替え玉の私に、その愛を注がないで…。~義姉の代わりに嫁いだ辺境伯へ、身を引くはずが……持ちかけられたのは溺愛契約。

翠月 瑠々奈

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Side story 過去(ラシーヌver.)

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 綴られた一文字、一文字に憧れが募っていく。流していた視線が、最後に留まる。そこには──ありがとう、あなたのおかげで助かった。と書かれていた。

 物心ついたときから、ずっと役立たずと呼ばれていた。それを否定できるほど、何か出来たこともない。

 それでも精一杯考えて、不器用ながら伝えたのは、とある夫人のこと。彼はその行動を受け流さずに、参考にしてくれたようだ。

「……」

 それが心から嬉しかった。私はそっと、届いた手紙を抱き締めるように胸に当てた。


*  *  *


 義母から義姉の代わりを命じられたのは少し前だった。ヴァーガリア領主から手紙が届くから、返事をしろというものだ。

 私に断る術はなくて、ただ言われるがままに書いて送る。次第にそのやり取りが心の拠り所になり始めたのは、思いがけないことだった。

「ねえ、新しいドレス。用意してって書いてよ」

 毛先をいじりながら義姉が突然言う。ヴァーガリア領主との手紙のやり取りが増えた頃、贈り物が届くようになって、それを利用することを考えたようだ。

 直前に呼ばれた私は立ったまま、そんな指示を受けた。

 けれど素直に頷けない。今でも様々な品を贈ってもらっている。にもかかわらず、さらに催促するようなことは心苦しいから。

 私は恐る恐る訴える。

「今でも十分戴いてるではありませんか。お義父様にお願いしては……きゃっ!」

 飲んでいたカップの紅茶をパシャっとかけられて息が止まる。生ぬるい液体の雫が、咄嗟に防ごうとした腕から伝い落ちていく。

 義姉は不機嫌そうに言った。

「生意気。言われたことくらいやりなさいよ。本当に役立たずなんだから」
「お義姉様!」

 とにかくやっときなさい、と念を押して彼女は部屋を出ていく。取り残された私は迷った末に外の小屋へと戻った。

 義姉に言われた通りの内容を書くために。

 けれど着替えを済ませてペンを握る私は、そのまま動けなくなってしまう。

「……どう、書けば……」

 季節の挨拶を書いて、領主様への気遣いと……頭では考えるものの実際には一文字すらペンが進まない。

 悩んだ挙げ句、私は過去の手紙を引き出しから取り出し読み返すことにした。

「……」

 封筒から取り出した便箋の文字を読む。初めは、互いの距離感を探るようなやり取りを重ねていたのを思い出した。

 手紙を送り合う間隔や、共通点。国からの指示なのだから、素っ気なく返しても結果は変わらないのに、何枚捲っても丁寧な文章が続く。

 そうして慣れてくる頃に、ほんの少しずつ想いの乗った言葉が増え、思わず手を止めた。

 そこには『あなたからの手紙を楽しみにしている』や、『ふとした瞬間に、あなたを思い出している』と綴られている。

 それら全てが義姉への言葉だと何度も言い聞かせたのに、実際読んでしまえば、その気遣いに心が舞い上がり、領内のことが書かれていれば自分のことのように心から心配してしまう。

 それは今でも変わらない。トクンッと響く胸に大きく息を吐いた。

「私……」

 気づいてはいけない感情。認めてはいけないもの。それをかき消すように軽く頭を振る。そして改めて視線を落とした先に、気になる一文があった。

「そういえば、近く皇都に来るとか」

 その手紙にハッキリ書かれてはいないが、国の宰相と交渉ごとを進めているような様子が伝わってきていた。

 私はすぐに、バンッと机を叩いて立ち上がり身を翻す。そのまま、まっすぐ執務室へ向かった。義父の手伝いでつけている帳簿を見れば、何か有益な情報がある気がしたから。

 そしてもし、それが何かに使えたなら、ドレスをねだる罪悪感も軽減できるかもと考えた。

 けれど私の行動は、とても軽率だった。それが義父の目にどんな映り方をするのか、そこまで考えていなかったのだから──。

「これなら……」

 執務室に駆け込んで、棚から最近の販売歴を見る。貴族の呼び出しが多い宝飾品店や薬草店、衣料品店の金銭の流れ、皇都へ入ってくる行商人の管理帳簿を漁る。

 これならきっと、彼の役に立つはず。ドレスの対価には到底届かないけど、少しでも……そう思った直後、怒号が響いた。

「何してんだ!!」
「お、お義父様?! ごめんなさい! 少し見させてもらってて」
「見てどうする!? どっかに売るつもりだったんだろう!!」
「そんなことありません! ただ」
「うるさいうるさい!! 勝手に入るなと言っただろう!! さっさと出てけ!」
「あ…あ…ごめんなさい……痛いっ!」

 あまりの勢いに驚いて後ずさる。けれど義父は震える腕を、無理やり掴んだ。強い痛みが走って顔を歪ませる。

「っ!」

 扉を開けた先で思い切り放り出されて、私は床に転げてしまう。

 顔を上げた時には「お前は飯抜きだ!」と吐き捨てられて、バタンっと扉を閉められた後だった。

「……」

 しばらく放心してしまう。でもいつまでも、そこにいるわけにいかないから、少ししてよろめきながらも立ち上がった。掴まれた腕はいまだ痛みがある。その腕をかばいながら、壁を伝ってその場を後にした。

 ただ、あれほど一方的に怒鳴られるとは思わず、少なからず動揺してしまう。帳簿を売るのは確かに悪い。けど、将来縁者となる家のためなら、多少の便宜を図ることは構わない。そう、先代は言っていたこともあった。

 その言葉を思い出し、気を取り直した私は、小屋に戻るとすぐさま目ぼしい情報を書き出し整理した。

 そこでソラティス様への手紙に書くことをまとめる。

 皇都に来てまで宰相様と交渉することがあるならば、必ずその奥様と話をする機会があるはずだ、と。

 ならば、とあたりをつけて書いた情報の中から、宰相様の奥様の記録を探す。目を留めた部分には、ここ最近、薬草店へ複数回、とある化粧品を注文しているとあった。それに加えて、時期外れに到着する予定の行商人の話。

 これをどうにか伝えられたなら、きっと。

 ただそのまま書くわけにもいかなくて、悩んだ末に手紙の最後に『宰相夫人と偶然会いましたが、とある化粧品を求めて困っているようでした』とだけ記すことにした。

 気づいて、と願いながら、そっと封筒を閉じる。卓上に用意したランプの炎を使ってスプーン上の蝋を溶かす。

 そして封筒の合わせ目に落として、印を押し込んだ。

 花開くソレーユ家の家紋が、揺らめく炎に照らされて、いつもより特別に見えた気がした。
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