紅葉-くれは-

菊池まりな

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第26話 森の分岐

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闇の中、三人を包むように風が吹き抜けた。
ざわめく木々の間で、かすかに紅葉の笑い声がした気がして、美奈は背筋を凍らせた。

「……紅葉?」

思わず声をかけるが、返事はない。
代わりに、笛の音が応えるようにひときわ強く響き渡った。

古沢住職が眉をひそめる。
「近い……呼び声が強まっている」

春香の目が爛々と光る。
「近いなら行かなきゃ……紅葉を連れ戻さなきゃ!」

「待ちなさい、橘さん」古沢が声を低くした。
「その呼び声に従って進めば、あなたも娘さんと同じ場所へ引きずり込まれる。二度と戻れぬ可能性が高い」

「分かっています」春香の声は震えていた。
「でも……母親が子を諦めてどうするんですか」

その一言に、美奈は胸を締め付けられた。
祭りの夜、紅葉と一緒にいたのに、最後の瞬間を見届けられなかった。
(あの時、私が引き止めていたら……)
罪悪感が喉に絡みつき、声にならない。

古沢は、美奈の心を見透かしたように視線を向けた。
「君もまた、呼ばれている。親友として──いや、“証人”として。森はそれを利用する」

美奈は拳を握りしめた。
「でも、私は行きます。紅葉を放ってなんておけない」

春香が美奈の手を強く握った。
「ありがとう、美奈ちゃん……」

住職はしばし沈黙し、やがて重々しく頷いた。
「ならば……せめて心構えを。呼び声に囚われれば、己を見失い、幻に飲み込まれる。正気を保てるかどうかは、自分次第だ」

三人は森の奥へと進む。
足元はぬかるみ、月明かりは木々に遮られ、光はほとんど届かない。
それでも、笛の音と、紅葉のような囁きが道しるべとなっていた。

──ここだよ。
──お母さん。
──美奈……助けて。

声は甘く、懐かしく、二人の心を抉った。
だが同時に、それが“本物の紅葉”かどうかは誰にも分からない。

森が裂けるように開けた場所に出ると、そこには分かれ道があった。
右の道からは紅葉の笑い声、左の道からはすすり泣く声が聞こえる。

春香が動けずに立ち尽くす。
「紅葉……どっちなの……」

美奈は唇を噛んだ。
一歩間違えば、森に喰われる。
だが、選ばなければ紅葉を失ったままだ。

古沢の声が響く。
「──ここから先は、あなた方が決めるしかない」

沈黙の中、風が強まり、紅葉の名を囁く声が二つに分かれて彼女たちを誘っていた。

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