魔王の贄は黒い狐に愛される

コオリ

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05 もふもふは最高の癒し

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「ところで、アロイヴ様はなぜ魔獣のことが知りたいんですか?」

 その質問はされると思っていた。
 アロイヴは渡された本のページを捲りながら、不自然にならないように用意してあった答えを返す。

「昨日、裏の庭にいた魔獣がなんだったのか、気になって」

 アロイヴの部屋からは、屋敷の裏手にある庭が見える。
 そこから少し行ったところには森が見えているので、魔獣がいてもおかしくない環境だった。

 ――実際に、紫紺もいたわけだし。

 完璧な答えを用意できたと思っていたのに、ケイの反応はアロイヴが想像したものと違っていた。

「裏庭に、魔獣がいたんですか?」

 アロイヴの答えに、ケイは少なからず驚いている様子だった。考えるような仕草を見せた後、「まさか」と呟く。

 ――もしかして、この答えはまずかった?

 でも、ここで動揺を見せれば、すぐに嘘だとバレてしまう。
 アロイヴは焦る気持ちを抑え、なんとか平然を装う。

「何か、おかしかった?」
「いえ……教会の周りには魔獣が近づけないよう、結界が張ってあるはずなのが……ただ、すべての魔獣を避けられるわけでもないとも聞いているので、絶対におかしいというわけでもなくて」

 ケイははっきりしないない様子だった。
 アロイヴは初めて聞く結界の話に興味があったが、下手につついて墓穴を掘りたくない。

 ――ケイが何か答えを出すのを待ってみよう。

 今はそれが最善な気がした。

「……アロイヴ様。その魔獣はどんな見た目でしたか?」
「えっと、暗くてはっきりは見えなかったけど……あまり大きくはなくて細長い見た目の黒い魔獣だったと思う」

 嘘ばかりではすぐにボロが出てしまうと思い、アロイヴは紫紺の特徴をそのまま告げた。
 実際、紫紺は結界の中にあるアロイヴの部屋に飛び込んできたのだから、この情報に嘘はない。

「ああ。その特徴なら〈影狐〉でしょう。彼らなら、結界をすり抜けてきてもおかしくありません」

 ケイの反応は悪くなかった。
 納得したように頷くと、本に手を伸ばす。ぱらぱらとページを捲って、目的のページで手を止めた。

「こんな見た目ではなかったですか?」
「そう、これだ!」

 ケイが開いたページにあったのは、まるで写真のように精密に描かれた魔獣の絵だった。
 その姿は、昨夜アロイヴがめいっぱい愛でた紫紺とそっくりな見た目をしている。

 ――紫紺のほうが、目が丸っこくて可愛かったけど。

 それ以外は全く同じだった。

「この魔獣、影狐って名前なんだね」
「はい。彼らは姿を隠すのが得意で、魔力の高い個体なら結界に引っかかることなく通過できると聞いたことがあります」
「へえ、すごいんだね」
「それに、とても賢い生き物なんですよ。彼らに頼めば、大物のところに案内してくれると狩人の間では言い伝えられているぐらいで。私も子供の頃は、好物を持って彼らのことを探したものです」

 狩りの話が好きなのか、ケイにしては珍しく饒舌だった。
 表情もいつもより豊かだ。

「好物? この魔獣は何が好きなの?」

 アロイヴが一番欲しかった情報に思わず食いついていた。
 その反応が意外だったのか、ケイは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに破顔して話を続ける。

「果物ですよ。特に、甘いものには目がないらしいです」
「そうなんだ」
「ええ。果物を用意して窓際に置いておけば、アロイヴ様のところにも遊びに来てくれるかもしれませんね。夜食に用意しておきましょうか?」

 ――あ、もしかして……バレた?

