紅葉-くれは-

菊池まりな

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第76話 ひもろぎの灯

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丘の斜面に並ぶ小さな祠は、どれも苔むしていた。
 その中のひとつ──鈴の音が転がった祠の前で、美奈は立ち止まる。

 「……誰か、いるの?」

 呼びかけた声は、木々に吸い込まれるように消えた。
 返事はない。ただ、祠の奥から微かに湿った匂いが漂ってきた。焚き火のような、焦げたような、けれどどこか懐かしい匂い。

 かがみ込み、懐中電灯を向ける。
 ──その光が、何かに反射した。

 祠の中には、古びたお札や供物に混じって、新しい靴跡が残っていた。
 泥の跡はまだ乾ききっていない。ここに“最近”誰かが来たのだ。
 さらに奥、祠の隙間には、黒いカバンのようなものが押し込まれている。

 美奈はためらいながらも手を伸ばした。
 取り出してみると、それは学校指定のバッグだった。
 角の刺繍には、見慣れた文字があった。

 ──「TACHIBANA」。

 「……紅葉……?」

 喉の奥がきゅっと締めつけられる。
 中を覗くと、ノート、ペン、そして濡れた写真が数枚。
 その写真のひとつには、美奈と紅葉、そして──見覚えのない“もう一人の少女”が並んで笑っている姿が写っていた。
 ただ、その顔は濡れた部分で滲み、まるで意図的に消されたようだった。

 背後の木々がざわりと揺れる。
 風ではない。何かが動いた音。

 振り返る。
 だがそこには、誰もいなかった。……はずだった。

 次の瞬間、祠の影がふっと長く伸び、美奈の足元に絡みつく。
 まるで誰かが、そこから手を伸ばしているかのように。

 「……紅葉、なの?」

 声を出した瞬間、背後でカラン……と鈴が鳴った。
 それは、風が吹いたわけでも、美奈が動いたわけでもなかった。
 確かに“誰か”が、そこにいる。
 そして、その気配は、祠の奥からじっと彼女を見つめている。

 懐中電灯の光が震える。
 美奈は一歩、後ずさった。けれど、もう遅かった。
 祠の闇の中で、何かがゆっくりと立ち上がる気配がした。

 ──紅葉の声が、耳元で囁いた。
 「もう、見ちゃったのね……美奈。」

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