紅葉-くれは-

菊池まりな

文字の大きさ
105 / 155

第104話 引きずられた跡

しおりを挟む
春香が“逆向きの足跡”に気づいた瞬間──
 美奈が震える声で祐真を見上げた。

「……これ、紅葉ちゃんの靴のサイズじゃない?
 ほら……この幅……確かに17センチくらいで……」

 祐真はしゃがみ込み、ライトで足跡を照らす。
 落ち葉の上に刻まれた泥の輪郭。
 それは、幼い子どもの足よりも一回り大きい。

「……違う。これ、紅葉の足じゃない。
 小学生くらいの……もっと小さな……」

 祐真は言いかけて、喉の奥で言葉をつまらせた。

(……美桜の、頃……)

 その瞬間、森の奥から、また“それ”が聞こえた。

 ザ……ザ……ッ……
 ザ……リ……

 落ち葉を引きずる重たい音。
 何かが、地面に身体を預けながら、こちらへ這ってくるような音。

 春香は祐真の袖を強く握った。

「祐真さん……ねぇ、あれ……近づいてる……?
 紅葉じゃ……ないよね……?」

 祐真は答えられなかった。
 戻ろうと口を開きかけたその時──
 美奈が突然、別の方向を指差した。

「見て! あれ……!」

 祐真も春香も、息を呑んだ。

 空き地の奥。
 倒木の根元──腐った土がわずかに盛り上がり、今まさに“動いている”。

 土が……呼吸するように上下している。

「……中に、何かいる……?」
 美奈の声が震える。

「近づくな!」
 祐真が制したが、美奈は目を離せずに一歩踏み出す。

 その瞬間──
 土が、破裂するように裂けた。

 ボッ……

 湿った黒土が四方へ飛び散り、腐葉が空中に舞う。

 美奈の悲鳴が森に響き渡る。

 土の裂け目から覗いたのは──

 かつて子どもだった“何か”の小さな靴。
 しかし、靴だけが、不自然にまっすぐ地面に突き立っている。

 まるで、上から押し刺されたように。

「……美桜……なの……?」
 春香が呟いた。

 だが、それは違った。

 祐真がライトを当てた瞬間、靴の周りの土が再び“内部へ吸い込まれるように”沈んだ。

 靴は沈む。
 地面に吸い込まれるように、じわ……じわ……と。

「春香さん、美奈さん、今すぐ離れて!」
 祐真はふたりを抱えるようにして後退させた。

 その刹那──

 足元の落ち葉が、両足首に絡みつくように巻き上がった。

 ザサァッ!

「きゃあっ!」
「うわっ……!」

 春香と美奈が転びかける。
 祐真もバランスを崩しそうになった。

 違う。
 落ち葉じゃない。

 落ち葉の下から伸びていた“黒い指”だった。

 老人のように細く、枯れ枝のように乾いた指。
 しかし、その動きは異様に速い。

 指たちは土の中へ逃げ込むように、シュルシュルと沈んだ。

 春香は泣きそうな声で祐真に訴える。

「もう無理……こんなの、紅葉が……こんなところで……っ」

 祐真は、春香の肩を抱きながら、必死に冷静さを保とうとした。

「春香さん……美奈さん……
 一度、集会所に戻ろう。ここは……何かがおかしすぎる。
 “人間ではない何か”がいる」

 春香は涙を拭き、震えながら頷く。

 美奈は、もう一度倒木の方を見た。
 沈んだ靴も、破れた地面も、すべて元通りのように静まり返っている。

 まるで、
 最初からそこには何もなかった
 と告げるように。

「でも……」
 美奈は言った。

「私、聞いたんだよ……あの声……
 “ま……ま……”って……
 あれ、紅葉じゃない……。
 でもね……紅葉、あの日、言ってたの。
 “最近ね、森で誰かに名前呼ばれるんだ”って……」

 春香と祐真の表情が固まる。

 美奈は続けた。

「“美桜ちゃんの声に似てる”って……言ってた」

 風が森を走り、葉のざわめきが三人を包んだ。
 そのざわめきの中で──
 確かに、あの壊れた子どもの声が混ざった。

 「……ま……ぁ……」

 祐真は即座に振り返る。

「走れっ!」

 3人は森を駆け抜けた。
 背後では、ざわ……ざわ……と“何か”が追いすがるように木々を揺らしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

皆さんは呪われました

禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか? お勧めの呪いがありますよ。 効果は絶大です。 ぜひ、試してみてください…… その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。 最後に残るのは誰だ……

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

処理中です...