紅葉-くれは-

菊池まりな

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第59話 時の断層

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光が弾けたあと、あたりは奇妙な静寂に包まれていた。
 森のざわめきも、虫の声も、何ひとつ聞こえない。

 ──祐真は息を呑んだ。
 そこに立っているのは、たしかに“森”のはずだった。だが、景色はどこか歪んでいる。
 木々の枝は半透明に揺らめき、地面には無数の光の粒が散らばっていた。

 春香と美奈も立ち尽くしていた。
 「ここ……どこ?」
 美奈がかすれた声でつぶやく。
 春香は周囲を見渡し、震える声で応えた。
 「森……のはずよ。でも……何か違う。空が……動いてる……」

 見上げた空には、雲が逆流していた。時間が巻き戻されていくように、光と影が入り乱れている。
 そして、遠くに見えるはずの祠が──いつの間にか、鉄とガラスでできた建造物に変わっていた。

 「……ラボだ」
 祐真が低くつぶやく。
 「まさか、森とラボが……繋がってるのか?」

 足元の地面が微かに脈動していた。まるで生きているように。
 その震えとともに、祐真の頭の奥に鋭い痛みが走る。
 ──フラッシュのように、過去の映像が流れ込んでくる。

 

 小さな祠の前で、幼い子どもたちが遊んでいた。
 その中に、三歳の橘美桜がいた。
 「みおー、危ないからそこ行っちゃだめ!」
 幼い祐真が叫んでいる。
 だが美桜は振り返り、笑ってこう言った。

 ──「あの声、聞こえる?」

 森の奥から、鈴の音のような“呼び声”が響く。
 そして、彼女はゆっくりと光の中に消えた。
 泣き叫ぶ祐真の背中で、大人たちの足音と、祠の奥から響く金属音が重なった。



 祐真は地面に膝をつき、額を押さえた。
 「俺だ……俺が、あの日……!」
 春香が駆け寄る。
 「祐真さん、何を思い出したの?」

 「20年前のあの日……俺は、あの子を止められなかった。美桜は“呼ばれた”んだ。
 でも、それだけじゃない。あの祠の下には、何か……研究施設みたいなものが……」

 その瞬間、地面が再び震えた。
 森の中に“機械音”が響く。まるで何かが起動したかのように。

 祐真は立ち上がり、祠──いや、いまはラボのように変貌した構造物へと歩み寄った。
 扉の前には、ぼんやりと光る液体のような壁。
 祐真が手を伸ばすと、それは静かに波紋を広げた。

 「この先に……真実がある気がする」

 春香は美奈の肩を抱き、ためらいながらも頷いた。
 「紅葉も、きっとここを通ったのね」

 美奈が涙ぐみながら言う。
 「“カエセ”って、あの声は……紅葉のじゃなかったのかもしれない」
 「え?」
 「もっと、奥から……誰か、別の“存在”が呼んでた」

 その言葉に、祐真の背筋が凍る。
 ──呼ばれた子どもたち。
 ──封じられた“森の意識”。

 扉が、ゆっくりと開いた。
 白い光が三人を包み込み、彼らの姿が闇の奥へと飲み込まれていった。

 そして、最後に聞こえたのは、紅葉の声ではなかった。

 ──「ようやく、戻ってきたね。祐真くん」

 その声は、確かに“美桜”のものだった。

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