122 / 155
第121話 戻れぬ証
しおりを挟む
森を出たとき、夜の冷気が妙に現実味を帯びて春香の頬を打った。
ついさっきまで、土の匂いと白い骨と、声にならない声に囲まれていたはずなのに、鳥居の外はあまりにも静かで、何もなかったかのように平穏だった。
それが、かえって不気味だった。
祐真は無言で無線を入れ、簡潔に状況を報告した。
すべてを話しているわけではない。――“影”のことも、“声”のことも。
ただ、「不審な埋設物を発見」「人骨と思しきものあり」という、現実の言葉に置き換えただけだった。
春香は、神社の石段に腰を下ろしたまま、動けずにいた。
墓標も名も持たず、森の底に二十年も眠っていた“何か”。
それが美桜かもしれないという事実が、胸の奥で鈍く脈打っている。
「……連れて帰れないの……?」
嗄れた声で、春香が問う。
祐真は少しの沈黙のあと、首を横に振った。
「今は……正式な鑑識が来るまで、手をつけられません」
「じゃあ……あの子は……また……あの森に……」
言葉が、ふっと途切れた。
春香は唇を震わせ、両手で顔を覆った。
美奈はその背中に、そっと手を置いた。
「……春香さん……」
だが、どんな言葉も慰めにならないと分かっていた。
祐真は、森の方を振り返る。
闇の奥は、何事もなかったかのように静まり返っている。
だが、あそこに“何かが残っている”ことだけは、もう疑いようがなかった。
「……二十年前も、こんなふうに……」 祐真がぽつりと呟く。
「声も、証拠も、何も残らなかった。ただ……消えた」
「……美桜ちゃんも、やっぱり……」
美奈の言葉に、祐真は視線を伏せた。
「まだ……鑑定するまでは、決められない」
「でも……骨があった……」
「それが“誰のものか”が分からない限り、断定はできない」
しかしその理屈が、春香の心を守る盾にはならなかった。
しばらくして、遠くからサイレンの音が近づいてきた。
赤色灯が木々の間に滲み、森の輪郭を揺らす。
その光を見つめながら、美奈は、小さく唇を噛みしめた。
「……紅葉……」
あの影が“祭り”と呟いたとき、
鈴の音が聞こえたとき、
胸の奥で、嫌な確信が芽生えていた。
──紅葉は、まだ終わっていない。
そして、この森は、“ひとり返しただけでは満足しない”。
警察車両が到着し、森は一気に現実の場所へと引き戻された。
だが、誰の心にも、さきほどの“異界”の気配は色濃く残っていた。
鑑識を呼ぶ準備を整えながら、祐真は春香に向き直る。
「……これから、もっと辛いことがあるかもしれません」
「……ええ……分かってる……」
春香は、弱々しくも、確かに答えた。
「……でも……逃げない……。もう……どこにも……」
その言葉に、祐真は小さく頷いた。
美奈は胸の奥で、別の不安を押し込める。
──紅葉は、あの森で“何を見た”のか。
──“誰に呼ばれた”のか。
そして──
私に、言い残そうとした“あの言葉”は、何だったのか。
サイレンの音が、夜の森に長く尾を引いた。
それはまるで、
還れなかった者たちへの、遅すぎる呼び声のようでもあった。
ついさっきまで、土の匂いと白い骨と、声にならない声に囲まれていたはずなのに、鳥居の外はあまりにも静かで、何もなかったかのように平穏だった。
それが、かえって不気味だった。
祐真は無言で無線を入れ、簡潔に状況を報告した。
すべてを話しているわけではない。――“影”のことも、“声”のことも。
ただ、「不審な埋設物を発見」「人骨と思しきものあり」という、現実の言葉に置き換えただけだった。
春香は、神社の石段に腰を下ろしたまま、動けずにいた。
墓標も名も持たず、森の底に二十年も眠っていた“何か”。
それが美桜かもしれないという事実が、胸の奥で鈍く脈打っている。
「……連れて帰れないの……?」
嗄れた声で、春香が問う。
祐真は少しの沈黙のあと、首を横に振った。
「今は……正式な鑑識が来るまで、手をつけられません」
「じゃあ……あの子は……また……あの森に……」
言葉が、ふっと途切れた。
春香は唇を震わせ、両手で顔を覆った。
美奈はその背中に、そっと手を置いた。
「……春香さん……」
だが、どんな言葉も慰めにならないと分かっていた。
祐真は、森の方を振り返る。
闇の奥は、何事もなかったかのように静まり返っている。
だが、あそこに“何かが残っている”ことだけは、もう疑いようがなかった。
「……二十年前も、こんなふうに……」 祐真がぽつりと呟く。
「声も、証拠も、何も残らなかった。ただ……消えた」
「……美桜ちゃんも、やっぱり……」
美奈の言葉に、祐真は視線を伏せた。
「まだ……鑑定するまでは、決められない」
「でも……骨があった……」
「それが“誰のものか”が分からない限り、断定はできない」
しかしその理屈が、春香の心を守る盾にはならなかった。
しばらくして、遠くからサイレンの音が近づいてきた。
赤色灯が木々の間に滲み、森の輪郭を揺らす。
その光を見つめながら、美奈は、小さく唇を噛みしめた。
「……紅葉……」
あの影が“祭り”と呟いたとき、
鈴の音が聞こえたとき、
胸の奥で、嫌な確信が芽生えていた。
──紅葉は、まだ終わっていない。
そして、この森は、“ひとり返しただけでは満足しない”。
警察車両が到着し、森は一気に現実の場所へと引き戻された。
だが、誰の心にも、さきほどの“異界”の気配は色濃く残っていた。
鑑識を呼ぶ準備を整えながら、祐真は春香に向き直る。
「……これから、もっと辛いことがあるかもしれません」
「……ええ……分かってる……」
春香は、弱々しくも、確かに答えた。
「……でも……逃げない……。もう……どこにも……」
その言葉に、祐真は小さく頷いた。
美奈は胸の奥で、別の不安を押し込める。
──紅葉は、あの森で“何を見た”のか。
──“誰に呼ばれた”のか。
そして──
私に、言い残そうとした“あの言葉”は、何だったのか。
サイレンの音が、夜の森に長く尾を引いた。
それはまるで、
還れなかった者たちへの、遅すぎる呼び声のようでもあった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました
大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
皆さんは呪われました
禰津エソラ
ホラー
あなたは呪いたい相手はいますか?
お勧めの呪いがありますよ。
効果は絶大です。
ぜひ、試してみてください……
その呪いの因果は果てしなく絡みつく。呪いは誰のものになるのか。
最後に残るのは誰だ……
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる