紅葉-くれは-

菊池まりな

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第109話 森へ誘う鈴音

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祐真が森へ向けて踏み出した瞬間、春香は強く首を振り、その腕をさらに強く掴んだ。

「ダメ……! 祐真くん、今行ったら……戻れなくなる……!」

 春香の声はひび割れ、恐怖で震えていた。
美桜を失ったあの日の記憶が、まざまざと蘇ったのだ。

 その一方で、美奈は背後を何度も振り返りながら、言葉にならない声を漏らしていた。

「……でも……紅葉、かもしれないんだよ……?
 助けなきゃ……私たち……」

 震える指が社裏の暗がりを指し示す。

 チリン……チリ……

 風もないのに、再び鈴音が響いた。
今度ははっきりと、三人のすぐ近くからだ。

 祐真が懐中電灯を素早く構え、音の方向へ光を向ける。
しかしそこには何もない。

 ただ、落ち葉の絨毯に、ぽっかりと“人が踏んだ形跡”だけが残されている。

 春香が息を飲んだ。
「……この足跡……紅葉の靴と同じ……?」

 美奈は震える声で言った。
「見覚え……あります。今日、学校で一緒に帰った時……」

 祐真は黙って跡をしゃがんで確認した。
新しい。つい最近――いや、ほんの数分前に残されたもののようにすら見える。

「紅葉が、ここに“いた”……?」

 その言葉を呟いた瞬間。

 落ち葉の奥──森の闇のさらに向こうで、ふっと影が動いた。

 三人とも、その場で固まった。

 影はゆっくりと、ぎこちなく揺れながら奥へ進んでいく。

「……人……?」
「紅葉……じゃ……ない……よね……?」

 姿はシルエットだけ。
けれど、その体つきは紅葉よりもずっと小さく見えた。

 まるで──三歳児くらいの背丈。

 春香の呼吸が止まる。

(美桜……?)

 心臓が痛いほど脈打ち、足が震える。
美奈が春香を支えようとしたが、美奈の手自体も氷のように冷えていた。

 影は足を引きずるように数歩進み──
ふいに振り返った。

 光が届かないはずの森の奥で、影の“顔の位置”だけが、不気味に白く浮かび上がった。

 祐真の喉がひきつるように小さく震えた。

「……っ、嘘だろ……そんな……」

 白い“顔”──否、顔のように見えるただの“白い面”。
そこには目や口があるように見えるが、光の反射なのか、実際に描かれたものなのか判別できない。

 だが確かに、三人を“見ていた”。

 チリン……チリン……

 その白い面が、細かく揺れるたびに、鈴の音が鳴った。

 美奈が限界に達し、口を押さえて泣きそうな声をもらした。

「……こんなの……紅葉のはずない……」

 春香は震える手で祐真の袖を掴み、必死に絞り出した。

「祐真くん……あれは……美桜じゃ……ないよね……?
 違うって言って……」

 祐真は返事をしない。ただ、硬直しながら影を見つめていた。

 影の“顔”がかすかに傾く。

 そして、闇の奥へ──ふっと溶けるように消えた。

 その瞬間。

 ポト……。

 影が消えた地面に、何かが落ちた。

 祐真が震える懐中電灯を向けると──

 それは、子ども用の古いヘアピンだった。
色は褪せているが、小さな花の形は残っている。

 春香がその場で崩れ落ちるように膝をついた。

「……それ……美桜の……。三歳のときに、いつもつけて……」

 祐真は奥歯を噛み締め、落ち葉に埋もれたヘアピンを拾い上げた。

 森の奥から、もう鈴の音はしなかった。

 だが、三人はわかっていた。
これは“呼ばれた”のだ。

 二十年前の美桜と──
秋祭りで消えた紅葉の運命が、いまひとつに集まりはじめていることを。
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