紅葉-くれは-

菊池まりな

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第106話 社裏の掘り返された夜

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鳥居の前に立った瞬間、空気の質が変わった。

 湿った風が、まるで穴の底から吹き上がってくるように冷たい。
 春香も、祐真も、そして私(美奈)も、一言も話さなかった。

 ──何かが、いる。

 言葉にできないのに、はっきりとそう感じた。

「……灯り、つけます」

 祐真が懐中電灯のスイッチを押す。
 光の輪が、鳥居の奥へ吸い込まれるように伸びた。

 石段を上るたび、靴の底が湿った土に沈む。
 やがて、社務所の跡地が見えてきた。
 壁は朽ち、ガラスは割れ、昔の嵐に吹き飛ばされたような無残な姿。

 だが、そこに――

「……誰かが、最近入ってる?」

 思わず声が震えた。

 床板に、砂埃の薄い筋。
 足跡は残らない程度だが、何か重いものを引きずった跡だけが、不自然に続いている。

 春香も気づいた。

「これ……紅葉よね? 紅葉がここに来たんじゃないの?」

 そう思いたいのに、心の奥が強く否定した。

 ──これは、紅葉の歩幅じゃない。
 ──これは、もっと重く、もっと……人じゃない何かが引きずった跡。

 私の指先が冷たくなった。

「祐真さん……これ、どこまで続いてますか?」

「……社の裏手だ。気をつけて」

 祐真が先に進む。
 私と春香も、その後ろへつづいた。

 裏手に回った瞬間、鼻を刺すような湿った匂いが漂った。

 土が掘り返されている。
 獣ではない。人がスコップで掘ったような、深く楕円形の穴。

「……出入りしてたのは、ここか」

 祐真の声が低く沈む。

 春香は口元を押さえた。

「これって……紅葉が……?」

「違います」

 私は即答した。

「紅葉なら、こんな掘り返し方はしません。……これは、誰かが“何かを埋めて、また掘り返した”跡です」

 土の匂いに混じって、金属の匂いがした。

 懐中電灯を当てると、そこに──

 白い布の端が、土から少しだけ覗いていた。
 人が何かを包んだような、古びた布。

 春香が震える声で言う。

「……美桜……なの?」

 違う、と言いたかった。
 でも、布は古すぎて、20年は経っているように見えた。

 しかし──

「……待ってください」

 私は、気づいてしまった。

 布のすぐ横に、新しい土の盛り上がりがある。
 そこには、しめった泥に、なにか細いものが突き刺さった跡があった。

 引き抜かれたような形。

「祐真さん、この“新しい方の穴”……人が何かを持ち出した跡です。これは……最近です」

 春香が震えた。

「じゃあ……紅葉が持ち出したの……?」

 ちがう。
 紅葉じゃない。

 この跡の深さ、幅。
 紅葉の力ではあり得ない。

 私は声を震わせて言った。

「……紅葉は“これ”を掘り返した誰かに、連れていかれたのかもしれません」

 春香が崩れるようにしゃがみ込んだ。

「いや……いや……紅葉……!」

 そのとき──

 社の奥から、コツ……コツ……と、何かが木の床を歩く音が響いた。

 人の足音ではない。
 軽いのに、まっすぐこちらへ向かってくる、乾いた音。

 私の鼓動が、耳の奥で跳ねた。

 祐真が懐中電灯を社の奥へ向ける──

 光の輪の中で、揺れているものがあった。

 垂れ下がった、赤い……布。
 いや、布ではない。

 紅葉が、秋祭りのときに買った“赤い髪飾りの紐”だった。

 風もないのに、ゆらり、と揺れた。

 春香が息を呑む。

「紅葉……?」

 私は言った。

「……誰かが、ここへ持ち込んだんです」

 そのとき。

 社の奥で、“ガリ……”と、木をひっかく音がした。

 何かが、そこにいる。

 私たちはまだ知らなかった。

 ──この社は、ただの「遺留品」の隠し場所ではない。
 ──20年前、美桜が消えた“最初の場所”だったことを。

 そして、
 紅葉もまた、同じ場所に連れてこられたのだと。

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