紅葉-くれは-

菊池まりな

文字の大きさ
97 / 155

第96話 赤い糸のように

しおりを挟む
夜の帳がすっかり降りた。
 氷川美奈は、薄暗い春香の家の居間でカップを両手に抱きしめていた。窓の外は強い風。風鈴がカラン、と鳴るたびに胸の奥がざわつく。

「紅葉が、見つかったって……本当なんですか?」

 掠れた声で問うと、祐真が頷いた。制服の襟元をゆるめ、疲れの色を隠しきれない顔をしている。

「ああ。ただし──見つかったのは“紅葉のものと思われる遺留品”だ。本人は、まだ」

 春香がテーブルの端に視線を落とす。彼女の指先は小刻みに震えていた。
 机の上には、あの小さな“鈴のついた赤いリボン”が置かれている。
 紅葉が失踪する数日前、髪を結ぶのに使っていたものだ。

「これが……あの子の?」

「間違いないと思います。DNA鑑定に回す予定ですが、土の中に埋められていた。おそらくは……」

 祐真の言葉がそこで途切れた。
 “おそらく”の先を、誰も聞きたくなかった。

 静寂が落ちる。
 時計の針の音が、妙に大きく響く。
 春香の頬を一筋の涙が伝い落ちた。

「……二十年前も、こんな夜だったわ。美桜がいなくなった時も。風が強くて……鈴の音が止まなかった」

 春香の声は遠い記憶の底を彷徨うようだった。
 美奈はその言葉に、ぞくりと背筋を走る感覚を覚える。
 二十年前の美桜の失踪──そして、今また紅葉が消えた。
 同じ時期、同じ風、同じ鈴の音。

「春香さん」
 祐真が静かに言う。
「あの裏山、もう一度調べ直します。あなたは今夜は休んでください。何かあれば、すぐに駐在所へ」

 春香は何も言わず、ただリボンを見つめていた。
 その小さな布切れを指で撫でながら、微かに唇が動く。

「紅葉……どうして、あんなところに行ったの……?」

 答えのない問いが、夜の空気に溶けていく。
 その瞬間──。

 カラン……カラン……

 風鈴が鳴った。
 けれど風は、吹いていなかった。

 美奈の喉がきゅっと詰まる。視線を窓の方に向けた瞬間、背筋を冷たいものが這い上がった。
 ガラスの向こう。庭の端に、誰かが立っている。

 赤いスカート。
 肩までの髪が、ゆっくりと揺れた。
 ──紅葉に、よく似た姿。

 だが、その顔は、月明かりの下でも見えなかった。

「……紅葉?」

 美奈が呟いた瞬間、祐真が立ち上がる。
 だが次の瞬間、その影はすっと消えた。

 風鈴が再び鳴る。
 音の余韻だけが、部屋の奥に残された。

 春香はリボンを胸に抱きしめ、祈るように呟いた。

「お願い……これ以上、あの子を奪わないで……」

 その声をかき消すように、外で風が唸った。
 どこからか、幼い笑い声が混じって聞こえた気がした。

 それは、二十年前に消えた美桜の声に──よく似ていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

皆さんは呪われました

禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか? お勧めの呪いがありますよ。 効果は絶大です。 ぜひ、試してみてください…… その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。 最後に残るのは誰だ……

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

処理中です...