃないのだろうか、と思っていても言えずに、ラシーヌは両手で顔を覆った。どこかはしたない気がして、けれど何かを期待している気持ちは否めない。

 そんなラシーヌをソラティスは、瞳を細めて見つめ「ラシー」と呼びながら、頬を指先で撫でた。
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