替え玉の私に、その愛を注がないで…。~義姉の代わりに嫁いだ辺境伯へ、身を引くはずが……持ちかけられたのは溺愛契約。

翠月 瑠々奈

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「ラシー、今いいか?」

 そう、声をかけたのは寝支度を整えたあとのことだった。

 溺愛しているのに寝室が別なのは、何か裏があると思われませんか?と、バルトネルに言われ顔を見合わせた二人。

 確かに、と思いつつも、まだ契約関係に過ぎない状態でやりすぎではないかとソラティスは悩んでしまう。

 だが隣に座っていたラシーヌに相談すると、意外にもすんなり承諾する。「私は構いません。お願いします」と。その言葉にソラティスも一緒にすることを決めた。

 しかしその話の終わりに、わずかに表情へ影があった気がした。ソラティスはそんなラシーヌを気にかけていた。

 やはり本心は違うのかもしれない。無理をさせていた可能性がある。そう考えた彼は、バルトネルのいない場所で改めて聞こうと考えた。

 そしてちょうど彼が邸を出ているタイミングで、廊下の端に彼女の姿を見つけて声をかけた。

 声をかけられてラシーヌも振り返り、小首をかしげる。

「ティス?」

 ラシーヌは入浴後だったからか、頬に赤みが差していた。髪も乾かしたばかりのようで、花のような甘い香りに包まれている。

「あ……いや」

 思わず引き留めたもののソラティスは、その愛らしく無防備な姿に喉を鳴らした。一瞬顔を出す『触れたい』という感情。

「……」

 彼は一息おいて、それを悟らせない自然な所作で、自身の上着を脱ぐとラシーヌの肩に掛けた。

 彼女はわずかに驚きつつも「ありがとうございます」と微笑む。

 そんな表情一つでざわめく心中を自覚しながら、自分の気を逸らすように口を開く。

「突然引き留めてすまない。寝室を移動する話が気になっていたんだ」
「昼間の話ですよね。この後ちょうど向かおうと思っていたのです」

 柔らかい笑みにソラティスは戸惑いを見せる。

「本当に良かったのか? あのときはバルトネルがいたから無理をさせたかもしれない。だが、君がそこまでする必要はないんだ」
「そうではないのですが……でも」

 彼女は一瞬迷うようなそぶりを見せつつ、ソラティスを見上げる。

「私のことは問題ありません。ただティスが…」
「俺のことは気にしなくていい」

 そう言われてもラシーヌは困惑してしまう。バルトネルがいたときは浮かれてしまい、思わず承諾を出した。

 だが、冷静に考えると寝室を共にするのは躊躇われても仕方がないかもしれない。

 彼には『どうしても妻に』と望んだ義姉がいるのだから。

 溺愛するだけなら心変わりで済むはず。けれど、自分と夜をともにしたと噂になっては言い訳が立たなくなる。

 それを気にしつつも、口にすることはなかった。

 代わりにじっと見つめる。すると逆に不思議そうに見つめ返されてしまった。

 いつまで経っても慣れないラシーヌの頬が、さらに赤らんだ。そうして誤魔化すように視線を逸らす。

「私はティスのおそばに…お役に立てたらと思うのです」
「今でも十分支えられているよ」

 優しい声に顔を上げる。実家でずっと役立たず、と罵られ過ごしてきた彼女は、支えられている、とその言葉に救われる。ラシーヌはほとんど無意識に「でしたら」と口にしていた。

「あの……このままご一緒させてください」

 自分から誘うような言葉は憚られたものの、それでも彼女はそう続けた。ソラティスも、そこまで言われて断ることなど出来ず、肯定を返す。

「あ、ああ。そうだな」

 どこか、もどかしい雰囲気を抱えて二人は口を閉ざす。その空気に耐えられなくなったソラティスが、軽く咳払いして言った。

「ではひとまず、部屋まで送ろう。ラシー」
「よろしくお願いしますね、ティス」

 差し出された腕に、彼女は手を添える。そうして二人はその場を後にした。
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