紅葉-くれは-

菊池まりな

文字の大きさ
26 / 155

第25話 呼ばれし理由

しおりを挟む
闇は、夜の森を静かに侵食していた。
秋祭りの賑わいが嘘のように消え、ざわめきも笑い声も、ここには届かない。

氷川美奈は、足を止めて深呼吸した。
心臓の鼓動が早すぎて、呼吸が乱れている。
──紅葉を探さなきゃ。
その一心でここまで来たが、森の奥に踏み入るごとに、自分がなぜ導かれているのか分からなくなっていく。

ふと、風に混じって聞こえた。
歪んだ笛の音。
秋祭りの囃子に似ているが、調子外れで、不気味に伸びては途切れる旋律。

(紅葉……)

美奈の耳元に、誰かの囁きがした。
──こっちだ。
紅葉の声に似ていた。だが、確信は持てない。
足は自然と、囁きに導かれる方向へと進んでいた。

その先に現れたのは、見覚えのある人影だった。
「……美奈さん?」

松明の明かりに照らされたのは、古沢透住職だった。
彼もまた、この森に足を踏み入れていたのだ。
「あなたも呼ばれたのですか」
「呼ばれた……?」

古沢の眼差しは、どこか諦観を帯びていた。
「秋祭りの夜、この森は“誰か”を呼ぶ。失われた者を求める人間を。……そして、連れていく」

美奈は息を呑んだ。
「紅葉がいなくなったのは……そのせいですか?」
「……分からない。ただ、20年前に失われた子どもも、同じ秋祭りの日だった。君の友人だけが例外ではない」

古沢の言葉に、美奈の頭に冷たい霧が広がった。
「じゃあ、紅葉は……」

「生きているかもしれない。だが、その呼び声に応えた者は、皆帰ってこなかった」

そのとき、背後から枯葉を踏む足音がした。
振り向くと、そこに立っていたのは春香だった。
紅葉の母。
乱れた髪も気にせず、必死の形相で美奈に駆け寄る。

「美奈ちゃん……紅葉を見たのね?」
「……はい。でも、すぐに……」

春香の震える手が、美奈の肩をつかんだ。
「教えて。紅葉はどこにいるの。──あの子を呼ぶ声が、私にも聞こえるのよ」

笛の音がまた、森に響いた。
今度は三人の耳に、はっきりと。

古沢は低くつぶやいた。
「……やはり、あなた方母娘は“選ばれた”のだ」

美奈は、喉が渇いて声が出せなかった。
紅葉が消えたのは偶然じゃない。
──この森に“呼ばれる理由”が、紅葉にはあった。

そしてその影は、いま、美奈と春香にも迫っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

皆さんは呪われました

禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか? お勧めの呪いがありますよ。 効果は絶大です。 ぜひ、試してみてください…… その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。 最後に残るのは誰だ……

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

処理中です...