 アロイヴは焦って返事に迷ったが、ケイはそれ以上、追求してこなかった。
 にっこりと笑顔のまま、首を傾けている。

「じゃあ……頼んでもいいかな?」
「ええ、もちろんですよ」

 ケイが自分の世話係で本当によかったと、アロイヴは改めて思った。


   ◆


 初めて紫紺が部屋に飛び込んできた日から、五日が過ぎていた。
 ケイの果物作戦のおかげか、紫紺はあれから毎晩アロイヴの部屋を訪れてくれている。窓を少し開いて、そこに果実を置いておくと、いつの間に部屋に入ってきているのだ。
 影狐は名前どおり、気配を隠すのが非常にうまい魔獣らしく、部屋に入ってくる前の紫紺にアロイヴが気づけたことは一度もなかった。

「こんばんは、紫紺」

 果実を食べている紫紺に話しかける。
 きゅう、と可愛らしい鳴き声で返事をしながらも紫紺は食べることに夢中だった。
 このときに手を伸ばすと怒られることもあるので、アロイヴは紫紺のもふもふに触りたいのを必死で我慢する。
 食べ終わって、けふっと可愛らしいゲップが聞こえたタイミングで、下からそっと手を差し出した。

「おいで」

 呼びかけとほぼ同時に、紫紺が手のひらに体を乗せる。
 器用にするするとアロイヴの腕を登って、紫紺は定位置であるアロイヴの首元に巻きついた。
 きつく締めつけるようなことは絶対にしてこない。本当に賢い獣だ。
 紫紺は顎下をこしょこしょと撫でるアロイヴの手を堪能しながら、気持ちよさそうに目を細めた。

「紫紺は今日もお日様のいい匂いがするね」

 それに、さっき食べていた果実の甘い香りもする。
 こうやって紫紺と一緒に過ごすことで癒されるのは、アロイヴも同じだった。
 相変わらず他の生贄の少年たちからの当たりはきつかったが、夜にこうして紫紺と触れ合えることがわかっているだけで、しんどさは格段に違う。
 ふわふわの尻尾に顔をうずめながら、ほうっと息を吐くだけで、全身の疲れまで取れていく気がした。

「今日も話を聞いてくれる?」

 紫紺は、アロイヴの話し相手でもあった。
 言葉が返ってくるわけではないが、アロイヴとしてはそのほうが話しやすい。
 自分の考えや感情を纏めるために言葉にしたいというのが、アロイヴが紫紺に話しかける一番の理由だった。

「一昨日も話したでしょ。もうすぐ一人、魔族の元にいく子がいるって」

 メンネのことだ。
 高位魔族の元に送られると決まったのは五日前。
 それから準備は着実に進んでいたらしく、明日には迎えが来るという話だった。
 神父からこんな風に事前に知らされるというのは稀なことだった。今までは、気がついたら誰かがいなくなっている、なんてこともあったぐらいなのに。

「今回は相手が高位魔族だから、僕たちも一緒に出迎えなきゃいけないんだって。こんなこと、初めてだよ」

 教会を訪ねてきた魔族を目にした経験は何度かあったが、遠くから眺めたり、建物の陰からこっそり話を盗み聞きをした程度の接触しかない。
 魔族と間近で対面したことは、まだ一度もなかった。

「すごく緊張する……何か言われたりするのかな」

 アロイヴの不安を察したのか、紫紺がきゅうっと高い声で鳴いた。
 首元から離れ、腕の中へと降りてくる。
 そこで、ころんと腹を天井に向けたかと思えば、きゅうきゅうといつになく甘えた声を上げた。

「お腹の匂いを嗅いでいいの?」

 紫紺の体の中で、一番いい匂いがするのはお腹だ。
 普段はあまり触られたくないとらしいので、アロイヴは首の後ろや尻尾の匂い嗅ぐだけで我慢していたが、本人(獣?)が許してくれるというなら、我慢の必要はない。
 ぽふっと紫紺の腹に鼻を押しつけ、ゆっくりと息を吸い込んだ。
 甘美な香りに、頭の芯がとろりと蕩けるようだ。
 さっきまでの緊張やストレスが、一瞬で消え去っていく。

「ありがとう、紫紺。これで明日も頑張れそうだよ」

 そのまま、ベッドに横になる。
 添い寝するように隣にきた紫紺を撫でている間に、またしてもアロイヴは眠りの世界に落ちていた。
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