紅葉-くれは-

菊池まりな

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第110話 森へ誘う鈴音(二)

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チリン……チリン……。

 森の奥で鳴る鈴の音は、誰かが小走りで揺らしているような、断続的で不規則な響きだった。
だが、風はまったく吹いていない。
木々は沈黙し、世界が息を潜めているように静まり返っている。

「……おかしいよ……紅葉、鈴なんてつけてなかった……」
美奈が震える声で呟いた。

 それは事実だった。
紅葉には特に鈴のアクセサリー類をつける習慣はない。
なのに、ここ数日、森ではたびたび“鈴の音”が聞こえる。

「紅葉が鳴らしてるんじゃないとしたら……誰が?」
春香の声はかすれ、森の暗闇に吸われていった。

 祐真はゆっくりと息を吐き、二人を庇うように前へ立った。
「とにかく……森の奥に何かいるのは確かだ。行くしかない」

「待って、祐真くん。危険よ。今は……」

「春香さん。
 もしあれが紅葉さんなら、時間を置く方が危ない気がします」

 その言葉に、春香の心の中で何かがひび割れた。
恐怖と希望がごちゃまぜになり、胸の奥から込み上げてくる。

「……紅葉、なの……?」

 森の奥から、再び鈴の音。

──チリン……チリ。

 そのあとに続いて、小さなささやきのような風の声が混じった。

(……こっち……)

 美奈が春香の腕に爪が食い込むほど強くしがみつく。
「聞こえた……? ねえ、今の……」

 祐真は眉を寄せた。
「俺には……かすかに、何か……」

 美桜が消えた日の夕暮れ。
森の中から聞こえた、小さな女の子の呼ぶ声。
“ゆうま、おいで”
あの日の記憶が、胸の奥でざわりと蠢いた。

(違う……これは美桜じゃない……誰だ?)

 祐真は頭を左右に振り、思考を断ち切るように深く息を吸った。

「行こう。ゆっくりでいい。離れないでください」

 三人は社の裏手から細い獣道を進んだ。
土は柔らかく、さっきの掘り返された穴のように、人の手か何かが触った気配があちこちに残っている。

 暗闇の中で、何かが足元を横切った。

「きゃっ……!」
美奈が身体を跳ねさせる。
祐真がすぐ見下ろす──だがそこには、落ち葉しかなかった。

「……何もいない。気のせいだ」

 そう言いながらも、祐真の声は僅かに固かった。

 森の奥へ進むにつれ、空気が冷たく、湿り気を帯びていく。
視界の端で影が揺れた気がするたび、春香の背筋が震えた。

「祐真くん……何か、気づいてるの?」
春香が恐る恐る問う。

 祐真は少しだけ黙ったあと、囁くように言った。

「……この森、最近、人の出入りがある。
 紅葉さんが失踪した“前”からも、誰かが……動いていた」

「誰かって……村の人?」
美奈が怯えた目で尋ねる。

「わからない。でも……」

 祐真は足元の土を指さした。

 そこには、複数の靴跡が重なりあい、形を歪めていた。
大人のもの、そして──
小さな足跡も混じっている。

「これ……紅葉の?」
春香の声は震え、涙を堪えているようだった。

「いや……紅葉さんよりもっと小さい。子どもだ。
 しかも……ひとりじゃない」

 春香と美奈の息が止まる。

「ねえ、祐真くん……それって……」

「二十年前に消えた子どもたちの足跡に……似てる」

 森の奥で、再び鈴の音が響いた。

チリン……チリ……ン。

 その音は、先ほどより確かに近く、そして──
どこか楽しそうでさえあった。

 祐真は奥の闇へ目を細める。

(俺たちを、誘ってる……)

「行くぞ。ここからは気を抜かないで」

 三人は互いに手の届く距離を保ちながら、森のさらに奥へと踏み込んでいった。

 その背後で、誰も触れていないはずの社の扉が──

ギ……ギィ……

 ひとりでに閉じた。
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